第4話 僕は凶人④


「ハハ、生きてたのか……俺は。こういう時に限って悪運がいいんだか」

 

 カオルは胸部を刃物で裂かれた傷を残しながらも、その息は絶えていない様子。

 

 朦朧とする意識と暗闇の景色の中、頭に走馬灯のような物が流れた。

 

※ ※ ※

 

「カオル、今から言う理想論について話し合おうぜ?」

 

「どうしたいきなり? 理想論? なんなのそれ? くだらないやつだったら、はっ倒すよ?」

 

 同僚と思われる男は、机に置かれたオセロの盤に黒い駒を置く。

 

「『この世界には真の平等だけが存在すべきであり、不平等という概念は存在してはならない』ていう理想論。面白いだろ?」

 

 面白げに言うその理想論に、カオルはクスッと鼻で笑うと、次に白い駒を盤に置く、そして、その理想論についての意見を述べた。

 

「そんな理想論が現実になったら、もうちょっとこの世界は楽しいもんだけどな。でも、この世界には平等なんて存在しない、あるのは不平等だけ。そんな理想論あるだけあってなんの価値もない……俺はそう思う」

 

 彼の発言に同僚は高らかと笑い、次に言葉をこう続けた。

 

「確かにな。でもな、この理想を体現させようとした奴がいたんだぜ? お前も知ってるやつだよ」

 

 その言葉に彼は聞き耳を立てる。

 

「居たっけ? そういう奴」

 

「居たさ……そいつの名は——」

 

※ ※ ※

 

 炎を纏った疑神へとなったタツキ。

 

 瞬時に切断されていた両手の指を再生させると、彼は自身にも制御出来ないほどに暴走していた。

 

「壊す! 壊す! 全部壊す! アハハハハハ!」

 

 辺りの生い茂った木や雑草が、尽く《ことごと》焼き払われていく。

 

「ありゃ「疑神」なんかじゃねぇ……」

 

 焼け落ちていく木々、延々と舞っていく黒煙と炎の中で、タツキは高々と笑っている、まるで何かに取り憑かれたように。

 

「壊す」

 

 斧の疑神を視界に入れた時、自身の回りに炎を集約しゅうやくさせると、音の速さで間合いを詰める。

 

「しまっ! ——」

 

 油断していた隙を図り、かき集めた炎を奴の目の前で噴射する。

 

 炎は瞬時に紅い炎から蒼炎となると、棒立ちしている敵に直撃する。

 

「火傷したらどうすんだよ」

 

 しかし、青い豪炎の中、聞こえてきたのは、声色の変わらない奴の声。

 

 すると、斧の疑神は、持ち前の腕力で大剣を振り回し、辺りにあった炎をかき消す。

 

「お前の能力が「炎」なら俺は「霧」だ」

 

 疑神は背中からチューブ状の物体を出し、黒い霧を噴出する。

 

 霧は瞬く間に二人のいる場を包み込む。

 

 月明かりすら通さない暗さとなった戦場に、タツキは視界を奪われていた。

 

「見えねぇよなぁ? だが俺には見えてる。そして、この「黒霧くろぎり」はな、目くらまし以外にも、一つ仕掛けがあんだぜ?」

 

 どこからともなく聞こえてくる声、炎の疑神は辺り一帯に青く輝く蒼炎をふりまく。

 

 その時だった。

 

「ッ!?」

 

「ハハッ! 発動しやがったぜ!」

 

 さっきまで俊敏に動いていたはずの体に、無数の剣の雨が降り注ぐ。

 

 四方八方から降り注ぐ剣の雨に、タツキは、体の所々に深い傷を切り付けられていく。

 

「分からなかったか? 俺はこの黒霧を好きに操れる! つまり! 俺はこの黒霧全体を剣の雨にすることだって出来ることになぁ!」

 

 その声が途絶えると、暗闇の中から重い一撃がタツキの首を切断する。

 

 大量の鮮血を吹き出しながら、その場に倒れ込む。

 

 彼の飛び散った多量の血は、暗闇に紛れることも無く、無惨に散っていった。

 

 すると、その時を見計らったように、当たりを包んでいた闇が晴れた。

 

「最初は驚いたが……大したこと無かったな」

 

 疑神は大剣を担ぐと、ピクリとも動かなくなった彼に背中を向ける。

 

 ……止まらない、だって僕はアイツを殺さなくちゃいけないんだ……グチャグチャに……ぶっ壊してやる……!

