第10話 忍び寄る影②
「ディザさん、少しここで待っててください」
タツキは背負っていたディザを、安全な壁の方へ下ろす。
「へぇ〜、面白そうな味してそうだね君。最初に君から食べようかな?」
最悪だ……こういう時に限って疑神化する方法を聞けないだなんて、どうにか疑神化する方法を探るしかない。
「ディナーを始めようか、
その言葉と同時に男の体が吹き飛ぶ。
爆発し——ッ?!
一瞬の気を取られていたタツキの顔面に、強烈な蹴りが入った。
その瞬間、彼の体は横で閉まっていた店のシャッターを突き破り、店の中の方まで吹き飛んだ。
何をされた!? 一体……マズイ視界がボヤけて。
朦朧とする意識の中見えた男が、変身した疑神の姿。
それは、上半身に手榴弾を身にまとい、そして四つの腕を持ち、まるでケンタウロスのように、半身疑神で半身馬の異形の姿をしていた。
「頑丈だね君、普通なら人が死んでるか意識失ってるよ? もしかして……いやないか」
ヨレヨレになりながら立ち上がると、軽く頭から出血していることに気づく。
タツキはバラバラになった棒状のシャッターの残骸を拾うと、それを武器のように構えた。
「そういう考え方は正常だと思うけど、無謀だよ? 僕に効くと思うと——」
奴の喋っている隙をついた彼は、己自身でも理解が出来ない程の速さで、間合いを詰め、疑神の顔面に鉄の棒を叩き込んだ。
しかし、それと同時に、武器で使った鉄の棒がひん曲がった。
「それは効くよ〜少しだけどね」
耳まで裂けた口を見せながら、奴は平気そうに言った。
「じゃあ次はこっちの番」
疑神はタツキの腹部目掛けて膝蹴りを入れる。
「グホッ」
爆発の威力を利用して、彼を空高く吹き飛ばす。
体の中が爆発したような痛みに悶えながら、血を吐いて夜空を宙に舞っていた彼を、疑神は再び商店街の方へ、爆発の威力が入った蹴りを入れる。
土煙が舞い、商店街に出ていた店の物が散乱した道。
ボロボロになり血まみれとなったタツキは、壁に寄り掛かるように倒れていた。
「山本さんを殺したの……貴方ですよね? なんで殺したんですか」
血で染まっていく視界の中、疑神に聞く。
「あぁ僕が殺した理由ね。それはね味を知りたいから、かな。だってねだってね? 「人を殺す」てね? 僕にとって一つの快感であって食事なんだ。
人が死ぬ時のみんなの絶望した顔、僕はその瞬間に味を覚えるんだ。
今まで数十人と殺したんだけど山本さんは別格だったねぇ。
何日も待って熟成させた
奴はまるで今までやってきた行いを反省した様子を見せることも無く、ただ、自慢事のように語っていた。
「そんな……そんな理由で……なんの罪もない人を殺したのか!」
その叫びに応答するかのように、ブレスレットにはまっていたペンダントが、青く光り輝く。
「凶化」
殺意を纏った目でそう唱えると、辺りに散乱していた瓦礫から獄炎の火柱が、立ち並ぶ。
「やはりか……」
疑神は疑神化しようとしている彼へ目掛けて、爆発の威力がのった拳を、連続で叩き込む。
すると、タツキに覆いかぶさろうとしていた炎が消える。
「死ね——ッ!?」
彼を仕留めようと放った手榴弾が、受け流される。
「まだだ……まだ僕の中の炎は消えてないぞ」
赤く染まった瞳を開き、そう言った直後、消えた筈の獄炎の火柱が再び立ち並ぶ。
そして、蒼炎となった炎はタツキを包み込む。
次の瞬間、疑神化に成功したタツキの拳が、炎の中から繰り出される。
「ガバッ」
その攻撃に直撃した疑神は、後方の建物が立ち並ぶ場所へ吹き飛ぶ。
「僕は平等の「死」の下でアンタを裁く」
異常な程の殺意のオーラをまとい、同時に燃え尽きることのない煉獄の炎を身につける彼の姿は、まるで悪魔の様だ。
