第3話 僕は凶人③

「……酷いな」

 

 カオルは口に手を当てて言う。

 

 その間もタツキは、地べたに向かって吐き続けている。

 

「大丈夫か? タツキ」

 

「あ、はい。少し落ち着きました」

 

 タツキは自分の口に着いた異物を手で拭う。

 

 でもなんでアオイさんが居ないんだ……まさか。

 

「カオルさん! まだもう一人がどこかに居ます!」

 

「そうなのか……コレを辿ってみる価値はあるか」

 

 カオルはそう言って、懐中電灯で照らされた大きな足跡に指を指す。

 

 デカすぎる……。

 

「この足跡をたどって行けば会えるかもしれない」

 

「そうだね、いくよタツキ」

 

 彼らはそう言って、巨大な足跡が続く方へ辿って行く。

 

 すると、闇の奥から巨大な人影が現れた。

 

 人影はさっきとは違う小屋の様な建物に、何かを下ろす仕草をしている。

 

 謎の人影は、その仕草を終えると、どこかへ消え去ってしまった。

 

 今だ!

 

 影が消えた所を確認した二人は、颯爽と小屋の戸を勢い良く開ける。

 

 そこには、手足を縄で拘束されているアオイが居た。

 

「……来てくれてありがとう」

 

 その声は紛れもなく、昨日タツキを助けた彼女の声で、瞳に涙を浮かべていた。

 

「他に生存者はいるかい?」

 

 そう言いながら、カオルは腰に着けていたナイフを取りだし、彼女の縄を切り始める。

 

「私だけです……私だけ……」

 

 悲しげの表情を浮かべながら言う。

 

 そして、アオイの拘束を解き、下山しようとした時だった。

 

 さっきまで冷静でいたはずの彼女が、タツキ達が入ってきたドアの方を見て怯えている。

 

「ど、どうしたの?」

 

 タツキは恐る恐る、アオイが怯える矛先を見る。

 

 その瞬間、彼女が怯える理由を知った彼は目を疑う。

 

 そうそこには、巨大な斧を持ち、人の体の数倍以上デカい人影が、彼らを見下ろすように立っていた。

 

 巨大な人影は持っていた斧を、大きく上げる。

 

 う、動け……動け! ……動いてくれ僕の足!

 

「二人共! しっかり掴んでろ!」

 

「「!?」」

 

 カオルは突然声を上げると、タツキを抱え、アオイを背中に乗せ、壁の方向に向かって、勢い良く蹴りを入れる。

 

 朽ちてもろくなっていたせいか壁は、簡単に突き破れた。

 

「良し、間に合った」

 

 カオルは安心した様に言って、二人を抱え外に脱出した。その時、小屋の方から空気を切り裂く様な音と、突風が吹いた。

 

 瞬時に振り向くと、さっきまで自分達の居た小屋が倒壊しており、土煙がまっていた。

 

「タツキくん。その子を連れて山を降りてくれ」

 

「カオルさんは!?」

 

「俺はここに残ってコイツの足止めをする、ついでにコレ護身用に」

 

 そう言うと、装着していた拳銃を彼に渡す。

 

「拳銃……でもカオルさん」

 

「予備あるから安心してくれ」

 

 すると、カオルは腰に着けていたトランシーバーを使う。

 

「こちら赤城山あかぎやまカオル「疑神ぎしん」の出現を確認しました。銃等の武器を使う許可と、GIQの派遣を」

 

『分かった許可しよう、GIQは呼んでおく』

 

「ありがとうございます」

 

 許可を得た彼は、もう一挺いっちょうあった拳銃を握る。

 

「なんで無駄に二人増えてんだよォ」

 

 土煙が散っていき、残った人影に月は、月光を照らした。

 

 そこには、巨体を覆う黒い鎧の様なモノを纏い、おぞましい悪魔の様な形相をした疑神がいた。

 

「早く行け! 死ぬぞ!」

 

「わ、わかりました!」

 

 タツキはそう言って、アオイを連れて林の中へ走って行った。

 

「さてと、体は鈍ってないと良いんだけど……先に言っとくけど俺、結構強いよ」

 

 被っていた帽子をとった彼は、何時でも素早く走れる様、右足を少しずつ後ろに下げる。

 

 カオルのその様子を見た疑神は、彼を嘲笑うかのように言う。

 

「この状況が理解出来てないのか? 人間が疑神に勝てるとでも思うか?」

 

「慢心はやめといた方がいいよ? 俺の経験上、そういう奴はだいたい何かに失敗する」

 

「じゃあ試してみようか? 失敗するかどうか」

 

 疑神はそう言うと、持っていた斧を肩に担ぎニヤリと笑う。 

 