 

「——ッ!?」

 

 勝利を確信していた奴の腹部を、燃え盛る手が貫く。

 

「僕はアンタを殺す。それがシュウジ《彼ら》達の弔いになるから」

 

 斧の疑神が恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは、五体満足の様子のタツキだった。

 

「このガキがァァァ!」

 

 血反吐を吐き悶えながら言うと、貫いている腕を剣で切り離そうとする。

 

 が、それを瞬時に察知すると、腕を引き抜く。

 

「こんな状況になってもな、俺がもう一度「黒霧」を出せば良いだけの話!」

 

 再び背中から霧を噴出し、漆黒の闇の中へ姿を眩ませる。

 

 先程と同様、辺りは再び闇に染まろうとした、その瞬間、炎の疑神は獣の様な雄叫びを上げる。

 

「嘘だろオイ!」

 

 突如として、タツキを中心に発生した巨大な円状の蒼炎が、辺り一帯を染め始めていた闇を打ち払う。

 

 しかし、その反動で彼が立っている地に、一つの炎の柱が形成された。

 

 黒霧が消し去られた事により、今まで闇の中で隠れている事が出来た疑神の位置があらわとなる。

 

「しまっ——」

 

 そして、炎の疑神は光のような速さで間合いを詰め、煮え滾る業火を纏った拳を、奴の体に打ち付ける。


 一瞬の閃光が走ると同時に、斧の疑神はその拳の衝撃に耐えることもなく、地を削りながら後方へ吹き飛ぶ。

 

 タツキは再び、獣の様な叫びを上げると、集囲に散らばった火を集め、自身に纏わせた。

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞォォォ!」

 

 その声が聞こえた方向からは、とてつもなく巨大な黒霧を発生させている疑神が立っていた。

 

「良いのか?! このデケェ黒霧はよぉ、この街一帯を覆い尽くすほどだぜ? ここまで膨れ上がった霧は、もう俺でもどうにもすることが出来ねぇ……でもなぁ! どうせ俺はお前に倒されるだろうさ! だから、やるよ! テメェに置き土産をよォ!」

 

 そう言い終えた時、奴の発生させた黒霧は、速度を上げて空を覆い尽くし始める。

 

「そうはさせない」

 

 理性と疑神としての本能が入り交じる中、彼は必死に暴走する本能を制御し、言葉を続ける。

 

「貴方がどんな仕打ちを周りにされたか知らない、でもそれが理由で罪のない人たちを襲うのは、襲われる人達にとって一番不平等な事だ! だから、お返しします、こんなモノ」

 

 彼はそう言うと、自身が身にまとっていた全ての炎を右腕に集中させる。

 

「やれるもんなら! やってみろ!」

 

 奴の掛け声が聞こえたと同時に、限界まで溜めていた獄炎を、黒霧と疑神に向けて解き放つ。

 

 紅蓮の炎は瞬く間に蒼炎と変わり、辺りの木々を燃やし尽くす程の勢いで、斧の疑神の元へ達する。

 

 そして、轟音と暴風と共に、空を包みこもうとしていた黒霧はうち払われると、大規模な爆発を起こした。

 

 巨大な爆発、それは辺りに生えていた木々をなぎ倒して、周囲のもの全てを焼き尽くすモノだった。

 

「ア、アァ……」

 

「最後に言い残すことはありませんか?」

 

 豪炎の炎が巻き起こる中、そこに居たのは、拳銃を片手で構えているタツキと、全身の皮膚がただれている疑神だった。

 

 カオルから借りた拳銃の銃口を、奴の胸部に突きつける。

 

「貴方がやった事は全凶人にとっての恥です。罪を償って死んでください、これが「死」の平等。そして、私がその執行人だ」

 

 その彼の雰囲気はどこか別人のようであった。

 

「助け——」

 

 その言葉の続きを言わせる間もなく、タツキは疑神の急所に向けて、五発の銃弾を撃ち込んだ。

 

 銃声は夜空に鳴り響いた。

 

 ※ ※ ※

 

 星々が輝く夜空の下、二体の疑神が引き起こした戦場で。

 

「こちら、GIQ、青山あおやまカイト……現着しました。それにしても、派手にやったなコレは」

 

 黒いアタッシュケースを手に持った「GIQ」と名乗る謎の男が立っていた。



 

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