第3話 二度目の会話

 結論から言うと、彼から渡されたその本は私の好みには合わなかった。

 内容は主人公が異世界に転生して敵に立ち向かう話。

 男子は好きそうだなとか、もしかしたら弟も好きになっていたかもしれないなとか、それくらいの感想しか出てこない。

 ただ、気づいたことは、内容の良し悪しに関係なく、本を読んでいるその間だけは現実のことを忘れられるということ。

 だから私は暇つぶしに読み続けた。

 夕方の教室で二人きりになるまで残り、読み終わった本を彼に返す。

 すると彼は鞄の中から、次の巻を手渡してくる。

 私がいつ読み終わるかも分からないのに、彼は毎回次を準備してくれているようだった。

 そんな無言のやり取りが二か月ほど続いた。


「ごめん、それが最後なんだ」


 いつものように彼の席へと向かい本を返しに行くと、彼は申し訳なさそうにそう言った。


「……そうなんだ」

「……うん。えっと、面白かった?」

「……まぁまぁ」


 あの日以来、初めて交わす会話。

 ぎこちない彼の言葉に私はそっけなく返す。


「あの、よかったら、他の本も貸そうか?」

「いい……今度は自分で探すから」


 その申し出を私は突き放すように断った。

 これ以上話したくない。

 この関係は彼が焦って取った何の脈絡もない言動の、その延長線上にあるもの。

 それでよかった。

 彼がこれまで無言を貫いてくれていたから、この妙な関係を続けることができたが、そこに言葉が生じてしまったら私はまた勘ぐってしまう。

 私が可哀そうだから本を貸してくれるの?

 私が哀れだから話しかけてくれるの?

 結局私は彼の優越感を満たすだけの道具だったと———


「そっか……よかった……」


 彼はそう言った。

 ———よかった?

 その言葉が妙に引っかかった。

 もう私に本を貸さなくて済むことを言っているのか。

 あまりしっくりはこなかったが、それ以上考えようとはしなかった。

 そこにどんな意味があろうと、どうでもよかったから。

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