 ※ ※ ※

 

 真っ暗な視界の中で、林の中を無我夢中に走る。

 

 何も見えず、ただ自分自身の感覚と勘に頼りながら、アオイの手を引いて突き進む。

 

 タツキはただ後ろを見たい欲求を押し殺し、自身達が助かる為に走った。

 

「ここまで来れば……」

 

 息の上がった様子のタツキは、疑神が後を追って来てないかを確認する。

 

「タツキくん、少し休憩しない? 疲れてるでしょ? あんま無理しちゃうと……」

 

 アオイ自身も彼と同様、疲れている様子だ。

 

 そして、タツキとアオイは、隣同士で体育座りになって、少しばかりの休憩をする。

 

「早く山を降りてカオルさんを助けないと」

 

「そうだね、早くここから出ないと」

 

 山を降りる程度の体力を取り戻した二人は、山を下り始める。

 

 ※ ※ ※

 

「テメェと話してるせいで逃がしちまったじゃねぇか。ついでにあの男も……いや、厄介なほうを消すとしたら、あの女だ」

 

「そうはさせないよ、だって君はこれから僕に駆除されるから」

 

 カオルはそう言うと、恐ろしい速さで敵との間合いを詰める。

 

「コイツッ」

 

 疑神は思わず斧を振るう。

 

 しかし、カオルはまるでその攻撃が来ると分かっていたかの様に、華麗に避ける。

 

 そして、相手の間合いに入った彼は、疑神の腹部に銃弾を撃ち込む。

 

「ガハッ——なんてな?」

 

「!?」

 

 一瞬効いたにも思えた弾丸は、相手にかすり傷も与えずに弾き返される。

 

 そして、ほんの数秒の隙を作ってしまったカオルに向けて、血に染った強靭な刃が振り下ろされる。

 

 が、それと同時に、懐からナイフを取りだし、相手の斬撃を避け、疑神の脇腹を斬り裂く。

 

「このナイフはちょっと特殊でさ、俺がGIQを辞める時、許可を貰って持ってきた物。対疑神用ナイフ」

 

「面白ぇ……楽しくなってきた。……でも油断して罠に引っかかったようだな」

 

「!?」

 

 疑神の仕掛けた罠は、黒い泥のような物で、カオルはその罠に足を取られてしまう。

 

「そう簡単にはいかないか」

 

 彼は死を覚ったように笑うと、疑神はカオルに向けて斧を振り下ろした。

 

 ※ ※ ※

 

 カオルと疑神の戦闘が終わった頃、タツキとアオイの二人は、着々と下山していく。

 

 さっきの銃声……カオルさん無事でいてください。

 

 彼は心の中で彼の安否を心配しつつも、早く山を下りる事に専念していた。

 

 しかし、その心配も虚しく、カオルの安否は絶望的となる。

 

「「ッ!?」」

 

 今まで鳥のさえずりすら聞こえなかった場所で、突如、上の方から、木々がなぎ倒される様な音が鳴り響く。

 

 光をも遮る林の中、暗闇で何も見えない状況下で彼は、何かが迫り来る音に耳を澄ます。

 

 そして、

 

「人間見っけ!」

 

 その声はアオイの方向から聞こえ、咄嗟に彼女の方へ視線を向けると、さっきまでカオルと戦っていたはずの疑神が、彼女の元まで迫っていた。

 

 その瞬間、まるで誰かに操られるかのように、タツキの体がアオイを軽く突き飛ばそうとする。

 

 が、奴の持っていた血に染まった斧が、彼女の後頭部を貫く。

 

「……嘘だ……」

 

 頭から多量の血飛沫ちしぶきを撒き散らし、前のめりに倒れ、ピクリとも動かないアオイ。

 

 地面には彼女の血が流れており、かち割れた後頭部からは謎の肉片が飛び出している。

 

 その光景を見たタツキは、地に膝をつくと、絶望した表情をする。

 

「しゃあ! 一人撃破! 次はてめぇだ」

 

 その声が聞こえた時には、彼の目と鼻の先には巨大な体があった。

 

 そして、疑神と彼は、林の中へ勢い良く体を宙に浮かし、入っていった。

 

 ※ ※ ※

 

 途中途中に体が木にぶつかる度、腕や足をぶつけ、転がり落ちて行く。

 

 二人は茂みから拓けた場所に出ると、対面する形に散った。

 

「コレだから人殺しは面白ぇ!」

 

 奴は自分の予定通りに行ったことに、高らかと笑う。

 

「うぅ……」

 

「最後はお前だな」

 

 そう言って、足を負傷して立ち上がれないタツキに歩み寄ると、彼の前髪を掴む。

 

 すると、疑神は霧のようなものを手に発生させ、それを大剣状の形に形成する。

 

「凄いだろ? この霧は。何にでもなれんだぜ?」

 

 そう言って、霧から作り出した剣を、タツキの左手の人差し指に突き刺す。

 

 指はまるで調理される野菜のようにザクっと音を立てて切れた。

 

「アアァ!!」

 

 まるで千度に熱した刃に突き立てられた様な灼熱感と、同時に襲ってくる痛みに彼は悶え苦しむ。

 

 アツい、アツい、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイッ!

