悪役令嬢と気になること

「いやー!! 吃驚したぜ!! お前婚約してたんだな。先生と結婚するかと思ってたのに」

「ありえませんわ。先生とそう言う関係になるつもりはないと何度も言っておりますでしょう」

「そうなんだけどさ。でも、本当にいいのかよ。お前は、」

「良いですわよ。元々貴族なんて好きな方と付き合えるなどと言う甘い夢を見れる身分でもないでしょう。貴族の結婚のその大半は家のためのもの。愛したものと一緒になれるような幸運な人などほんの一握りにも過ぎませんわ

 まあ、貴方の家はそう言った煩わしいことはないようなので分からないかもしれませんがね」

「いや、多少は分かるけど……」

 でもさあ、それでも俺はお前は先生と付き合うもんだと思ってたんだよ。だってなんかお似合いじゃん

 明るい笑みを浮かべて告げられた言葉に胸がぎゅっと苦しくなりました。止まりそうになる足を動かします。そうできたらどれだけ良かったでしょうと思います。

 でもできないのです。

 でしたら潔く諦め出来ることのために時間を使い努力していくべきでしょう。余計なことに使うのはほんの少しだけですわ。

「あ、それとお前の家なんか色々面倒くさそうなんだな。よくわかんなかったけど何かあれば言えよ。助けてやるから」

「あら、ありがとうございます。期待はしませんが何かあれば頼らせていただきますわ」

「んだよ、それ」

 拗ねたように頬を膨らませたルーシュリック様をみて笑みが浮かびました。ブランリッシュのことが上手くいったからでしょうか。今までで一番スッキリとした気分です。

 これも先生のお陰で話し合いが終わった今、セラフィード様にブランリッシュと別れルーシュリック様と先生の元に向かっているところです。お礼を云うためなのですが、ルーシュリック様は何の用事があるか分かりません。野次馬をするのも終わったので何時ものように魔法を教わりにいくつもりなのかもしれませんわ。

 あっとルーシュリック様が声をあげます。先生の部屋のすぐ近く。嫌な予感がしたのと同時に駆け出そうとしていたルーシュリック様の襟を掴みました。ぐえと苦しげな声がルーシュリック様から漏れます。

「何すんだよ!」

 息絶え絶えの声にそれは私の台詞ですわと口にします。

「先生の部屋にノックもせずに入るなどマナー違反ですわよ。幾ら親しいとはいえちゃんとノックぐらいはしなければ」

「えーー」

「えーーじゃありません。少なくとも私の前ではマナー違反などさせませんわよ。分かりましたら、ほら、ノックをして「いい加減にしてくれ!!」

「え……」

 扉に伸びようとしていた手が突然の怒鳴り声に止まりました。ルーシュリック様共々先生の部屋の扉を見つめます。声はそこから聞こえてきました。ちらりと見たルーシュリック様は困惑した顔をして、なんだと言う目で見上げています。ルーシュリック様の手がドアノブに向かいためらいました。それを抑えるべきかどうか躊躇ったところで再び怒鳴り声が聞こえてきました。

「もう帰ってくれ!! うんざりなんだよ!!」

 その声が聞こえてきたのも目の前の扉、先生の部屋から……。声は先生のものでした。先生の怒鳴るような声はほぼ初めて聞くようなものでしたが、間違いはありません。何処か苦しげな声に何かあるのでは何かしてあげるべきなのではと思うのに指先一つ動きません。予想していなかったことに判断力が鈍っています。どうしようと思った所で先生以外の人の声が聞こえてきました。分かりましたよと聞こえた声はすぐ近くで。

 触れる一歩手前だったドアノブが回りました 。びっくとルーシュリック様の肩が跳ね俺じゃないと言うように首を横に降りました。いえ、それは普通にわかりますけど……、緊張の糸が僅かに緩んで肩ががっくりと下がってしまいました。それでもすぐに思い直し扉を見つめます。

 ドアノブの回った扉が開きます。一番に目に入ってきた人はやはり先生ではありませんでした。見知らぬ人です。全身黒尽くめの服に包まれた怪しい男。着ている服の生地自体はいいのでどこぞの貴族か何かではないのかと思うのですが……

「何時からいた……」

「え、」

 見知らぬ人に声を掛けられ私は咄嗟に言葉をだすことができませんでした。それどころか足の先から全身凍り付いたように固まってしまいました。何とか動いた目で隣を見ればルーシュリック様も同じように動けないでいました。問い掛けてきた男の声はとても冷たくそして殺気のようなものが混じっていたのでした。

