第16話 グランモール①

 夜が明け、午前六時頃。

 

「た、ただいまー」

 

 しばらく自身の家に帰っていなかったタツキは、こっそりと自宅の玄関の扉を開ける。

 

 一緒に同棲していた人にバレないよう中に入ると、家中の電気は全て消してあった。

 

 そのことに疑問に思いながらも彼はリビングに行くと、ソファーの上でグッスリと寝ている一人の女の子を発見した。

 

 その容姿端麗な姿は世の男を虜にする程のものであり、眠った顔はその可愛さを数倍に上げてくれる、それ程の寝顔を持ったアイがいた。

 

「……」

 

 彼女の姿を確認したタツキは台所に向かうと、ある光景に驚く。

 

 それは台所に溜まった汚れた皿の数々だった。

 

「洗ってないのかなー、でもなんでこんなに溜め込んで……」

 

「タツキ?」

 

「ッ!」

 

 突然聞こえてきた聞き覚えのある声に、タツキは咄嗟に振り向く。

 

 そこには起きたばかりの様子のアイが立っていた。

 

 寝起きのせいか服が乱れており、綺麗な胸元とお腹が見えていた。

 

「チョッ! 服を! 服をちゃんと着て! ——ッ!?」

 

 彼女は涙を流した様子で、帰って来たタツキに強く抱きつく。

 

「バカァ! 心配したんだから! ずっとずっとタツキの居ない生活を送ってきたんだからね! どうしてどうして急にいなくなっちゃたりするの!?」

 

 泣きながら訴えてくるアイに、彼は慌てた様子を見せながらも、自身がGIQが入ることになった経緯と、帰って来れなかった理由わけを話した。

 

「じゃあ、GIQには寮があってずっとそこで生活してた、てこと?」

 

 泣きじゃくりながらそう言うと、タツキはこくりと首を縦に振った。

 

 数分後、タツキは落ち着いた様子の彼女に、ゴールデンウィーク中はアイの元へいれることを話す。

 

「だったら……さ、今日友達と一緒にグランモールに行くんだけど……来る?」

 

 つぶらな瞳で彼を誘うと、タツキは何かを思い出したかのような表情をする。

 

「あ! そういえば僕も知り合いにグランモールに誘われてるんだよ! だから一緒に行くよ!」

 

「分かった。……朝ごはん食べる?」

 

「もちろん!」

 

「分かった、ちょっとだけ友達に連絡してくる」

 

 ※ ※ ※

 

 太陽が天頂を通過し、スマホの時計が一時を指すまで残り五分。

 

 アイとタツキは、彼女の友達との待ち合わせ場所に来ていた。

 

「おぉい、アイこっちこっち」

 

 ゴールデンウィークのせいか、沢山の通行人の中からアイを呼ぶ声がする。

 

 グランモールの前に着いたタツキ達は、声のする方へ小走りで向かっていく。

 

 次の瞬間、彼の目に入ったのは、白くなびいているスカート、肩の出た鼠色ねずみいろのオフショルダーを身にまとい、白いスニーカーを履いた、金髪のロングヘアの美少女が居た。

 

「アイ、遅い」

 

 プクーと頬を膨らませる少女は、アイの隣にいたタツキに視線を送る。

 

「あれ? アイ、て彼氏いたっけ?」

 

「い、いないよ! 何いきなり変な事言うのアカリ! 隣りの人は私の……私の……なんだ?」

 

 頬を赤らめた様子で言う彼女は、困惑気にこちらに言った。

 

「し、知らないよ! えっとえっとー、そ、そうだ幼馴染みみたいな関係かな! あはは」

 

 タツキが慌てふためきながら言うと、アカリは少しだけ納得した様子になる。

 

「それじゃあ後は皆が来るまで待とうか」

 

 そういえばカイトさんとの待ち合わせ場所もここだったような……。

 

「アイちゃーん! アカリー!」

 

 遠くの方から彼女達の名を呼ぶ声がした。

 

 すると、沢山の大衆から、一人の女の子が現れる。

 

 その女の子は清楚な容姿であり、青みがかった黒髪のロングヘアをしていた。

 

 飛び出した彼女はアカリに抱きつく。

 

「……カタリナ、ちょっと重い」

 

「ガーン!!」

 

 アカリの一言でカタリナは、落ち込んだ表情を浮かべる。

 

 その時、何者かが、抱きついていたカタリナの頭を軽くチョップする。

 

「やめてください、困ってるスよ」

 

 そこに現れたのは、青い水晶のような目をし、整えられた金髪の男と、その隣には昨日タツキと言葉を交わした青山あおやまカイトが居た。

 

「ん? タツキはアカリ達と来たのか」

 

「もしかしてアイの言う友達、てカイトさんの事だった? のか?」

 

 頭いっぱいに?のマークが浮かぶ中、アイは「そうだよ」と言った。

 

「なるほど」

 

「あともうすぐであの人来るらしいスよ!」

 

 彼はスマホを持ちながらそう言うと、近くにいたカタリナのテンションが上がった。

 

「あの人?」


 タツキが困惑した表情を浮かべた時だった。

 

「みんなお待たせー! 少し遅れちゃったよー」

 

 その声を聞いたタツキの脳内に、裏山事件の時のあの惨劇の出来事が蘇る。聞こえてきた声はどこか悲しいようで、懐かしいものだった。

 

「どう……して……どうして君が」

 