 

 その様子を見て、楽しそうに笑う疑神。

 

「どうだ? 痛いだろう? 痛いだろうなぁー、次は中指といこうか。すぐ殺すともったいないからなぁ?」

 

 奴はそう言うと、タツキの中指を強靭な力で抑えると、魚の頭を切る様に切断する。

 

 彼はあまりの痛みにうずくまると、溢れ出る血を無謀ながらも手で覆い隠す。

 

「ッ! やめてください、やめてください、やめてください、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 悶え苦しむ彼の様子を見てか、疑神はニヤリと口角を上げ、まるで悪魔の様なことを言い出す。

 

「残り全部いこうか?」

 

 タツキの涙と汗まみれになった顔を見て、笑いながら言うと、持っていた剣にどす黒い霧を纏わせる。

 

 え? やめて、やめて、やめて、やめて、やめてくだ——ッ。

 

 死に怯える人間の様になった彼をおいて、隠している両手を強引に開かせると、大振りに大剣を振り下ろした。

 

「ガアアアァァァ!」

 

 全ての指を切り落とされ、地につくばるタツキ。

 

 赤く染って血の海と化す地面と、そこらじゅうに散らばった指の数々。

 

 その様子を眺める様に見ていた、疑神はこう言う。

 

「滑稽だな、女を救おうとして少しでもヒーロー気分にでもなろうと思ったか? 意味ねぇんだよ、なんせ俺は疑神でお前はただのクソッタレた人間だからなぁ?」

 

 奴は大剣を担ぐと、彼へと歩み寄る。

 

「ふざけるな……」

 

「ア?」

 

「ふざけんなつってんだよ、アンタ、何のためにあんな酷い事ができるんだ」

 

 シュウジたちの悲惨な現場と、アオイのことを連想しながら、痛みで震える両腕を奮い立たせ、彼は立ち上がる。

 

「ッたく、俺は自分の計画が潰れるのが嫌れぇでよ、だから早く死んでくれよ。なぁー?」

 

 タツキは家を出る際、アイから渡されたペンダントをポケットから取り出すと、血で染まった手のひらの上に乗せる。

 

 もうどんな手を使ってでもコイツを倒す……後先なんて考えてる暇は無いんだ。

 

 その時、覚悟を決めた彼の脳内で、身に覚えのない記憶が蘇る。

 


 ※ ※ ※

 

 何処かも分からない研究室の様な場所にて、目の前にはどこか見覚えのある男が立っている。

 

 幼き日のタツキであろう少年は男に聞く。

 

『父さん……ボクたまにムカムカするんだ。こう説明できないんだけど……気分が悪いんだ』

 

 その質問に対して、彼はこう答える。

 

『それはな——』

 

 父の言葉が途切れた瞬間、聞き覚えのない声がタツキの脳内に流れる。

 

『君の本能さ、タツキくん。本能のまま生きなさい、それが君の本当の姿さ』

 

 ※ ※ ※

 

 切られた手から滴る血、断面を見ると骨や肉がむき出しになっている。

 

 そして、彼は何かを悟ったような様子で空を見上げる。

 

「父さん? ……分かったよ」

 

 涙を流し呟くと、手に乗せていたペンダントに、思いを捧げる様に見つめる。

 

 そして、心の底から湧き上がる「殺意」と「本能」を顕現させる。

 

「ウオオオォ!! 凶化きょうかァ!!」

 

「ッ!? ウソだろ」

 

 タツキが雄叫びを上げると、持っていたペンダントに赤い灯火が生まれる。

 

 すると、辺りに散乱していた指から獄炎の火柱が立ち、灼熱の炎が彼を包み込む。

 

「……かかってこい、殺してやる」

 

 燃えさかる炎の隙間から見えたのは、炭のように黒焦げた肉体、その間から漏れ出す炎、異様に裂けた口、頭には二本の剛角、そして、浮かび上がる顔は疑神とは少し違い、炎が漏れていた。

 

 炎の疑神となったであろうタツキは、自身の怒りと殺意を本能のままに任せ、目の前にいる敵に立ち向かう。

 

「ぶっ殺す!!」

 

「やってみろ!」

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