第8話 ハッピーエンド?
追いかけるようにして凪くんと同じ高校に進学。
その頃には既に、私は凪くんの理想とするところの女性を完璧に演じていた。
外見から内面に至るまで、自他ともに認める完全なヒロイン。
勉強に運動、それに人付き合いも、必要なことは全てこなしてきた。
頬にまであった火傷の痕も、皮膚の移植手術と普段の化粧でほとんど目立たなくなり、もとの綺麗な容姿も取り戻した。
まさに非の打ち所のない、それこそ創作物の中でしか見ないような、そんな理想のヒロインに私は成り切った。
その甲斐あってか、私の周りからの評判は高く、男女問わず私の周りには自然と大勢が集まってくるようになる。
だけど、そんな虫けらがいくら集まろうが私は満たされなかった。
本当に側にいて欲しいのはたった一人、凪くんだけ。
「ねぇ、里緒菜、今日誰かにチョコ渡した?」
「里緒菜がその辺の男子なんかに渡すわけないでしょ。ねぇ、里緒菜!」
気やすく名前を呼ばれたことに苛立ちを覚えながらも私は笑顔を崩さない。
「うん、特に渡したりはしてないかな」
「なぁ、里緒菜、義理でもいいからチョコくれよー」
犬のクソでも喰ってろ。
「私は本命の人にしかあげないって決めてるから」
「里緒菜の本命に選ばれる人ってどんな奴だよ。全然想像できねぇ……」
「里緒菜の本命に選ばれたーい!はぁ、私が男だったらなぁ」
「あんたが男だったとしても里緒菜に好かれるとは限らないでしょ?むしろ男だったら嫌われてたんじゃない、こいつみたいに。女でよかったわね」
「おい、待て。それって俺のことか?なぁ里緒菜、別に好かれてはないにしても、嫌われてもないよな?」
周りのゴミ屑どもがうるさい。
いっそ、「気持ち悪いから二度と視界に入るな」とでも言えたらどんなに清々しいだろうか。
だけどこいつらは私の凪くんからの評価を高めるための道具だ。
私は過去のトラウマに負けず、こうして明るく学校生活を楽しんでいる。
そう凪くんに思ってもらうための一つの手段に過ぎない。
その価値があるうちは我慢するしかない。
そんなストレスを緩和するかのように、私はいつものように視界の隅に凪くんを映す。
高校生になった凪くんはますますかっこよくなっていた。
いつの間にか身長も伸びて、声だって前より少し低くなって、それに雰囲気だってよりいっそう大人びて。
それでいて相変わらず孤独で、いつも一人。
でも、きっと芯の部分は変わっていなくて。
どことなく憂いを帯びたかのような横顔が私の胸を締め付けてくる。
そう言えば、口調もいつの間にか少し変わっていた。
一人称が「僕」から「俺」へ。
前にからかわれたことを気にしていたのかな。
そんなところも可愛くて愛おしい。
私の凪くんへの思いは日に日に増していった。
もう限界だった。
ただ見ているだけでは収まらない。
でも大丈夫、あともう少しだ。
私には確かな手ごたえがあった。
これまで凪くんのためにやってきた日々の研鑽。
その成果は着実に表れている。
それは、きっと凪くんにも伝わっているはずだ。
その証拠に、高校生になってから凪くんと目が合う回数も増えていた。
そして同じクラスにもなって、運にも恵まれた。
全てが全て上手くいっている。
私はこの冬、凪くんと結ばれる。
そんな予言にも似たシナリオを私はずっと思い描いていた。
そして、とうとう今日、その日がやってきたのだ。
私と凪くんのフィナーレを飾る二月十四日。
浮足立った男どもが、朝からちらちらと私に視線を向けて来たが、気持ち悪い以外の感情が湧かない。
しかし、そんな中で唯一凪くんだけが私の心を満たしてくれる。
既に時刻は放課後の十七時半。
今日は凪くんともう5回も目が合った。
凪くんは上手く隠していると思っているようだが、私は凪くんが何度も私に意識を向けてくれているのを知っている。
うれしい。
凪くんと結ばれたら最初に何をしよう。
最近はそればかりを考えてしまう。
しかし、そこに水を差すように邪魔が入る。
「なんかさぁ、泉谷ってマジ暗いよねぇ。いっつも一人だし」
「でもさ、よく見るとけっこういい顔なんだよね。だからこそもったいないっていうか」
「はっ、今時顔だけじゃダメなんだよ。コミュニケーション能力も重要ってことだ。女どころか友達もいないあいつがいい証拠だろ」
「ま、それはそうよね。泉谷と付き合うとか絶対ないわ。死ぬほど退屈しそうだし」
「そういえば、里緒菜って泉谷と同じ中学だったよね?前から、あんな感じだったの?って、覚えてるわけないか、見るからに影薄そうだし………どうしたの里緒菜、すごい怖い顔してるけど」
「………ううん、何でもないよ」
絶対に許さない。
いつか必ず報いを受けさせてやる。
そうだ、復讐の方法は凪くんと一緒に決めよう。
凪くんが望んだことを私が叶えてあげればいい。
いやでも、凪くんは優しいから許してあげちゃうのかな。
そうなると、やっぱり私が一人でやるべきか……今まで散々ストレスを与えられてきたわけだし……
今日も相変わらず凪くんは一人。
教室の隅で帰り支度をしているが、いつもよりどこか忙しない。
鞄を背負い、最後に机の中に腕を突っ込み中を確認する。
しかし、そこには何もない。
中学まで続いていた差出人不明のチョコレート。
私が毎年、内緒で凪くんの机に忍ばせていたものだ。
だけど、高校最初の年にそれがない。
人知れず、寂しそうな表情を見せる凪くん。
きっと、がっかりしているのだろう。
今までチョコをくれていた人物は別の高校に進学してしまったのだと。
だけど、大丈夫だよ。
もう凪くんの下駄箱に入れておいたから。
これまでと同じ柄で包装したチョコレート。
そして、そこには私の名前も書いてある。
それを見たとき、凪くんは一気に気づくはずだ。
今まで自分を思ってくれていたのが私だったと。
凪くんが席を立ち、教室を後にする。
「ごめん、今日はもう帰るね」
私もそう言い残し、凪くんの後を追った。
これは主人公が凪くんで、ヒロインが私の物語。
そのプロローグがようやく終わろうとしている。
シナリオは簡単だ。
凪くんが下駄箱のチョコを手に取り、それと同時に私が姿を現す。
そこでお互いの気持ちを確かめ合って、最初のハッピーエンドを迎える。
これで長かったプロローグは終わりだ。
そして明日から私たちの物語は、新しい章へとページを進めることになるんだ。
そのはずだった。
なのに……
なんで?
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