 彼はその光景に目を疑った。そうタツキの目の前に現れたのは、あの時に死んだはずのアオイだったのだ。

 

「きゃー!! アオイちゃーん!」

 

 カタリナは言うと、彼女に急ぎ足で向かって行った。

 

 カタリナがアオイにメロメロな様子をほっといて、タツキは目の前で起きている状況に理解が出来ていない様子で、アオイに近づこうとする。

 

 その時だった。

 

「んじゃ、もう行かない?」

 

 とアオイは手を叩いて言った。

 

「男子は男子だけで、女子は女子だけで!」

 

 カタリナはまるで光のような速さで、メンバーの割り振りを提案した。


 しかし、その提案を反対する者が現れる。

 

「いやいや! そこは男子と女子で分けるんじゃなくて! ここは混合というのはどうスか!?」

 

 金髪の男はテンションが上がった様子で言う。

 

「はぁ!? リュウあんた何言ってるの? 馬鹿なの? アホなの!? それともカエルさんなの!?」

 

 そんな彼の提案を真っ向から否定するカタリナ。

 

 ※ ※ ※

 

 あれから色んな提案が出るが、結局カタリナの提案が決まり、男女別々でグランモールを回ることになった。

 

 そして、男子陣のタツキ達がグランモールに入ると、沢山の店舗と大きなフロアが広がっていた。

 

「ちくしょー! 俺もアオイさんと回りたかったスよ!」

 

 リュウが不満げに言葉を漏らしていると、近くにいたカイトは、場内案内看板を確認していた。

 

「なぁ、タツキとリュウはどこに行きたいんだ?」

 

 その問いかけにリュウは「ゲーセン! おもちゃ屋! 駄菓子屋!」と言う。

 

「タツキは行きたい場所とかあるか?」

 

 カイトはそう彼に聞くと、タツキはアオイの事について思いながらも「本屋かな」と答える。

 

 すると、いつもの絶対零度の様な視線の彼は「分かった……最初は本屋にでも行くか」と言う。

 

「んじゃ、行くッスよ!」

 

 リュウが掛け声を上げると、三人は目的の場所へ歩き出した。

 

 ※ ※ ※

 

 歩き出したタツキたち一行が行き着いた場所は、沢山の本が本棚に置かれ、色々な本が陳列された本屋だった。

 

「タツキは何を買うんスか?」

 

 リュウは彼にそう言うと、タツキは悩みながらも「小説かな?」と答えた。

 

「リュウ、お前は何買うんだ?」

 

 彼の質問にリュウは「それは内緒スよ」と目をキラキラとさせ答えた。

 

「そうか……んじゃ俺はタツキと一緒に小説コーナに行く。何かあったら連絡してくれ」

 

 カイトがそう言うと、三人は別々に別れて行動を始めた。

 

 ※ ※ ※

 

 小説コーナーに辿り着いたカイトとタツキが、お互いの気になった本を見ていると、

 

「カイトさん、今日、僕を遊びに誘ってくれてありがとうございます」

 

「そうかしこまるな、別にお礼を言われるほどでもない」

 

「いえお礼を言わせてください、僕こうやって友達と一緒に遊ぶの初めてで、今もこうやって友達と遊んでいることが楽しいんです。だからお礼は言います。ありがとうございます」

 

 そんなタツキを見ていたカイトは「そうかなら良かった」と言った。

 

 その時だった。

 

「二人ともこれを見るッス!」

 

 とタツキとカイトの前に、何かを持ったリュウが現れる。

 

 リュウは凄まじいまでの眼力で、ある一冊の本を二人に見せつけた。

 

 それは某有名漫画雑誌の「ヤングシャンプー」だった。

 

 そして、その表紙には青のビキニを身に着け、清楚な長髪をし、顔の整った、スタイリッシュの美女が載っていた。

 

「「……」」

 

 二人は彼の持ってきた物に真顔になる。

 

「二人とも! 注目すべきはこの胸スよ! 俺の予想だとこの胸はBスネ!」

 

「「……」」

 

 リュウは雑誌の表紙に載った女性の胸を指すと、タツキは苦笑いを浮かべる。

 

「さあ! 行くッスよ!? 俺の熱弁!! ——ッ!」

 

  彼の熱弁が開始されようとした時、カイトの凄まじいスピードのチョップが、リュウに向けて繰り出される。

 

「来ると思ったスよ!」

 

 彼は意気揚々とした雰囲気で構えた。

 

 凄まじいスピードで向かってくる手刀。

 

 リュウは体制を整え、その攻撃を迎え撃つのだった。

 

 おそろしく速い手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうスね。

 

 彼は余裕そうな素振りで、一発目のチョップを避ける。

 

 が、その時、カイトは視認出来ないほどの速さで手刀を出す。

 

 そして、彼がその手刀を視認した時には、既に目と鼻の先まで迫って来ていた。

 

「あれ? コイツ、ワシより強くね?」

 

 リュウがそう呟いた時、トンカチで頭を叩かれたような痛みが、脳天に駆け巡った。

 

「グギャアアアアア!!」

 

 彼はそう叫び、湯気とたんこぶが出た頭を押さえ、その場にうずくまった。

 

「うるさいぞリュウ。用がないなら帰るぞ」

 

 カイトは面倒くさそうな表情で、彼に言い放った。

 

 その様子を見ていたタツキは、クスッと笑った。

 

 その後、本屋の目的を達成した男らは、次の場所へ向かって行った。

 

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