悪役令嬢の痛み

 何故でしょうか。あの人はいつかあんなにも愚かになってしまっていたのでしょうか。そしてあんなにも私をお嫌いになっていたのでしょうか。途轍もなく冷たい目で私を見られるように……。あの人が私を見る目はもはや嫌いなものを見る目ですらありません。あれはもう仇を見る目です。

 私への恨みや怒りを詰め込んだギラギラとした目。歪んだ目です。

 何時から? どうして?

 私がセラフィード様に何をしたというのでしょうか。何時だってあの人の事を考えて生きてきましたのに……。

 ぎゅっと唇をかみしめた。やるせない気持ちが押し寄せてきますけど物思いにふけっている場合でもありません。まずはこの最悪の状況をどう解決するかを考えなくては。魔王を倒せないばかりか戦争にまでなってしまえばこの国は終わりです。

 対策をすべきはやはりレイザード様でしょう。私のせいで縁切りされてしまったようなものですから直接会いに行くのもはばかれるのですが、でも会いに行くべきでしょう。何とかフォローをしなければ。

 でもどうすればいいでしょうか。何を言えばいいのかも難しいですし、何より会いに行くのが大変ですわ。話したことがあるのは一度だけですし、人前で話すような内容でもありません。まずは二人きりになるためにどうするか……あら? どうやら考えるまでもなかったようですね。

「トレーフルブラン」

 聞こえてくる私の名前を呼ぶ声。その声に振り替えればまさに考えていたその人レイザード様がいらしております。私と目があえばすぐに目をそらして数歩離れたところにご自身で椅子を出して座ってしまう。前に私が指示をしたような座り方をするのになぜと疑問が沸き上がりましたが口には出しませんでした。分からないことが多いのでレイザード様の出方を伺うことにします。

 数分の沈黙の後レイザード様は口を開いた。

「悪かったな」

 謝罪の声が聞こえてきてえっと声を上げそうになってしまいました。きょとんと固まってしまいそうです。何がですかと返す声は若干素が混じっていましたわ。

「セラフィードとかに何か言われただろう。まだでもきっと言いに来ると思うから。それ俺のせいだからさ悪かったよ」

「それは……どちらかと云えば私のせいではありませんか? 聞きましたがセラフィード様に縁を切られたのでしょう。謝罪すべきは私です」

「あ、やっぱセラフィードの奴来たんだ。そうそうアイツに縁切られてさ。でもあんたのせいではねえぜ。あんたの話聞いて納得したのは俺だもん。それにその話したら縁切られる可能性があるってわかりながら話したのも俺だしな。

 アイツらともう付き合わなくてもいいんだって思うと結構楽だし謝られる必要なんてまったくねえよ」

 カラッとした笑顔で言い切られて私は吃驚してしまいます。いきなり切り捨てられてセラフィード様の事を恨んでいるのではないかと思っていたのにそんな様子は欠片もございません。

「怒っていないのですか」

「何が?」

「縁切りされたのですよね」

「されたされた。でもまあいいやって感じ。さやかの事は好きだけどあの四人の事はそうでもないしな。あの四人はさどうあってもあんたを悪人にしたいって感じじゃん」

 あっさりと言葉にされて胸が少しだけ痛んでしまう。私自信で分かっていたことだというのに誰かからそれも彼らに近しかったものから言われてしまうとやっぱりそうなのだと思ってしまう。そうでない可能性など0%だと分かっていたのに。

 だけどそれで痛む気持ちなどは無視してしまおう。今はそれどころではありませんか。

 でも次に云われた言葉には息が止まるかと思ってしまいました。

「俺をさ仲間に入れたのも俺が魔法に優れてたからだもんな。アイツら魔法の成績悪いから優れている俺を入れてあんたに勝ちたかっただけだもん。

 そう云うのに付き合うのもうんざりしてたんだよ。

 俺勝ち負けとかどうでもいいし。俺が魔法ができてたらそれだけでいい」

 え、と固まってしまった。言葉が咄嗟に出ていかなくてその隙にもレイザード様の話は続いていきます。

「アイツらさ本当はさやかのことだってそんなに好きなわけじゃないんだぜ。ただ彼奴がどこか別の世界から来た不思議な奴で俺やあんたよりも強い魔法の力を秘めていたから近づいただけ。そんであんたが反応したから良い気になったんだ。

