第5話 GIQ①
二体の疑神が生み出した荒れ果てた戦場に、「カイト」と名乗る男が訪れていた。
彼は何一つ表情を変えぬまま、二人のもとへ歩み寄る。
すると、そこには、胸を撃たれて息絶えてる疑神と、四肢を負傷した一人の少年が倒れていた。
「……この疑神……正確に急所を突かれている。この焼き払われた地形といい、まさかアイツ」
彼は胸部が貫かれている一体の疑神を見て、氷の様に冷たい声で言った。
「カイトさぁん! 速すぎますよォォォ!」
と林からカイトを呼ぶ声がした。
月光に照らされた遠くの荒地から、ブルーアイの金髪の男が息切れをした様子で、走って向かってくる。
「リュウか……アイツはどうした?」
この問いかけにリュウはチラチラと辺りを見渡す。
その時「トウッ!」と言う女の声が夜空に響いた。
すると、その声の主と思われる人影が、風と砂埃を撒き散らし、舞い降りる。
土埃から出てきた影は、鋭い剣で
「私の名は! カタリナ・グライアス! 名高いグライアス家の長女であり! GIQ屈指の美少女! 並びに最強戦闘員である!」
ドヤとした顔で、体を反りながら言う。
すると、彼女は持っていた剣をカイトたちの方へかざす。
その瞬間、その場の空気が沈黙に包まれた。
「それより、カイトさんもう倒したんスか?」
隣に居た彼に聞くと、先の事が無かったかのようにされた彼女は、
「コルァァァ! 何勝手に話進めてんじゃ! なんか一言言ってよ! ……んな事より! カイトくん達速すぎるから! もうちょっと、女の子である私に気を配ってよ! レディーファースト!」
大声を上げて言うと、リュウは頭を横に傾げ「女の子? レディ?」と何かを疑うかの様に言う。
「レディーに決まっとろうが! リュウ、アンタはそんなんだから、彼女も出来ないし、モテないし、下の毛も生えないんじゃないんですかー?」
「一番気にしてる事をなんでそう簡単に言うんスかね?! てか! どこでそんなの見たんスか!? ……だったら、カタリナ! お前は昨日、道端で歩いていた女子高生盗撮してたスよね?!」
「ナッ!? 何故それを!?」
両者のいがみ合いを見ていたカイトは、その場の空気を凍らせるほどの睨みをきかせた目をする。
「お前ら……お互いの愚痴とかは任務が終わってからしろ。ほら、早く終わらせるぞ」
そんな事を言われたカタリナは、フグのように頬を膨らませる。
「ソウダネ、ハヤクオワラセナイトダモンネ」
「なんでカタコトなんスか」
彼女の不貞腐れた発言を聞いていたリュウはそう言うと、亡骸となった疑神のもとへ歩み寄る。
「でも、この疑神、もう亡くなってるスよ。あ、あっちの人は傷が酷いスね」
そう言って、木の枝でタツキの体をツンツンと突くリュウ。
「任務は負傷した人を保護するまでが任務だ。だからリュウ突くんじゃない」
と言ってリュウを鋭く睨むと、彼は「じゅ、じゅみませんでじた」と謝り、カタリナの後ろに隠れる。
「カイト君に睨まれると怖いからねー。多分鬼より怖いかも」
「……そんな事より、早く遺体の処理と負傷者を病院に送るぞ」
「「りょうかーい」」
<記録>
概要 凶人収容区付近の裏山にて、疑神が出現。
その対処として、青山隊が疑神を駆除したものとする。
死者 五名。
負傷者 三名(そのうちの一人は疑神の疑惑があるため、GIQが扱う病院に運ばれた)。
今後、この事件は高校生の火遊びで起きた出来事だと処理する。
※ ※ ※
「
一人の秘書と思われる女性はそう言って、高級感のある扉を開ける。
「おや? どうしたんだい? こんな時間に」
彼女の目の前にいた神谷イノリという女は、涼しそうな表情をし、大きな窓から夜空を眺めていた。
「こちらを」
秘書はそう言うと、何かが映し出されたタブレットを彼女に見せる。
それを見るなり、イノリは口角を上げ「面白いね、コレは」と呟く。
「そうですか……それより、今回の近況報告の会議には出席になられましたか?」
「あ……」
「『あ』? まさか」
秘書は眉間に
すると、イノリは開き直った様子で、出席しなかった
「だってー、あのジジィ共の話長いもん! 凶人の管理がどうだこうだ、疑神がああだこうだ、それを聞いてる身にもなってくれ、て話。
もうちょっとノアみたいに『凶人、人間、みんな平等!』なんていかないかなー」
「それは無理ですね。あの人は確かに偉大で隊員たちに慕われてきましたが、その裏では世界の要人たちには忌み嫌われてましたから。特にそのような「思想」は」
「私は好きなんだけどなぁ〜、そういう「思想」は」
※ ※ ※
あの事件から一週間が経ったある日、タツキは目を覚ます。
視界には身に覚えのない天井だけが映っている。
困惑した様子でベッドから体を起こし、辺りを見渡すと、そこは病室だった。
ふと、着ていた患者衣を覗くと、腹部に包帯が大きく巻かれており、四肢にも同様の物が巻かれていた。
僕なんでここに……ッ。
次に視界に入ったのは、タツキが眠っていたベットの布団を、強く握っているアイの姿だった。
「ごめん、心配させて……ッ!」
申し訳なさそうに呟いた時、彼女の体がタツキを強く抱きしめる。
「バカ、心配したんだから」
と言って彼の体を押し倒す。
何だこの夢は!? いつものアイじゃない!?
