急転する事態、悪役令嬢の呆れ
ああ、なんて馬鹿で愚かで下らない奴なんだ。
自分の行いがどう云った結果を招くかなど欠片も考えていない。さやかが可哀想にさえ思えてくる。元は彼女の行いが悪いとはいえ、こんな奴に好かれたばかりにろくに守ってもらえず、余計に増える悪意に晒される。
熱を持った頬を抑え私は目の前にいる馬鹿、ブランリッシュを蔑んだ目で見る。ずっと見てやりたかったけど一瞬だけ。すぐに笑みを浮かべる。
「何を致しますの」
赤くはれるであろう頬。だけど痛みなど欠片も感じないと云う様に澄ました顔を作る。ブランリッシュがそれをみて顔を顰めるのにいい気味だと内心せせら笑った。
もっとその顔を歪めたかったけど視界の端に蒼褪めた顔の召使いたちが見えたから正気に戻った。いつも物静かに佇む彼女たちが今日ばかりは焦り騒いでいる。
私はそんな彼女たちに微笑んだ。
「何も心配しなくて大丈夫ですので外に出てもらって構わないかしら。少しこの子とお話をしたいんですの。そうですね……十分後ぐらいに頬を冷ませるよう準備してくださる。頬を腫らして学園に行く様な恥ずかしい真似はしたくありませんから」
私が告げれば彼女たちは慌ただしく部屋の外に出ていく。扉が閉められるのを見届けてからブランリッシュに目を向ける。
「で、もう一度聞きますが何を致しますの」
冷たい目で見つめてくるブランリッシュにも微笑む。問われても言葉を返さないのは言葉も分からない馬鹿だからなのと言ってしまいたいが我慢。
にしても意外な展開だな。予想から外れてしまった。
別の事を考えることで時間のひまを潰す。
今日はブランリッシュが学園に行っていたから何かを言ってくるだろうとは思っていたが、まさか無言で叩いてくるとは思わなかった。そこまで怒っているのか。まさかそこまでさやかを愛しているとは思っていなかった。ちょっと五人を遠ざけただけでまだ何もしていないというのに、それだけで沸点が切れたなんて。これは今後中々厄介かもな。場合によっては計画の見直しが必要になってくる可能性も……。
「姉上は最低なお方です。人かどうかすら疑いますね」
……やっと口を開いたかと思えばこれか。何もしていない女性に手を出す方がどうかと思うのだが……。思うだけ無駄かな。
「何の事です。私が何をしたというの」
「白々しい」
優雅に問いかけて見せれば吐き捨てられる言葉。まるでゴミを見るような目で見られてしまう。
「いいですか。姉上が何をしようと無駄です。さやかさんは僕らが守りますから」
言い逃げるように去っていく後ろ姿……。
案外早く終わってしまった。意味のない長話をしないですんだのはありがたいが、裏を返せばもう向こうは言葉を交わすだけ無駄だと思っているという事だ。これは、少しやばいかも。
バチンと頬を叩かれる痛み。思うのはどうしてこんな事になってしまったのか。その一言。
ブランリッシュは再び学園に通うようになるなり前にもましてさやかにべったりになった。折角五人がいなくなり落ち着いていたさやかへの悪意も再び燃え出している。レイザードは私と話して以来さやかとそれなりに距離を置いていたからさやかも落ち着いた生活ができていたのに……可哀想に。
しかも今日からは前にもまして強い悪意がさやかを襲う事になるだろう。
それもこれもどうしようもないバ王、セラフィードのせいで。
ブランリッシュが学園に戻った三日後セラフィードも戻ってきた。当初の予定から五日近く早く。しかも学園についた早々さやかのもとに向かったのだ。予定よりも早くセラフィードが戻ってきたことに喜んでいた女生徒たちもそれには一瞬で萎えた顔をする。
冷たい目でさやか、だけでなくセラフィードも見ていた。
しかもセラフィードはそんな中でさやかに対して会いたかったなどと告げたのだ。
もうこれは無理だ。
いくら私でもさやかに向かう悪意を抑えることはできないだろう。さやか所かセラフィードに向かう事になる悪意さえ。
計画変更
魔王を倒した後に悪役令嬢断罪、そして一族共に処刑と云う予定を立てていたのだが、悪役令嬢として断罪されるのはゲームのストーリー通り三か月後の年度末に開かれるパーティーの日。
