第8話 GIQ④

 なんでなんでなんで! 俺はこんな目にあわなきゃいけないんだ!

 

 憎しみの混じった目で、逃げ惑う人々を見つめる兎の疑神。

 

「さ、早く取り掛かるとしよう。ディザ《アップルパイ》!」

 

「呼んだ!? 呼んだよね!? ディザの事!」

 

 四宮の声に反応してか、元気に声を上げるディザ。

 

「うん、呼んだよ。だからアレ頼んだよ」

 

 その頼みに彼女は、親指を立てる。

 

「んじゃ、いくよー? ディザディザ! ディザ! パワー!!!」

 

 ディザが呪文を唱える様に言う。すると、四宮の部隊と兎の疑神の周りに、ドーム状の巨大な石壁が、彼らを囲うように出現する。

 

「何なんだこれ……」

 

 腰を抜いて驚いた表情をするタツキをよそに、四宮達は任務の続きをし始める。

 

「さて、これで君は逃げ場がなくな……アップルパイ、ちょっと暗いから明かりつけて」

 

 そう言われた彼女は、持っていた携帯のライトで明かりをつけた。

 

「ちょっと待ってくれ! 俺は……俺は! ただ幸せになりたかっただけなんだ! 無理矢理……俺は望んで疑神になったんじゃない! 俺は人間だ! 無理矢理変な液体を飲まされて疑神になったんだ! だから何もしないでくれ!」

 

 涙目になった単眼と、異様に裂けた口を開き、許しを乞う疑神に四宮は言った。

 

「……話を聞いていれば、君は何者かに何か飲まされて疑神になったの?」

 

「そ、そうだ!」

 

「じゃあ何もやっていない? 人を襲おうとしたり殺そうとしたり」

 

 彼女のその問いかけに兎の疑神は、数分前人間だった時に上司を、殺そうとした事を思い出す。

 

「何もやってないに決まってるだろ」

 

 疑神は落ち着いた顔で、問いかけに返答した。

 

「ふーん……」

 

 彼女が呆れた表情で、呟いたその時だった。

 

「——ッ!?」

 

 突如、兎の疑神の腹部を、白黒い巨大な剣が貫く。

 

 大量の出血をし、悶え苦しむ疑神。

 

「嘘は良くないね、君。もうちょっとハリのある嘘をつかないと」

 

 敵へ背を向け、その場から離れようとする四宮は、呆れながらもそう言った。

 

「なんだ……コレ?!」

 

 疑神は多量の血を出しながら、そう問いただす。

 

 すると、彼女は親切に答えた。

 

「私の能力だよ、人殺し君。あとは任せたよ皆」

 

 血反吐を吐き、その場から動けない疑神は、自身の命の諦めからか、高らかと笑いだした。

 

 もういい我慢しなくて良いんだ……そうだ、いっその事全部ぶっ壊そう。

 

「まずはテメェらGIQからだ、殺してやる」

 

 貫かれた腹部から剣を抜くと、背中から無数の虫の足の様な物を生やす。

 

 パキパキと音を鳴らし、歪んだ表情を見せる疑神は、ニヤリと口角を上げると、自身の足を地面に圧縮させる。

 

「最初は女! テメェからだ!」

 

 そう言うと、圧縮させていた足を解放させ、凄まじいスピードで四宮との距離を詰めた。

 

 そして、即座に彼女に向けて攻撃を仕掛ける。

 

 が、その時、二人の間に鋭い鎌の刃が入る。

 

「なに先に大将を取ろうとしてんだよ?」

 

 宮崎みやざきは瞬時に四宮の守りに入っていた。

 

 彼は疑神の一瞬の隙を見つけると、敵の腹部に強烈な蹴りを入れ、兎の疑神との距離を遠ざける。

 

「来いよ疑神野郎……俺が相手になってやる」

 

 そう言ったと同時に、疑神は自身の足を再び圧縮させ、兎のように高く飛び、宮崎目掛けて距離を縮める。

 

「速いな……でも」

 

 詰め寄ってくる相手に対抗するように、高く飛び上がる。

 

 そして、持っていた鎌で迫り来る疑神の触手のような物を、空中で切り刻みながら、奴との距離を詰めていく。

 

「オラァ!」

 

 標的の元へ辿り着いた彼は、疑神の右腕に向けて鎌を振り下ろした。

 

 宮崎が振るった鎌の切れ味は凄まじく、あっさりと相手の腕を切断した。

 

三澤みさわァ! 今だ!」

 

「分かってる!」

 

 その掛け声を耳に入れると、標的をライフルスコープの中央に入れ、引き金を引いた。

 

 風を切りながら迫り来る銃弾は、疑神の胸元を貫いた。

 

「グハァ!!」

 

「トドメは任せたぞ! ディザ!」

 

 三澤は彼女にそう呼び掛けた。

 

「まかせとけ! ディザディザ! パワーボム!」

 

 そう言うと彼女はその場で指鉄砲をし、石で覆われた天井に向けて、エネルギー弾のような物を放つ。

 

 その瞬間、辺りを覆っていた石の天井が、木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 

 すると不思議な事に、木っ端微塵に吹き飛んだ筈の無数の石たちは、鋭く尖ったナイフ状の塊になると、致命傷を負った疑神に降り注いだ。

 

 無数に降り注ぐナイフ状の石の塊は何故か、タツキたちに行くことはなく、ただ、兎の疑神の元へ降ってくる。

 

 そして、体の至る所を蜂の巣にされると、そのまま地へ落ち、絶命した。

 

「よし! 討伐完了だ! リーダー! ディザを褒めて褒めて!」

 