 さやかの事をあんたより数倍上を行くいい女だって思い込んで、アンタが嫉妬しているなんていう妄想をしてんの。

 それであんたが虐めるからさやかを守る。そんでさやかを守ってあんたが悪いって暴いてあんたを追い落としてやる。あんたより上に立ってやるって感じ。馬鹿みたいだよな。

 まあでもさやかもさやかだけど。そんな奴らの傍にいるんだもんな。おれさ縁切りされた後にこっそりすきをついてさやかに会いに行ったんだ。あんな奴らやめとけって言うために。お前のこと本当に好きなわけでもないんだぜって。でも何かにっこり笑われるだけ。彼奴も思う所、別の思惑ってやつがあんだろうな。

 俺そう云うの面倒くさいししばらくは魔法にのめり込む。さやかが本当にやばいようになったら助けるけど彼奴が好きなようにやっている間は手を出さないことにする。やってみたい事とかもあったんだよな」

 長々と語られるのに私は一つも口をはさむことができませんでした。ただ茫然と聞いてしまいました。何も持っていなくて良かったと現実から逃避するようにそんな事を考えてしまいます。言われた言葉が信じられません。

 彼らが私に勝つためだけにレイザード様を仲間にした。私を陥れたいがためにさやかさんの傍にいるなんて……。そんな事は、そんなことはあっていい筈がありません。だってあの人たちはさやかさんが好きで、そのさやかさんに私が冷たく当たるものだから守ろうとしているだけで……。確かに過剰な部分がありますけども……それだってそれだけさやかさんが好きという事。

 彼女を愛しているという証拠であって私を陥れるのが一番の理由だなんて……。

 そんなのウソですわ。

 だってそれなら私はどれだけ彼らに憎まれているというのですか。どうしてそんなに……

「じゃあ、一通り話したし俺帰るぜ。

 ああ、それから安心しろよ。今の所縁切られたなんて話誰にもするつもりないから。俺だってそこまで馬鹿じゃねえ。魔法に集中できなくなるような環境なんて作り出したりしねえよ」

「……そうですか。ありがとうございます」

 染みついた貴族としての習性がレイザード様の言葉に声を返していましたが私には何一つ聞こえていませんでした。

 かたんと音を立てて立ちあがる。

 冷たい空気が体を突き刺すのに身を震わせてしまいます。いまだ考えることを放棄してしまっている頭でありながらも帰らなければと足だけは動いていきます。辺りはもう真っ暗。下校時間はとっくに過ぎてしまっています。

 レイザード様の話があまりに衝撃的過ぎて飲み込むのにここまでの時間がかかってしまいました。

 今だって飲み込み切れたわけではありません。それでもやっと周囲の状況を把握する程度には飲み込めてきて帰らなければ不味いという事に思い当たるまでになりました。貴族の女性が夜遅くまで出歩いているなどどんな醜聞が経つか分かりませんから急いで帰らなければなりません。自然早歩きになります。

 このまま帰ってしまいたいですが荷物を校舎に置いてきてしまっています。取りに行かないわけにはまいりません。一度校舎に向かいます。校舎の入り口は閉じていましたが魔法を使ってあけてしまいます。夜の学園は暗く恐ろしいですが明かりは付けません。何せ同じ学園の敷地内であの先生が暮らしていますから。

 平民でであるグリシーヌ先生は国のはずれに家を持っているのですが、学園の教師がそのような所から通うのはと言われて学園の中にあるハウスで今は暮らしています。元は学園の庭師が住んでいたのですが丁度先生が教師になった前の年に退職したので今度は先生が……。

 他の先生に見つかるのも許せませんが、あの人に見つかるのはプライドやら貴族の令嬢としてなどと云うあれこれを抜きにしても嫌です。

 見つかることがないように明かりは付けません。幸い今日は晴れていて月や星の明かりが照らしてくれます。教室まで行くのに何の支障もありませんでした。

置いたままにしていた荷物を手に取り帰ろうとしたのですが人の気配を感じます。まさかの先生が咄嗟に隠れたのですがよく伺ってみると気配は複数あります。見つかったか。何処にいるんだと聞こえてくる声はまるで誰かを探しているよう。こんな夜更けに一体誰を探しているのでしょうか。そもそもこの声の主は誰でしょう。どの声にも聞き覚えがありません。生徒でも教師でもないように思えます。

 何やら危険な匂いを感じます。

 君子危うきに近寄らず。前世の世界の諺が脳裏に過りますがすぐさま霧散しました。何が起きているのか分かりませんが良からぬことであるのは間違いないでしょう。遠くからでも確かめてこの学園に通うものたちに危害が及ばないか確認しなければなりません。

 気配を断って声のする方向に向かいます。

 いるのは三人でしょうか。物陰に隠れて相手を窺います。推測通り三人の人影。全身を黒いマントで覆い顔をも見えないその姿は不審者と云うにふさわしいでしょう。何のつもりでこの学園に侵入を……。