 ごくりと唾を飲み込みます。己を奮い立たせ声を出しました

「ついさっきですわ。先生に用事があったのできたのですが、先生の怒鳴り声が聞こえてきて驚いてしまっていた所です」

「本当にそうか」

 男の冷たい目が私を見ます。怯みそうになりながら頷きました。

「ええ。本当ですわ。嘘をつく理由などもありませんしね」

 男はそれでも納得できないのか私を見つめ、ルーシュリック様を見つめます。ルーシュリック様も本当にさっき来たとこだよと言いますがそれにと疑いの目を向けていました。

「おい」

 恐ろしい時間を破ったのは先生の声でした。男が振り返り視線が外れるのにホッと息が漏れました。

「俺の生徒を恐がらせるな」

「しかし」

「そいつらは本当にさっき来たばかりだ。俺が信じられないのか」

「いえ、そんなことは……、分かりました。君達も悪かったね。さっき来たばかりならいいよ」

 男の言葉に背筋がぞくりと粟立ちました。男は先生に向けて言葉を続けています。

「では、またきますので。よろしくお願いしますね」

 殺気は混じっていませんでしたが否を言わさぬ力がある声でした。隙間から見える先生は苦しげに見えました。普段から人を寄せ付けぬ少し恐ろしめの顔をしているのが五割ましで恐ろしくなっているのに私にはでもそうみえました。

 男を敵意のこもった目で睨んでいます。

「もう来るな。何度言われても俺の考えは変わらん」

「そうは言われましてもそうできない事情があるのは分かるでしょう。ですからまた来ますよ。嫌がられても貴方が頷くまでね。では、

 お嬢さんもまたいつき会える日があれば会いましょう。気に入ったよ」

「はぁ」

 去っていこうとする男の言葉に私はうろんげな目をしてしまいました。先生以上に奇妙な格好をした男に妙なことを言われてもそんな反応をするしかできないのです。おいと男を先生が呼び止めました。

「なんですか。もしかして考えが代わりましたか」

「変わらん。こんな短時間で変わるわけがないだろうが。そうじゃなく次からはその変な格好はやめろ。変装しているつもりか知らんがどっからどうみても不審者だ。」

「え。そうですか。どの辺が」

「すべてがだ。、バカにしか会わないからと思って言わなかったが、最近はバカ以外もくるからな」

「はあ、分かりました。貴方が云うのなら次からはまともな格好をしてきましょう」

「ああ、そうしてくれ。まあ、次は来ないでくれたら嬉しいんだがな」

「それは」

 ばちんと男の言葉の途中で先生の指がなりました。足元に穴が開いたかと思うと男はもういません外に送ったと簡潔な声が疑問に答えます。

「で、なんのようだ。ブランリッシュのやつと話し合いをしていたのではないか。」

 こちらを見た先生はいささか疲れたようで隠れた眉間には深いしわが刻まれていました

「その話し合いが終わり、ブランリッシュとやり直すことが出来そうなので先生にお礼をと思ったのですが」

「そうか。良かったな。だが礼の必要はない。俺はなにもしていないからな。お前が自分でどうにかしたんだ。よくやったな。

 茶でも飲んでいくか」

「え、」

 いいのでしょうかと悩みながらもはいと声をだそうとした私でしたが、突然手を捕まれ後ろへ押し退けられました。割り込んできたのはルーシュリック様です。青い顔をしただろう彼は私に向けブンブン首を振ったかと思うと先生をみます。

「いや!今日は遠慮しとく! これから用事もあるし」

「……そうか。で、なんでお前はここにいるんだ」

「トレーフルブランの付き添い」

「お前が。お前はどちらかと言わなくとも付き添われるがわだろうか」

「ひでえよ、先生! しゃあ、まあこれで!!」

 会話に口を挟む暇はありませんでした。最後の言葉と共にルーシュリック様は駆け出していて、腕を捕まれている私も必然的に走ることに。引き摺られこけそうになりながら走り止めてくださいと声をあげたかったのですが近くに人がいないか気をとられできませんでした。先生から離れ何個かの角を曲がるとようやくルーシュリック様は止まりました。

 はあと深いため息をルーシュリック様は吐きます。汗だくになりながらもいまだ青白い顔をした彼に心配になりましたが何をするのですかと不機嫌な声をかけました。ガバッと私をみてくるめには恐怖の色が。

「だってさあの男にあったあとの先生ちょー怖いんだもん! たまに、二ヶ月に一回とかぐらいか、そんぐらいでくるんだけどあった後はほんと鬼かってぐらい怖くて恐ろしいの

 お前もあいつが来たときは先生に関わらない方がいい」

「そうなんですの。あの方は」

「知らね。先生はよく思ってないみたいだけどあっちの方は先生になにか用事があるみたいでよく来る。あ、もしかしてきになる」

「まあ、少しは。……でもきにしても仕方のないことですわ」

「ちぇ。つまんないの」

 唇を尖らせて歩き出すルーシュリック様を見ながら本当は少しどころではないのですけどと音にしました。小さな声は誰に届くことなく消えていきます。気になっても私にはどうすることもできないから、気にならないふりをするのです



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