第7話 GIQ③

「あ? で? 何しに来た?」

 

 自己紹介を聞いた黒髪の男が、目付きを鋭くさせ、冷たく言う。

 

 予想外の出来事にタツキの脳内は、まっしろになっていた。

 

 そんな彼を鋭く見る男は舌打ちをし、机に乗せていた足を下ろす。すると、タツキに歩み寄った。

 

「ここはお前みたいなガキが来るような場所じゃねぇ。隊長、なんでコイツを連れてきたんですか?」

 

 男はそう言って、四宮を睨みつける。

 

 しかし、彼女はそんな視線を無視し、その問いに答えた。


「彼は少し特殊な疑神だからかな。上からの命令で私達で預かることになったんです」

 

「疑神だぁ? こんな凶人の特徴がねぇガキが疑神? そんなの存在すんのかよ?」

 

「だから特殊なんです。私も話でしか聞いた事ないので、本当に彼が疑神に凶化きょうかできるか私にもわからないですが」

 

 そんな事を言われた男は、呆れた表情をし、四宮に問いかけた。

 

「ソースはどこ? 上層部の誰が言った?」

 

「先生ですよ」

 

「先生ぇ?」

 

「イノリ先生です」

 

「……チッ、上が認めたからって俺は認めねぇ」

 

 男はさっきまでの冷たい態度をやめて、怪訝けげんそうに元の場所へ戻って行った。

 

「四宮さん、あの人は誰ですか?」

 

 小声で語り掛けるタツキ。

 

 それに対し四宮は、その質問に軽く答えた。

 

「宮崎テツヤことパンプキンパイ。彼あぁ見えて仲間想いの所あるから、普段のギャップと見たら面白いんだけど、性格に難ありかな?」

 

 笑った顔で言う彼女に、タツキは少しひきつった表情をする。

 

「もうすぐ仕事だから、手っ取り早く私が彼らの自己紹介をするよ」

 

 そう言うと、四宮は宮崎以外のメンバーについて紹介をし始める。

 

「まずあそこに座ってる金髪メガネ男がミルクティーこと三澤みさわくん。

 そして、その隣に座ってるのがさっき居たアップルパイことディザ」

 

「よろしくー! タツキ〜!」

 

 ディザが嬉しそうに手を振ると、タツキは不意に手を振り返す。

 

「そして、改めて自己紹介するよ。私は四宮サオリ、この部隊を指揮するリーダー。

 君の部隊の入隊を歓迎するよ」

 

 表情一つ変えぬまま手を差し伸べる彼女は、どこかたくましく、威厳のある姿だった。

 

 そんな彼女の風格に負けじと、差し伸べられた手を取るタツキ。

 

「よろしくお願いします!」

 

 ※ ※ ※

 

 陽光が明るく入り込む社内にて、一人の冴えない男に、怒号をあげる男の上司。

 

「おい! 何度言ったらわかるんだ!?」

 

 上司はそう言って、仕事の書類を勢いよく机に叩きつける。

 

「すいませんでした……」

 

 生気の無い表情で謝る彼に、男は脅す様に言う。

 

「お前……次失敗したらクビだぞ? クビ。良いのか? このままで?」

 

「でも私はもう四日も寝てないんです、勘弁してください」

 

 呂律ろれつもまわらない男の目の下には、大きな黒いクマが出来ていた。

 

 そんな様子を遠くで見る社員達は、密かに彼を笑うように目視していた。

 

「だいたいな? お前が悪いんだよ。仕事の要領も悪いし、後輩の面倒見だってグズだしな。お前から仕事をとったらただのカスだ」

 

 ……何やってんだろ俺……なんで毎回毎回怒鳴られて笑われて……俺って何のために存在してるんだろう……いつも寝れるのは深夜の四時、つらいつらいつらい……もうどうなってもいいや……。

 

 男は疲れのせいか朦朧とする視界の中で、上司の机の上にあったある物に視線を向ける。

 

 そして、一瞬のハッキリとした意識で彼は、机上に置かれていた万年筆を掴むと、勢い良く尖ったペン先を、上司のこめかみに刺した。

 

「は? グエエエエエエエエ!! イテデデデデデ!」

 

 刺さった万年筆に驚きながら、座っていた椅子から転げ落ちる。

 

 そんな様子を嘲笑うかのように見る男は、まだ何かを企んだ様子で歩み寄る。

 

「全部全部! アンタが悪いんだよ! 俺の妻を寝とって! 挙句の果てに家族関係も破綻させやがって!! 全部アンタが悪いんだ!」

 

 彼は上司に刺さった万年筆を何度も何度も刺しながら、泣きわめくように言った。

 

「おい! 落ち着けシンジ! 誰か救急車を!!」

 

 一人の男が彼を、地べたへ押さえつける。

 

 頭から血を流し一ミリも動かなくなった上司に、他の社員が虫のように押しかける。

 

 なんだよ! なんなんだよ! コレは! こんなの不平等じゃないか! 不平等だ! クソ! クソクソ! クソがァ!


