第13話 パントマイム②

 突然の疑神の襲撃に、ショッピングモールの中にいた人々が逃げ惑っている中。

 

 絶体絶命の危機に陥っている三澤みさわは、ある方法でこの場を打開しようとしていた。

 

 ユラユラと風になびく布切れのように、歩み寄って来る炎の疑神。

 

 疑神は獄炎の炎を全身に纏わせると、上の階層から人形の疑神が降ってきた。

 

「あらまぁ、もうボロボロじゃない? どう? お仲間さんに痛ぶられるのは」

 

「最悪だよ……でもお前に殺されるくらいなら仲間に殺された方がマシだ。

 まぁすぐに返してもらうぞ? 仲間を」

 

 彼はそう言うと、アタッシュケースから取り出していた謎の液体が入った弾丸を、ライフルに装填する。

 

「じっとしとけよタツキ」

 

 スコープの真ん中に炎の疑神を入れ、痛みで震える人差し指で、思いっきり引き金を引いた。

 

 放たれた弾丸は、炎の疑神の体の中で破裂し、彼の疑神化を強制的に解除させた。

 

 魂が抜けた様に倒れるタツキ。

 

「私の役目はこの子を殺すこと……もう用済みだから死になさい」

 

 倒れてピクリとも動かない彼に、疑神は殺しにかかる。

 

 しかし、その寸前で三澤は折れた足を無理に引きずりながら、全力疾走でタツキを救出する。

 

「殺させねぇ! コイツは俺の仲間だ!」

 

「じゃあ貴方から死になさい」

 

 疑神は竜の首のように長い腕を、彼に向けて伸ばす。

 

「うおおおおぉ!」

 

 三澤はライフルを拳銃に自動変形させ、伸びてくる腕に五発の銃弾を撃ち込む。

 

 一瞬の怯みも見せない疑神に三澤は、死を覚悟する。

 

 ※

 

 一週間前。

 

「クレッシェンド!!」

 

 強烈な蹴りを顔面で受けたタツキは、大きく後方へ吹き飛ぶ。

 

「あ、また強くやりすぎた」

 

 四宮は苦笑しながら、倒れている彼の手を取った。

 

「もうちょっと……優しくしてくだしゃい」

 

「ごめんごめん」

 

 顎が外れた彼にそう謝ると彼女は、タツキの戦い方について話し出した。

 

「ある程度の受け身とか攻撃手段は出来始めてるよ、だけどチョコミント、前にも言ったけど君の攻撃にはまだ何かを躊躇ちゅうちょしている所がある。

 君は誰よりも色んなものに対して優しい、それは良い事だ別に悪いことじゃない。

 でも、命を奪い合う疑神達との戦いの中で、そんな「優しさ」はいらない。戦場は「冷酷さ」と「残虐さ」を競う場所だ。

 もしそんな場所に「優しさ」を持ち込もうなら、多くの大切な仲間を失うことになる。

 もし仲間が危機的状況になったのなら……きみは冷酷で残虐な自分にならなきゃいけない、命を奪い合う戦場で仲間を救う方法はそれしかない」

 

 彼の何かを見透かしている様な目つきで、四宮は言う。

 

 その言葉を聞いたタツキの中で、何かが芽生えた。それが彼にとっての「殺意」なのか「戦意」なのかは誰にも分からない。

 

 ※

 

 死が三澤に迫るその瞬間だった。

 

 煮え滾る炎の拳が、人形の疑神の腹部を貫く。

 

 貫いた手を抜くと生々しい音がなり、炎で燃える拳には赤黒い血が滲んでいた。

 

「グハッ」

 

 血反吐を吐く相手に対し、タツキは左足を疑神化させ、その足で人形の疑神を勢い良く蹴り飛ばした。

 

 疑神は首の箇所から何かが折れる不快な音を立てて、吹き飛んだ。

 

「大丈夫ですか?! 三澤さん」

 

 タツキは立つこともままならない三澤に、急いで駆け寄る。

 

「あぁ少し右足が折れてるくらいだ」

 

「僕が安全な場所に運ぶんで休んでてください。後は僕がやりますので」

 

「いやお前に全てを任せておくのは少し気が引ける。多少のサポートだけでもやらせてもらう」

 

 平気そうな顔を浮かべ、タツキに言う。

 

 そんな三澤を見た彼は、顔を暗くする。

 

「できるだけ無理は……しないでください」

 

「あぁ分かってるよ」

 