「アハハハハ! 面白いねぇ! 面白い味が本当にしそうだよ!」
壊された壁から出てくる奴はそう言うと、自身の馬の脚力で風を切りながら、タツキとの距離を縮めてくる。
迫り来る爆破の疑神に応戦するように、彼は身につけていた炎を両手に纏わせる。
タツキは爆破の疑神以上の速さで間合いを詰める。
そして、煮え滾る拳を奴の腹へ叩き込む。
彼の放った一撃の衝撃で、辺りの窓ガラスが割れ、夜道を照らしていた照明が消えた。
「グハァ——なんてね?」
タツキの渾身の一撃に怯みはしたものの、完全にやられていない疑神は、口角を上げると、彼の頭をガシッと掴む。
すると、爆破の疑神は掴んでいた彼の頭を、店の壁に押し付け、壁を削り取りながら空高く吹き飛ばす。
「僕が手榴弾から作り上げた物には爆発効果が付与される。
身体に爆発効果のあるシールを貼らせてもらったよ」
疑神がそう言い終わると、夜空を舞っていたタツキは、花火の如く物の見事に爆発した。
「さて、君の味は……うーん、まろやかでコクのある味……チョコミントみたいな味だね。
面白い味がすると思ってたけど、まあまあかな? さて、もう一人の味確認を——いない?」
気を失っていたディザの姿がないことに、驚く疑神。
「ざんねーん! ディザはこっちでした〜!」
声のした方向に振り向くと、そこには五体満足な様子のディザが立っていた。
「へぇ〜、今度こそは面白い味がしそうだよ」
ディザを標的にし、先程とは比べ物にならないくらいの速さで、迫り来る疑神。
「ディザディザ! パワー!」
その時、奴の辺りを覆うように巨大な石壁が、立ち並ぶ建物を無視して包み込む。
見事に壁に閉じ込められた疑神。
その様子を確認した彼女は、ある場所に向かってある者の名を呼ぶ。
「今だよ〜! タツキ!」
「ッ! まさか!」
上空から疑神目掛けて降ってくる赤熱した物体、それは異常なまでの炎を溜め込んできたタツキだった。
炎の疑神は相手が閉じ込められた石の天井を貫くと、颯爽と爆破の疑神の前に降り立った。
「言ったよな? 僕の中の炎はまだ消えてないと」
顔の半分が人間に戻りかけている状態でタツキは言うと、疑神化が解け始めている場所を元の疑神の顔に戻し、臨戦態勢に入った。
「まだ味を残していた、て事でいいかい?」
「「死」をもってその罪を償ってください」
「ディザも参戦する〜!」
爆破の疑神は身につけていた無数の手榴弾を、宙にばら撒く。
手榴弾の爆発と同時に疑神は、爆発の乗った馬の脚力で、二人との間合いを詰めると、爆弾を四つの剣へ変える。
そして、それらの剣を四つの腕で構えると、タツキとディザに向けて、音の速さで振り下ろす。
「ディザディザ! ガード!」
彼女がそう唱えると、石の天井が崩れる。
すると、二人と疑神の間に巨大な石壁が落ち、爆破の疑神の攻撃を弾いた。
「ディザディザ! パワパワパワー!」
その瞬間、地面のコンクリートの一部が幾千万の槍のように、爆破の疑神ごと空高く貫き、拘束した。
降り注ぐ血の雨、炎の疑神は自身に燃え尽きることのない永遠の炎を、全身に纏わせる。
そして、タツキは上空へ高く飛ぶと、爆破の疑神目掛けて特攻する。
「素晴らしい! 素晴らしいよ! 君たちは!」
爆破の疑神は持っていた剣を爆発させ、自身の拘束を解いた。
「——ッ!?」
しかし、縛りをといた時には時すでに遅く、奴とタツキの距離は目と鼻の先であった。
「——君の勝ちだよ」
爆破の疑神はそう呟くと、炎の疑神の強烈な拳を真正面で受ける。
その威力は凄まじいモノで、奴の頑丈な皮膚にヒビを入れる程であった。
メキメキと異様な音を立てながら、地面にまで押し付けられる爆破の疑神。
そして、炎の疑神の攻撃に耐えられなくなった疑神の頭部は、グチャグチャに砕け散った。