「なんなんだよ! この不平等はぁ!!」

 

 彼がそう嘆いた瞬間、あたりにいたシンジ以外の人間が、まるで豆腐のように呆気なく、血肉を撒き散らして潰れた。

 

「この世ってのはホント不平等だよなー」

 

 社内の奥の影から聞こえてきた声。

 

 状況が理解出来ていないシンジの前に現れた黒フードの男は、涙を流している彼を見て口角を上げる。

 

「なぁ、お前「人間」てつまらないと思わない?」

 

 黒フードの男はそう言うと、ポッケから赤紫色の謎の液体が入った栓のしまった瓶を取り出す。

 

「誰だ……アンタは」

 

 震え声でシンジは男に問う。

 

 その問に男は笑いながら答えた。

 

「俺は言うならヒーロー、絶望した人間と凶人のな。ところでこっちも質問するけど、お前さ疑神にならない?」

 

「疑神? なるわけないだろ! そんな野蛮な化け物なんかに!」

 

「野蛮とか言うなよ? 仲間のことを野蛮とか言うやつ、すげーむかつく」

 

 シンジは未だにこの状況を理解できてない様子だった。

 

 その姿を見た男は、シンジを強く蹴り倒し、無理やり口を開ける。

 

 何でだ、なんで体が動かない!? 重い……まるで体全身にダンベルが乗ってるような感覚!?

 

 体が重くて動けない彼に、黒フードの男は謎の液体をシンジの口に注ぎ込む。

 

 すると、シンジの体全体に黒い血管が浮び上がり、無意識的に彼はこの言葉を口にした。

 

凶化きょうかぁぁぁぁぁ!」

 

 その瞬間、彼から恐ろしい程の熱さの熱線が発生し、辺りのものに火をつけ、爆発を引き起こした。

 

 鳴り止まないサイレンの音と、燃える社内に現れた人型の赤黒い兎の様な疑神は、その光景を見て慌てふためいていた。

 

 一方、フードの男は無事疑神化に成功したシンジを見て、その場を去った。

 

「何だよこれ、一体何が起こってるんだコレは!」

 

 自分の変わり果てた両手を見て、困惑しているシンジは、咄嗟に鏡のある場所へ向かい、自分の姿を確認した。

 

「なんだ……これ……どうなってんだよ!」

 

 鳴り止まない火災感知器と、外から微かに聞こえてくるパトカーのサイレン。

 

 マズイ……ここに居たらマズイ! どこかへ逃げないと! 殺される!

 

 直ぐにその場を離れようと、社内の扉を探すが、それは爆発の影響で瓦礫に塞がれていた。

 

 疑神はがむしゃらに窓を割って、ビルの外へ抜け出した。

 

「ッ!?」

 

 社内から飛び出した彼の腹部に、一つの弾丸が打ち込まれる。

 

 すると、シンジはまるで車に追突されたように、会社のビルの壁に打ち付けられる。

 

 なんで俺がこんなことにならなくちゃいけないんだ……。

 

 ※ ※ ※

 

「こちら三澤、疑神を確認し、対象を狙撃した。まだ息はありそうだが」

 

 疑神を打ち付けた会社の向かい側にあるビルの屋上で、スナイパーライフルを構えた三澤は言った。

 

『了解です。では引き続き一般人に被害が及ばぬよう対象を足止めしててください。もうすぐでそちらに到着するので』

 

「隊長、それは無茶な話でな——」

 

『休日にパフェ買ってあげる』

 

 彼女のその言葉を聞いた時、三澤の目付きが変わった。

 

「隊長! 分かりましたここは俺に任せてください!!」

 

 ※ ※ ※

 

 燃えさかる会社のビルに、打ち付けられたシンジの心に、ドス黒い何かが徐々に侵食していく。

 

 クソが……。

 

 疑神はバランスを取りながら立ち上がると、両足に力を込めた。

 

 疑神化した足に筋肉が集中した瞬間、一般人が集まる場所まで、兎の如く高く飛び跳ねた。

 

 しかし、それと同時に一発の銃弾が疑神の肩を射抜く。

 

「グッ!」

 

 狙撃されたシンジはそのまま人々が行き通る地面に、打ち付けられる。

 

「キャー!! ぎ! 疑神!」

 

 火事となったビルを見に来ていた一人の女性がそう叫ぶ。

 

 すると、その周りを歩いていた者、女性と同じ様に見物に来ていた者達が、慌てふためく。

 

 地に打ち付けられていた彼は、まるで何事も無かったように立ち上がった。

 

「だ、誰かGIQを呼べ! 殺されるぞ!!」

 

 疑神から遠く離れようと逃げ回る人々の波、それは次第に大きくなり、周りの人達を飲み込んでいく。

 

 しかし一方で、その波に逆らう者達が居た。

 

 人混みの中現れた四宮は、目付きを鋭くさせ言った。

 

「さ、任務開始と行こうか」

 

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