 彼との話を終えたタツキは、疑神が吹き飛んだ方向へ向かって行った。

 

 ※

 

「あら、暗殺対象が自分から来るなんて私、幸運ねぇ」

 

 そう言うと、人形の疑神は自身が受けた傷を修復した。

 

「暗殺? いやその言葉の意味は今はどうでもいい、貴方を再起不能にします」

 

「うふふふ、活きのいい子供ね。嫌いじゃないわ」

 

 疑神は自身の持っていた人形を落とし、そこから操り人形となった人間を出す。

 

「貴方を人形にする前の雰囲気と、今の貴方の雰囲気が違う気がする。

 殺しがいがありそうだわ」

 

 人形の疑神はそう言うと、人形にしていた人間を操り、攻撃するようにタツキと一般人に仕向ける。

 

 それに対し、タツキは両足を疑神化させる。襲いかかってくる人間を無視し、人とは思えない程のスピードで、人形の疑神の目の前まで来る。そして、彼は疑神の首めがけて高く飛び上がった。

 

「——ッ!?」

 

 相手の一瞬の隙を見つけたタツキは、両腕を疑神化させる。

 

 次の瞬間、彼は腕に備わった鋭利なカッターのような刃で、人形の疑神の頭を刺すと、そのまま腕を下へ引きずり下ろし、真っ二つに切り裂いた。

 

 大量の鮮血と、血で濡れた赤黒い臓物が吹き出し、辺りの壁には疑神の臓器の一部が飛び散った。

 

「……手応えがない」

 

 赤く染った自身の手を見て呟くタツキは、ゆっくりと後ろを振り向く。

 

 そこには、切り裂いて体を真っ二つにしたはずの疑神が、傷を修復して立っていた。

 

「惜しかったわね。心臓を狙ったうえでの攻撃だったのかもしれないけれど……心臓には当たらなかったわよ。そろそろ、こっちも本気で行かせてもらうわ」

 

 人形の疑神がそう言った時、奴の背中に縦線が入った。すると、そこから羽化うかしたセミのように、謎の液体で濡れた疑神が出現した。

 

「……」

 

 あまりの衝撃的な出来事にタツキは、驚きを隠せていない様子。

 

 疑神から生まれた新たな人形の疑神は、背中からは二つの腕と、人間サイズであり、そして、疑神の特徴的な異様に裂けた口をしていた。

 

「来なさい相手になってあげるわ、坊や」

 

 その言葉を聞いたタツキは、瞬時に戦闘態勢に入った。

 

「お言葉に甘えて」

 

 両足を疑神化させ、先程と同等のスピードで相手の距離を詰める。

 

 がその時だった。

 

「——ガハッ!」

 

 見たことの無い速さで疑神は、彼との間合いを縮めると、強烈な拳をタツキの腹部に放った。

 

 体の中がぐちゃぐちゃになる様な感覚が襲うと、彼はショッピングモールの壁に打ち付けられる。

 

 壁に打ち付けられたタツキが次に目にした光景は、彼へ歩み寄ってくる疑神と、操り人形にされた人間達だった。

 

「こうなったら僕も最終手段を出す……しかない」

 

 ヨレヨレにながら立ち上がると、タツキはあることを決心した。

 

「うおおおおぉ凶化ァ!」

 

 そう叫ぶと、辺り一帯に獄炎の火柱が立ち、灼熱の炎がタツキを包み込む。

 

 気高き雄叫びを上げる炎の疑神は瞬時に、人形の疑神に向けて蒼炎を放つ。

 

 しかし、相手は飛んでくる炎を手で払ってかき消した。

 

「炎を操る疑神……「炎の疑神」と言ったところね。いいわ相手になってあげるわ」

 

 人形の疑神は音の速さで、タツキとの距離を詰める。そして、相手の剛腕が炎の疑神に迫る。

 

 その時だった。

 

 一発の弾丸が奴の腕を撃ち抜く。すると、その腕は風船が割れるように破裂した。

 

「タツキ! 操られた人間は俺に任せて、どんと暴れろ!」

 

 ショッピングモールの二階でスナイパーライフルを構えた三澤はそう言うと、小型のアタッシュケースから麻酔弾を取り出し、ライフルに装填する。

 

「眠ってろ」

 

 彼はそう言うと、操られた人間に向けて麻酔弾を撃っていく。

 

「小賢しい真似をするのね」

 

 疑神は言うと、三澤の方へ音の速さで接近しようとした瞬間。

 

