第2話 夕暮れ時の教室で

 夕日の差し込む三年三組の教室。

 後ろのロッカーには赤と黒のランドセルが一つずつ。

 先ほどまで聞こえていたグラウンドの賑わいは、段々と静寂に向かいつつあった。


「……えっと、ごめん。こういう時何て言っていいか分からなくて……」


 その男子は読んでいた本を閉じ、困ったかのように私から目を逸らす。


「……別にあなたに言ったわけじゃない。ただの独り言だから忘れて」


 私は急いで帰り支度をする。

 早くこの場から立ち去りたかった。

 思わず吐いてしまった弱音を聞かれたという恥ずかしさもあるが、それよりも憐れんだ目を向けられるのがたまらなく嫌だったから。

 他の誰かの優越感を満たすのに利用されるのはもううんざりだった。


「あのさ……」

「なに?」


 ロッカーまで荷物を取りに来た私に向かってその男子は控えめに声をかけてくる。

 あぁ、まただ。

 私は知っている。

 今までの奴らもそうだったから。

 ———生きてさえいればきっといいことがある。

 ———死んでも何の解決にもならない。

 ———前を向いて生きて。

 そんな薄っぺらい言葉を、さも当然かのようにかけてくる。

 他人を憐れむ自分に酔いしれるかのように。

 こいつらはただ、他人の不幸を感じて、自分の幸福を実感したいだけだ。

 この人に比べて自分はまだましだと安心したいだけだ。

 そんな浅はかで、本人たちですら気づいていないような下心が手に取るように分かった。

 それがたまらなく気持ち悪かった。

 だから、どうせこいつも……


「この本読む?」


 そう言って、彼は手に持っていた本を私に差し出してくる。


「え?」


 何の脈絡もない彼の言動に今度は私が少し戸惑う番だった。

 いったい何の意図があっての行動なのか。

 私はその意味を探ろうとして、でもすぐに無意味だと気づく。

 今も目を泳がせながら、必死に次の言葉を探している彼。

 無理をしているのが、ひしひしと伝わってくる。

 私が言えたことではないが、目の前の彼も人付き合いが得意なタイプではないのだろう。

 だからきっと緊張や困惑のせいで意味の分からない言動に出てしまったのだと、そう思うことにした。


「そんなの……」


 読むわけない。

 そう拒絶しようとしたところで、間が悪いことに最終下校時刻を告げるチャイムが鳴る。


「じゃ、じゃあ、読み終わったら返して。続き持ってくるから」


 チャイムが鳴り終わると同時に、彼は私に本を無理やり手渡し、逃げるように教室を出て行った。


「……変なの」


 今度こそ一人になった教室で、私は本を片手にため息をつく。

 でも、今までの奴らのような、そんな嫌な匂いはしなかった。

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