「早く探し出せ」

「あの男を殺さないことには……」

 殺す? まさかこの学園の人間をでしょうか……。でもそれならこんな夜に探しても意味はないはず。生徒も教師ももう一人も……いえ、一人いますわ。グリシーヌ先生が。彼らは先生を殺しにここに? でも何故。先生はただの平民出の教師殺されるような理由などないはず。ゲームでも一度か二度出てくるだけのモブキャラでしたし……。だとしたら何で先生が……。

 とにかく確かめなければなりませんわ。

 彼らが本当に先生を狙っているのなら先生が暮らしているハウスにも行っているはず。そこに先生がいれば先生が狙われているわけではないことになります。確かめないと。

 人影に気付かれないように離れていく。

 鼓動がドキドキと音を立てるのが聞こえてしまうのではないかと思ってしまうほど緊張しています。それでも後少しで人影から遠ざかることができます。充分に距離を取れたら急いで外にまで出て先生のいるハウスに向かわなければ。後、少し……、その時服の裾が飾られてある花瓶に触れてしまいました。

 ごんと音が鳴った。

 ひゅっと息を飲み込む音が大きく響く。

「だれだ!」

 人影の怒鳴り声がして足音が向かってくるのに考えている暇もなく走り出します。

「いた。女だ捕まえて殺せ!」

 後ろから聞こえてくる物騒な声に私は速度を上げます。後ろを振り返るような事は致しません。余計な体力の浪費になりますから。ひたすらに出口だけを求めて走りますが、でも徐々に距離が近づいてくるのが分かります。人影の足音がどんどん大きくなって息遣いまで聞こえてきだしますから。

 どうやら覚悟を決めるしかないようです。

 走っているのをやめて後ろを向きます。魔法を人影に向かって発動いたしますが容易によけられてしまいます。深夜に人を殺しに来ているだけあり中々の動き。プロとみて間違いないでしょう。私に一番近い人影がマントの中に隠していた剣を抜きます。真っ直ぐに突き刺すだけの単純な型。女となめているのでしょう。

 ですがおあいにく様。私これでもそこらの騎士よりはずっと強い自信がありますの。

 魔法で手の中に剣を作り出し相手の剣を受け止めます。大きく空いた脇腹に蹴りを叩きこんでやりますわ。壁に叩き付けられた相手は失神。次にやってくる剣も軽く受け止めます。最初の一人と違い女と油断していないのですきはない。素早く触れ合った剣を離せば第二第三と連続で切り込んできます。受け止めながら攻撃の好きを探す。

 ここですわ。

 踏み込んで人影の首筋に刀を打ち込む。勿論峰ですわよ。神聖な学び舎を汚したりは致しません。倒れ伏した二人目

 残りは一人だけ。

 十分距離を取り見つめてくる相手からはとんでもないほどの気迫を感じます。今までの二人とは明らかに違う。おそらく此奴がリーダーなのでしょう。正直勝てるかどうか分かりませんが逃げた所で追いつかれるだけですから倒して見せますわ。数分だけでも気絶させることができればいいのですから。

「へぇ。なかなかやるじゃねえか。お嬢さんよ」

 ニヤニヤとした声で話しかけられるのには答えません。相手の間合いに入る瞬間を見極めることに集中いたします。踏み込んで切りかかる。が、すぐに受け止められてしまいました。カンカンと刃をぶつけ合います。この人力が強いですわ。剣筋だけならこちらが早いのですが打ち込みの強さが段違いで一撃ごとに腕が痺れます。打ち合えば打ち合うだけ不利になるでしょう。一気に畳み込まなければ……、でもその隙がない。

 じんと強く腕が痺れた所に打ち込まれる一撃。手から剣が離れて飛んで行ってしまう。剣を振り上げられる。右肩に痛みが走った。

 よける事ができましたけど右肩は切られ、その衝撃で床に倒れ込んでしまい……乗りかかられてしまう。逃げられない。

「ほう。どんな男勝りかと思えば近くで見るとなかなかの別嬪じゃねえか。いいね。殺すのが勿体なくなるぜ」

 乗りかかられ感じる体格や下品な言いざまで男だと気付きました。少しハスキーながらも女のような声をしていて随分なことを言います。

「あんたで遊んでみてぇな。あんな強いんだ。さぞかし面白いんだろうよ。あの男も見つからないんだ。少し遊んでやるか」

 頬を撫でられてぞわりと悪寒が走ります。男の手は私の胸元に伸びて遠慮なく触って……。にやにやと笑いながら手が下に下がっていく。

 ふっとその時頭の中で映像が流れた。既視感と云うには生々しい映像。同じように男に乗り上げられ……。

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

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