 その寸前のところでタツキは、人間離れしたスピードで、人形の疑神の二つの腕を掴む。

 

 すると、炎の疑神は腕に備わった刃で、人形の疑神の二つの腕を切断した。

 

「アレがタツキが疑神化した姿……」

 

 タツキの圧倒的な存在感に三澤は、唖然としながら呟いた。

 

 炎の疑神は雄叫びを上げると、自身の周りに円状の炎のリングを形成する。

 

 次の瞬間、人形の疑神にも視認することが出来ない程のスピードで、タツキは炎を纏い、相手の腹部を手刀で貫く。

 

「グホッ」

 

「うおおおおぉ!」

 

 そして、炎の疑神は貫いた手刀に豪炎を纏わせると、疑神の体内にあった臓物を掴み、それを下へ引きずり下ろすように体を引き裂いた。

 

 が、急所に当たってないのか人形の疑神は、体を再び完全に再生させる。

 

「貴方とても魅力的! 好きになっちゃいそうだわ! でも遊びはもう終わりよ、死になさい」

 

 そう言うと、閃光のような速さで炎の疑神との距離を詰め、疑神の急所である胸部に手をねじ込む。

 

「ッ!?」

 

 そして、中身をくり抜くように、タツキの体内の肉を外へり出していく。

 

「これが貴方の心臓ね! さぁ死になさ——ッ!?」

 

 人形の疑神が彼の心臓を取り抜こうとした時、タツキもまた彼女と同様に、相手の胸部へ手を貫いており、心臓を抜き取る寸前まで行っていた。

 

「なるほど相打ちを狙おうてのね、でも無駄。私の心臓は抜き取りにくいのよ?」

 

「それは僕も一緒です」

 

 お互い一歩も引けない状況下で、先に出たのはタツキだった。

 

 彼は相手の心臓を抜くのではなく、わざと貫いていた手を抜き、両手で人形の疑神の頭を掴みかかると、握り潰すように力を入れる。

 

 一方、人形の疑神は急いで彼の心臓を取ろうとする。

 

 タツキの心臓が引き抜かれそうになった瞬間、全力で力を入れていた炎の疑神が、先に相手の頭を潰した。

 

 すると、頭を潰された人形の疑神は、まるで電源が切れたロボットのようにその場で倒れた。

 

「……終わった、殺しては……ないよね」

 

 飛び出た心臓を元の場所へ修復し、疑神化を解いたタツキは言った。

 

 すると、遠くの方から三澤が、彼の元へ駆け寄ってくる。

 

「やったなタツキ! あとはこの疑神を警察とGIQにまかせて、俺達は本部に戻っ——」

 

 その時、彼は疑神を倒せた安心からか、魂が抜けたように倒れた。

 

「三澤さん? 三澤さん! 大丈夫ですか!? 三澤さん!」

 

 ※

 

 人形の疑神襲撃の事件後、倒れた三澤が次に目覚めたのは、病院のベットの上だった。

 

「ここ……は」

 

 ぼんやりとした視界の中でそう呟く。

 

「あ! 三澤起きたよ! ねぇみんな! 三澤が起きたよ!」

 

 隣で彼の様子を見ていたディザは、いつまで経っても変わらない可愛げな声で、宮崎とタツキに呼び掛ける。

 

「起きやがったか三澤、大丈夫だったか?」

 

「三澤さん! お体大丈夫ですか!?」

 

 涙目になったタツキはそう言うと、三澤はフッと笑った。

 

「あぁ何とか体は大丈夫そうだ」

 

「良かったぁ」

 

 タツキはホッと胸を撫で下ろした。

 

 ※

 

 三澤の様子を確認し終えたタツキと宮崎は、病室の近くにあった自動販売機で、ある話をしていた。

 

「おいタツキ、何がいい? 奢ってやる」

 

 いつもと変わらない目付きで言う宮崎に、彼は少し脅えた様子で「大丈夫ですよ」と言った。

 

「お前は先輩からの奢りを断るのか?」

 

「ヒ、ヒィ。す、すいません! お、お茶でお願いします!」

 

 タツキの要望を聞いた彼は、自身が飲む用の缶コーヒーと、お茶を買った。

 

「次の任務俺と一緒だからな?」

 

「……へ? えぇ!?」

 

「あ? なんか文句でもあんのかよ?」

 

「い、いや文句なんかありましぇん!」

 

「じゃあ喜びやがれ!」

 

「は、はいぃ」 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る