第4話 気づいていた彼

 もう教室に残る理由のない私は、その日以降、放課後は校内の図書室へと向かった。

 こじんまりとした図書室にはいつも係りの先生が一人いるだけで他には誰もいない。

 そのことに少しだけほっとする。

 人の視線が多い場所は嫌いだった。

 自分の本の好みも把握していない私は、とにかく目に付く本を片っ端から手に取ることにした。

 どんなジャンルにしようか。

 最初はやはり有名どころを読むべきか。

 作者から探すのもありだろうか。

 そんな風に手に取り、あらすじを見ては、棚に戻していく。

 その繰り返しが意外にも楽しかった。

 しかし、ふとした拍子に我に返ることになる。

 自分の背丈より少し高い棚にある本。

 左手を伸ばしそれを取ろうとしたとき、袖がずり落ち左腕の傷が露出する。

 火傷で変色した肌。

 私はそれをとっさに隠す。

 もう見慣れたはずの自分ですら不快になるほどのそれは、一瞬で私を現実に引き戻してくる。

 久しく忘れていたどす黒い何かが、再び顔を覗かせた。

 私はこれから何度こんな思いをしなくてはならないのだろうか。


「……もう死んじゃいたい」


 いつ振りかに呟いたそれを拾い上げる者はいない。

 もはや口癖になっていたはずのこの言葉だが、最後に言ったのはいつだっただろう。

 気を取り直して再度本選びに戻ろうとしたとき、ふいに気づく。

 全く自分に死ぬ気が無いことに。


「……あ」


 そして同時に、私は悟った。

 ———よかった。

 彼が最後に言った言葉の本当の意味を。

 彼はすでに気づいていたのだ。


 人気のない廊下を駆け、私は教室へと戻っていった。

 彼はまだ教室に残っているだろうか。

 別に彼に何か伝えたいことがあったわけではない。

 ただ、何となく彼を目にしたくなっただけ。


 三年三組の教室。

 その窓際の席で、彼は今日も一人夕日を浴びて本を読んでいた。

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