第9話 忍び寄る影①

 薄暗い工場でかつての相棒と出会ったイノリは、冷徹な目で彼を睨みつける。

 

「オイオイ、イノリそんな目で見るなよ。俺たち仲間だったろ?」

 

「あまり私の名を気安く呼ぶんじゃない……本当にこんなのが彼女の父親とは思えんよ」

 

 イノリの呟きを聞いた葛城は、ゲラゲラと笑いだす。

 

「アカリはそっちで元気にしてるか?」

 

「組織関係の情報は機密でね、教えるわけにはいかないよ……んで、何の用だ? 用件を言え」

 

 彼女は素っ気ない態度で彼に聞くと、葛城はある写真をイノリに見せる。

 

「サイレントのボスの娘だ。俺はこの子を父親から守っていてな」

 

 その写真に写っていたのは白髪のポニーテールヘアと、血のように赤いレッドアイをした、高校生くらいの女の子が写っていた。

 

「冗談はよせ、元GIQの君でもサイレントがどういう組織か知ってるだろ?」

 

「知ってるさ、だが、俺も一人の父親だ。娘を殺そうとしている父親を見過ごせなくてな。だから一つ頼みがある」

 

 葛城は真剣な眼差しで、彼女に頼みたい事を告げた。

 

「……君のその頼み事が正式に組織として受理されるか分からないが……検討だけはしておこう」

 

「恩に着る、詳しい事は手紙で送らせてもらう」

 

 彼はそう言って、刺さっていた刀を抜き、その場を去った。

 

 ※

 

「リーダ〜ディザ暇だよ〜」

 

 ソファーでくつろぐ彼女。

 

「……そろそろ依頼人がくる頃なんだけどね」

 

 そう言って、四宮は事務所の外の明るい光景を、虚ろな表情で見る。

 

「なぁ、タツキ! ホットコーヒー入れてくれないか?」

 

「あ、はい!」

 

 三澤から手渡されたマグカップをもらい、そのままキッチンの方へ向かう。

 

 黒い電子ケトルに水を注ぎ、お湯の温度を80度に設定し、スタートのボタンを押す。

 

「三澤さん、インスタントコーヒーしかないんですけど……」

 

「別にそれでもいい、飲めればいいからな」

 

「分かりました」

 

 初めての任務から二週間……GIQの仕事は大変だと思ってたけど、案外依頼や任務とか来ないから意外と暇だなぁ。

 

 そんなことを心の中で思いながら、淡々とコーヒーを作り終える。

 

「どうぞ」

 

 タツキは湯気が立ったコーヒーを三澤に渡す。

 

「サンキュ」

 

 三澤さん何時も読書してるなぁ〜、自分も何か本でも読もうかな。

 

「タツキ〜そこのテレビのリモコン取ってくんね?」

 

 と言って、近くに通りかかった彼を引き止める宮崎。

 

「分かりました」

 

 タツキは近くに置いてあったテレビのリモコンを、彼に手渡す。

 

「タツキ〜、先輩に手渡す時は両手だぞ? いいか? 間違えるなよ」

 

「ウッすいませんでした。次から気をつけます」

 

 そんなやり取りをしていると、扉をノックする音がした。

 

「入ってどうぞ」

 

 四宮のその声に反応するように「失礼しまーす」と誰かが扉を開ける。

 

 そこに立っていたのは、か弱そうな見た目のメガネをした女性が居た。

 

「あの、依頼人の山本と言います」

 

「こんにちは山本さん、依頼の件はあちらで聞きますので、どうぞお上がりを」

 

 四宮はそう言うと、山本を別室の『依頼部屋』と書かれた部屋へ誘導する。


 ※

 

「たしか山本さんはストーカー被害で悩んでるんですよね?」

 

「は、はい……三ヶ月前の仕事帰りの夜道でつけられてる様な感じがして、後ろを振り向くと顔が傷だらけの男の人がつけてきていたんです。

 その日だけじゃなくて、今もずーっとです」

 

「大体の事情は分かりました。では私達に何をして欲しいですか?」

 

 彼女のその問いかけに、山本はこう答えた。

 

「つけてくる理由だけ知りたいです。その理由によってそのあとの事を決めたいので」

 

「分かりました。ストーカーがつけてくる日は毎日といった感じですか?」

 

「平日だけですかね、休日は特に出歩かないので」

 

「了解しました、あとは我々だけでどう対処するか作戦をねっておきます。

 帰りは私の部隊の中の二人をボディーガードとしてつけときますので、安心してご帰宅してください」

 

 四宮のその一言で依頼人の事情聴取が終わり、宮崎と三澤がボディーガードに選ばれ、その日は何の異常もなく終わった。

 

 ※

 

「んじゃ[山本さんのストーカーを捕まえる作戦]で選べれたタツキ《チョコミント》とディザ《アップルパイ》は明日の夜の八時ごろに護衛任務と犯人を捕まえること。

 あと、今回はストーカーを捕まえることだから外から目立つGIQの制服ではなく私服で、いいね?」

 

「分かりました」

 

「ディザ! 了解でーす!」

 

「チョコミント、渡し忘れた物を渡すよ」

 

 早速任務の準備に行こうとするタツキを呼び止め、彼の手のひらに大きめのブレスレットを置く。

 