慌てた様子をしながらも、赤面した彼女の体を遠ざけようとした時。
病室の戸が開く。
「あ、ゴメーン。お取り込み中だった?」
その声がした方向には、黒髪ロングの髪型、大人の雰囲気を醸し出す、幾つ物の勲章が付けられた黒の軍服を着た女性が、二人の様子を茶化すように立っていた。
「先生、ウザイですよ」
彼女の隣には、タツキと同じ歳程の男が居た。
「……着替えとかはこ、ココに置いておくから」
「あ、ありがとう」
二人の様子を見られてしまった事に彼女は、顔を真っ赤にしながら、彼の着替えを置くと、そそくさと逃げる様に病室を後にする。
「青春だねぇ、私にはそんな時期なかったなぁー」
「そんな戯言言ってる場合じゃないです」
「『戯言』だって? カイト、ならアンタは青春とか送った事あるのか!?」
「……早く終わらせましょう」
男はどこか素っ気なくそう言い返す、その様子を見ていた女は高々と笑う。
「あ、あの何の用で?」
困惑した様子で二人に問いかけると、彼女は置いてあった椅子を持ってきて、タツキの目の前に座る。
「さて、本題といこうか」
女はそう言うと、先程までの表情と打って変わって、冷静な面持ちになる。
「まずは自己紹介からだね、私はGIQに所属してる
「
「さて、本題の聞き取り調査と行こうか。教えてくれない? 一週間前の夜、何が起こったのかを」
彼女は何一つ表情を変えずそう言った。
そして、タツキは一週間前の件について要約して話した。
「そうか……要するに君は元々疑神の力を扱えた、ていう解釈でいいのかな?」
彼女のその発言に少し困惑した表情をするタツキ。
「すいません、僕まだ疑神について詳しく知らなくて……もしかして、凶人と何か関係とかあるんですか?」
そう言うと、彼女は顎に手を当て、唸るような仕草をする。
「そうだねー、説明するの苦手なんだけど。うーん……うん、簡単に言うと凶人がバーンてなって疑神と言われる化け物になる、かな!」
「「……」」
イノリのその様子に、ガッカリとした顔をするカイトは、彼女に変わり説明することになった。
「そもそも凶人は突然変異で生まれた存在。それと同じで、凶人がさらに変異して誕生したのが疑神てわけだ」
凄い、この人と比べて全然わかりやすい……。
「うんうん、流石だね! でも、私の説明力と比べたらまだまだだね」
「「……」」
疑神についての説明を終えると、イノリは彼に向けてある件を切り出した。
「まぁ、正直驚いたよ。だって、凶人の特徴が何も無い奴が疑神になれるんだもん」
まるでタツキを睨み付けるように見る彼女は、氷のように冷たい雰囲気を漂わせていた。
その雰囲気に臆したのか、タツキは不意に固唾を呑む。
突然の緊張した空間が数秒漂うと、イノリは睨みをきかせていた目をやめ、ニコリと笑う。
「なーんてね、ゴメンね? こんな雰囲気にしちゃって……んで、これから先の君の処遇なんだけど」
疑神になれることがバレた……それはつまり、凶人であることの証明になる、多分、僕の処遇は「異形の化け物になれる」として殺されるか、凶人収容区に隔離される……。
不安で押しつぶれそうなタツキはゴクリと唾を呑んで、彼女の処遇の答えを待った。
「ななななんと! 小野寺タツキ君! 君は今日から私たちGIQ組織で管理することになりましたー!!! イェーイ! ビクトリー! パフパフ!」
病院全体に響き渡るような声量で声を上げるイノリ。
その光景を見ていたカイトは、迷惑そうな顔で言った。
「先生、ここ病院です。もう少し声の大きさを考えてください」
「固いなぁー、ブーブー」
赤ん坊の様な態度をとる彼女に、カイトは「チッ」と舌打ちをする。
その瞬間をしっかりと聞いていた彼女は、驚愕した表情で問い詰め出す。
「あぁ?! いまさっき舌打ちしたでしょ?! したよね?」
「してないです」
「した!」
「してないです」
「あはははは……仲良いなこの二人」
カイトとイノリの言い合いが終わると、彼女はタツキがGIQに入ることについて話すことになった。
「まず、君のように凶人の特徴がない人間が疑神になれる存在に、ジジィババァ《上層部》はお気に召してね? そんで、私の部で管理することになった。私こう見えて、GIQの幹部だからね」
「はぁ……『管理する』て言っても……学校とか、普段の生活とかに支障がでるんですか?」
「学校には当分行けないだろうね、色々と面倒な事になるし。でもそこら辺は安心して、私が何とかするから」
イノリがそう言い終えた時、病室の扉をノックする音が聞こえた。
「あ、ようやく来たようだね。良いよ入って来て」
イノリはまるで何者かが、来るということが分かっていたかのような反応をする。
「失礼致します」
外から女性の声が聞こえると、病室の戸がゆっくりと開く。
「やぁ、久しぶり!
「ご苦労さまです、イノリ先生」
病院の扉の前に居た者は、赤い軍服を身につけ、片目には黒い眼帯をしている、茶髪のポニーテールの髪型をした「美しい」という言葉が似合う女性が立っていた。
「君が例の疑神君かい?」
四宮はタツキを見るなり、興味深そうな表情を浮かべ、口角を上げた。
彼女のそんな表情を見ていたタツキは、多少の不安を残しながらも、会釈をする。
「よろしく疑神君」
その落ち着きのある声で、握手を求められる。
「……よろしくお願いします」
タツキはその手を柔らかく握った。
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