 彼女の元へ駆け寄るディザ。

 

 駆け寄ってくる彼女を四宮は、まるで母親の様に抱きしめ、頭を撫でた。

 

「偉い偉い偉いよアップルパイ」

 

「あぁ?! アップルパイじゃないって! ディザだって! いい加減覚えてよ!」

 

「うーん、無理かな?」

 

「はぁー?!」

 

「す、凄い……」

 

 四宮達の実力をまじかで見ていたタツキはそう呟いた。

 

 ※ ※ ※

 

 見事に兎の疑神を討伐した四宮の部隊。

 

 彼女らがその場を警察達に任せて立ち去った後、一つの怪しい影が事件現場に来ていた。

 

「流石に無理があったか……人工的な疑神化じゃ。

 まだあの事件以外でも性能を確認したかったが、無駄だったか……アイツの中で生きてるんだろう? お前は」

 

 黒フードを深く被った男は笑みを浮かべる。

 

「やっぱりここはプロを雇った方が早いか」

 

 男は落ちていた兎の疑神の体の一部を集め、霧のように去っていた。

 

 ※ ※ ※

 

 カイト達が入学した学校では、昼休みが始まる鐘の音が、校舎中に鳴り響いていた。

 

「あ、蒼シャン! まだか!? 私は腹が減ったぞ!」

 

 突如聞こえた声に驚いたアオイの目の前には、両手で弁当を持ち、プンスカと頬を赤らめたカタリナが立っている。

 

「あ、ごめんごめん約束だったもんね!」

 

「約束を忘れるとは! 私はショックだぞぉ〜」

 

「ごめんね〜、あ! 代わりに私のたこさんウィンナーあげるよ! それで許して〜」

 

「シャオラアアアァァァ! 許す! 超許す! よし早く行くぞ!」

 

 二人はそう言って、仲良く教室を出て行った。

 

 その様子を遠目で見ていたリュウは、ため息を着く。

 

「良いッスよね〜、カタリナはああやってアオイさんとお近ずきになって……カイトさんもそう思いまスよねぇ?」

 

「いや全然」

 

「マジすか!? ふえぇぇん誰も理解してくれないス」

 

 リュウは落ち込んだ表情を浮かべ、窓の空いた所から干された布団のように身を乗り出す。 

 

 そんな様子に呆れたのか、カイトはため息を着く。

 

「リュウ、お前はそれよりおかしいとは思わないか?」

 

「え? 俺が思ったよりモテないことにスか? 最初だけだったスよねぇ〜ハァ」

 

「違うこの任務についてだ」

 

「任務?」

 

 リュウは少し困惑顔で答えた。

 

 その返答にカイトは頷く。

 

「なにかおかしいとこあったスかねぇ?」

 

 そう言って、任務が言い渡された時の事を思い出すリュウ。

 

 ※ ※ ※

 

 光が微かながらに通る暗がりの部屋、そこにはオフィスチェアに座ったイノリと、カイト、カタリナ、リュウが居た。

 

「君達に任務を与える。任務内容は『清水高校の生徒の安全のための警備』だ。

 まぁなんだ、そのついでに君たちにはこの清水高校に入学してもらう事にした。年齢的にもその方が良いだろうしな」

 

 その話を聞いていたカイトは、少し疑問に思った表情でイノリに聞いた。

 

「自分で言うのもアレなんですけど、俺らが出る程の任務ですかね……他にも有能な人材ならいる筈です。なんで自分達が……」

「そんなの気にするな! 黙って任務を遂行すればいいの! 分かった!?」

 

 イノリはやや強引に任務を彼らに押し付けた。

 

 ※ ※ ※

 

「思い出してみたら、何か隠してる感じだったスね〜」

 

 リュウはそう言いながら、首を縦に振る。

 

「まぁでもお前らが楽しそうなら俺はそれだけで十分だ」

 

 ※ ※ ※

 

 陽の光が少量しか入らない薄暗い工場で、赤黒く地に広がる血の上を通ったイノリは、血痕が染み付いたポケットからタバコの箱を取り出す。中の数本しかない一本を抜き、ケースを入れていた場所に戻す。

 

 たく……あの裏山の事件以降の一週間、いろいろありすぎて疲れたよ……あとはタツキ《彼》の素性を調べないと。

 

 ため息を漏らした彼女の脳裏に、タツキと斧凶神が繰り広げた事件が過ぎる。

 

 疲れ果てた様子のイノリは、壁に寄り掛かった。

 

 タバコを上下させ、どこか遠くを見る目で、ある一点に視線を当てる。

 

 そこには、異様な様子の疑神が居た。

 

 それは、下半身が欠損し、その断面から飛び出た、細く伸びる肉ヒダと血で染まった腸。

 

 この場から逃げようとしているのか、まるでゾンビのように疑神が這いずる度に、腸の一部や謎の肉の塊が露出していく。

 

 あ……火がない……?

 

 ライターを探しながら疑神を見ていると、真っ黒に染まった刃が、逃げようとしている奴の脳天をかち割った。

 

「よぉイノリ、久しぶりだな三年ぶりか?」

 

 突然聞こえた声はどこか強気で、彼女にとっても聞き覚えのある声だった。

 

 ライターを探すのをやめたイノリは、氷のように冷たい視線を、そこに立っている者に向けて送った。

 

「なんだ君か……今更GIQを辞めた奴が何の用だ? ……葛城かつらぎ

 

 彼女の視線の先には、高級感のある黒コートを着込み、黄色に染ったウルフヘアと、ブルーアイをした男が立っていた。

 

 

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