「——オモッ、コレは?」

 

「疑神化専用のアイテム、これは疑神化の胸騒ぎを制御する物、これさえあれば暴走する力を抑制できるから。使い方はアップルパイから聞くといい」

 

 渡されたブレスレットを見ていると、あることに気づいた。

 

「これって……」

 

 タツキの目に止まった物、それは裏山に行く際、アイからもらったペンダントだった。

 

「あぁそれね、たしかあの裏山事件の後に君が大切そうに握っていたらしくてね。

 どこぞの開発員がそのブレスレットにはめたらしい」

 

 彼女の説明を聞いていたタツキは、少し困惑した表情を浮かべるも、もらったブレスレットを手首につけた。

 

「似合ってるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「おーいタツキ! ディザは一人で居るのが怖いから早くこっちにこーい」

 

 玄関の方から聞こえてきたディザの声の元へ、タツキは急ぎ足で向かうのだった。

 

 ※

 

 任務決行日 午後七時五十分。

 

「タツキー! またせたな!」

 

 空が闇に包まれた街の中、ディザは大ぶりに手を振りながら、タツキの元へ走り寄る。

 

「どうどう? 私の服! 似合うでしょ?」

 

 彼女はそう言いながら、クルンと回ると、自身の服装に関しての感想を彼に求めた。

 

 タツキはディザの格好を視界が悪い中、目を凝らして服装を見る。

 

 自信満々な顔をしているディザの格好は、白のハイネックのニットと、オレンジのスカートを着こなした、とてもシンプルな格好だった。

 

「似合ってるよ! すごく可愛い!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 顔をトマトのように赤くして照れるディザ。

 

「さ、さっさと山本さんの所に行くぞ!」

 

 彼女はそう言って、タツキを連れ、依頼人の待つ場所へ向かって行った。

 

 ※

 

 会社帰りのサラリーマンが行きどおる暗い商店街の道で、見えてきた依頼人の姿。

 

 しかし、それは何処か様子がおかしく、ピクリとも動かず、じっと下を向いていおり、異様な雰囲気を醸し出している。

 

「ワタシ、ワタシ、ワタシ、ワタシ」

 

 一人ボツボツと呟く依頼人の異常さに、タツキ達は少し恐怖していた。

 

 そんな不気味な様子をしている彼女を、遠くから見ていたタツキは、恐る恐る彼女に歩み寄ろうとする。

 

 その時だった。

 

「タツキ! そこを離れろ! 危険だ!」

 

「へ?」

 

「ワタワタワタワタワタワタ! ワタシは爆発しマース!!」

 

 山本は突然、気が狂ったようにそう言うと、顔を膨らませ、まるで針で割れる風船のように破裂した。

 

 タツキの頬に生々しい鮮血が飛ぶ。

 

 そして、頭が吹き飛んだ彼女の体は、ユラユラとふらつき倒れた。

 

「どういうこと……だ?」

 

 彼は今起こっていることに理解できていない様子。

 

 そんなタツキの手を引いて、その場から逃げるディザ。

 

「タツキ! ディザは疑神化するから、タツキも疑神化して!」

 

 一方、彼女は焦せりを見せた様子で、彼に指示を出す。

 

「そ、そんなこといきなり言われても! 疑神化するにはどうすれば……」

 

「あぁもう! それは——ッ!?」

 

 その時、地面に無数の人間の生首が降り注ぐ。

 

 ベチャベチャと気持ちの悪い音を出しながら降ってくる生首に、二人は異様さを覚える。

 

「爆発しろ」 

 

 突如聞こえてきたその声に、生首達は反応する様に顔を膨らませ、タツキらを巻き込むように爆発した。

 

 爆発の影響で瓦礫が散乱する場となった、依頼人との待ち合わせ場所。

 

 運良く瓦礫の下敷きにならなかったタツキは、朦朧とする意識の中で立ち上がる。

 

「一体……何が——ッ!?」


 霞んだ視界で辺りを見渡していると、瓦礫の下敷きになっているディザを見つけた。

 

「ディザさん! 大丈夫ですか!?」

 

 彼の声に反応がなく、恐らく意識を失っている様子だ。

 

 マズイ! この状況は本当にマズイ! 突然の敵の襲撃……まだ敵は何処にいるのか分からない状況下でこれは。

 

 焦りを見せた様子で瓦礫を、自身の力で退かし、ディザを救出するタツキ。

 

 まずディザさんをどこかに避難させないと!

 

 爆発した影響で辺りを照らしていた電灯が破壊され、視界の悪いタツキは彼女を背負いながら、必死に壁と月明かりを頼りにしてディザの避難場所を探す。

 

「おやおやぁ? 生きてたのかぁ〜あの爆弾の量で二人とも軽傷で済むなんて運がいいね〜、て言っても? 一人は気絶してる様子だけど」

 

 突如、彼らの目の前に現れた一つの影、それは月明かりに照らされ、その正体を現す。

 

「山本リツエさんの味。とてもジューシーでまろやかだったから美味しかったよ。さて君達の「死」はどんな味がするかな?」

 

 彼らの目の前に現れた者は依頼人の証言通り、顔には無数の傷があり、190cmもあろうその身長、そして、辺りを凍りつかせる程の禍々しいオーラを漂わせた男が立っていた。

 

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