教師の信頼も厚い皆の憧れのお嬢様と云う役割でないと動きにくい所もあるからぎりぎりまで粘るつもりだったけど、それまでの周囲を抑えられそうにない。仕方ないだろう。
ああ、セラフィードのせいでどんどん計画が予定外の方向に進んでいく。誰よりも知っていると自負していたのにいつからこんなに遠くなってしまっていたのだろうか。もしかしたら最初から見えていなかったのだろうか……。
セラフィードが告げたその後私は彼に声をかけた。あまりの出来事に一瞬固まってしまいながらも我に返っていつも通りの笑みを浮かべて声をかけた。凛とした態度は崩したりしない。
「セラフィード様。お久しぶりでございます。とは云うものの手紙でずっとやり取りしていましたから久しぶりにあったという感じは致しませんわね。一昨日もお手紙を頂いたばかりで……ずっとセラフィード様のお傍にいたような気すら致しますわ」
たおやかな笑みと共に言葉を紡ぎ出していけばホッとした声が周りから少しではあるが聞こえてくる。
「ですから今は他の方々にお譲り致しますことにしましょう。私たちにはいくらでも時間があるのですからね」
優しい声で最後まで言い切るとそれではと背を向ける。周りは躊躇いながらも私を見つめそれから安心したように笑みを浮かべていた。
余裕は一瞬たりとも失われてはいけない。
私が余裕の態度を失わない限りはまさかとは思っても皆そうだとは断定できないから。それだけの人である自負を私は持っている。セラフィードに対して持っていたものは間違いだったが、これだけは間違ってなんていない。
そして放課後は一人静かにテラスで待っていた。約束などしてはいないがあの男ならきっと来るだろう。放課後になる前も私を探し回っていたようだし。人前で馬鹿なことをされるのも嫌で捕まってはやらなかったが。ここにいればいつかは来るだろう。
ほら、やってきた。
大股でやってくるセラフィード。その顔の怖い事怖い事。立ち上がる私を睨み付けてくる目はまるで鬼の目だ。そんな怖い顔をして何を言ってくるのかと思えば最初にやってきたのは言葉でなく拳だった。全く女の子をなんだと思っているのか。
振り上げたこぶしを見た瞬間気付かれないよう魔法を発動して見えない壁で自分の体を支えた。顔は動いても体は動かない。私は優雅に笑う。
「突然何をするのですか。セラフィード様」
盛大に歪んだ顔に向けて問いかければ舌打ち一つ。きっと無様に崩れ落ち津私が見たかったのだろう。
「何をするのはお前の方が。何を考えているトレーフルブラン。さやかを傷つけることは俺が許さんぞ」
「はて? 私はさやか様に何もしていないのですが? するつもりもないですし」
「とぼけるな。そのために俺たちをこの学園から遠ざけたのだろうが。しかもルーシュリックの奴に何やら吹き込んだな。何を吹き込んだか知らんが残念だったな。お前の思い通りになどさせん。あんな奴とは縁を切ってやったわ!」
へっと間抜けな声が出そうになってしまった。優雅さを失ってはいけないと言う思いが何とかそれを抑えたけれど何を云われたのかは理解できなかった。
「レイザード様と縁起りなされたのですか」
聞き間違いかと確かめるために問う。どうか聞き間違いであってくれと願ったのにセラフィードは自慢げに言う。
「ああ、そうだ。お前の息がかかったものなどさやかの傍には置いておけんからな」
なんて馬鹿なことを。言葉が喉から出ようとした。だけどでなかった。抑え込んだからじゃない。それだけ驚愕したからだ。本当になんて馬鹿なことをしてくれたのだろう。
それでは……魔王が倒せない。それどころかだ。レイザード家の人間をそんな馬鹿みたいな理由で一方的に縁を切ったなどと周りの人々に知られればセラフィードの信用は地に落ちる。レイザード家の者だって良くは思わない。
戦争を起こす気なのか。この男は……
「これで分かっただろう。お前の思い通りになど絶対にさせん。さやかは俺が守る」
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