「あとは私がトドメをさそう」
雰囲気の変わったタツキはそう言うと、自身が纏っていた炎を槍へ変形させ、ピクリとも動かなくなった疑神を、仕留めようとした。
その時。
「それは困るなぁ」
「「ッ!?」」
破壊された石の天井から聞こえてきた男の声。
次の瞬間、その声の主と思われる白服を着た謎の男は、遠くの方で仕留める筈の爆破の疑神を担いでいた。
「いつの間に……」
「今ここでお前達を殺しても構わないが、それはゲームとしては面白くない。だからこの素材だけは回収しとく」
彼がそう言った次には、謎の男の姿は時の流れを感じさせる事もなく消えていた。
※
「あれ? 隊長、タツキに対疑神用の武器渡しました?」
「あ」
GIQ組織内で三澤は四宮にそう聞くと、彼女は忘れてたと言わんばかりの表情で言った。
「帰ってきた時にでも渡すとしましょうか。ほらそんなことを言ってる間に」
彼女の向けた視線の先には、ボロボロになったタツキに肩を貸していたディザが居た。
「おかえり二人とも」
「リーダ〜! ディザ疲れたよぉ〜」
「どうだった? 任務の方は」
「あ〜、それがその〜」
気まずそうな表情を浮かべるディザは、先の事の経緯を要約して話した。
「そっか依頼人が……でも私はチョコミントとアップルパイが無事てだけで私は嬉しいよ」
「リーダ〜! だから私は! アップルパイじゃなくて! ディザだってば〜!!」
※
「炎を自在に操る能力か……ゾクゾクする! 早く君が欲しいわ
月明かりに照らされた人通りの少ない商店街の通りで、学校の制服を着たアオイは、欲望に満ちた笑みで言った。
彼女が帰宅しようとした時だった。
「——ッ」
「イデ」
アオイはちょうど通りかかっていた中年の酔っぱらいの男の肩に、ぶつかる。
「おい! 嬢ちゃんどこ見て歩いでんだ!」
男は酔いのせいか感情的になった様子で、彼女の肩に強く掴みかかる。
「気安く私の体に触らないで」
「あぁん?」
その時、彼女は中年の男の顔面を恐ろしい程の力で掴み、店の柱に打ち付ける。
「気持ちの悪いゴミ虫……私に触れていいのは彼だけなの、あぁ彼を想像するだけで興奮が止まらない!」
「た、助け! 助けてくれぇ!」
強靭な力に手足でもがく男。
パキパキと何かがひび割れていく音を立てながら、強く頭を握り潰していくアオイ。
その時、彼女の背後から謎の闇が出現した。
それは次第に大きくなると、二人を包み込み、何かが潰れた様な音が鳴り響いた。
※
大人の雰囲気が醸しでる薄暗いBARで、
「どう? 暗殺の方は」
「なんだお前か
男は
すると彼はその席に座ると、店員に男が飲んでいた同じ酒を注文した。
「そんで結局どうなん? 進んでるの?
「俺のやり方でやっている。あんなガキを殺すのに全力を尽くす程でもない……それより、金の方はどうなんだ」
「金? 金か〜金ね〜? 百万でどう?」
「五千万だ、異論は認めない」
男は鋭い眼光で霧崎を睨みつけると、彼は「お〜おっかないねー」と笑みを零した様子で言った。
「俺の財布がまたダイエットするなんて……分かりました払うよ払いますー。てか『全力を尽くす程でもない』て言ってたけど、お前の用意した爆破の疑神倒されちゃってるじゃん! ——てもういなくなってるし……」
霧崎が一人で淡々と喋っていると、男は
「アレ? アイツ支払いやってなくね? 俺がすんの? 支払い……アイツ次会ったらぶん殴ってやる」
彼はそう言いながら時計を確認すると、妙に時計の針がずれていた。
「能力だけなら俺より上なんだけどなアイツは」
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