第2話 僕は凶人②

 怒鳴りを上げた髭男は、持っていた警棒を振り下ろす。

 

 その時だった。

 

「おいおい、正義を掲げてる組織がこんな行為してて良いのかよ?」

 

 と言って何者かが、警棒をもった手首を掴む。

 

 そこに居たのは、黒フードを深く被った、全身黒ずくめの男だった。

 

「き、貴様! 私はGIQ隊員だぞ! どこからどう見ても、私より身分の低い人間が私に触れるな!」

 

「そうだぞ!」

 

 二人は男を罵倒すると、髭男は掴まれていた手を振りほどく。

 

「下民風情があまり調子を……ッ!」

 

「あれー? 黒崎さんじゃないですかー!」

 

「「ッ!?」」

 

 突如聞こえた声に、隊員二人は動きを止めて、ただそこにいた人物に目を大きくしている。

 

赤城山あかぎやまカオル……さん」

 

 髭男がそう呼ぶ男の髪は赤く染められており、誰が見ても好青年と言うであろう容姿であった。

 

「なんで……警察の格好してるんですか?」

 

 腹の出た男が言うと、彼は笑いながら答える。

 

「あれぇ? 上に言ったんだけどなぁ? 辞めたんだよGIQは」

 

 彼らが話を始めているなか、黒フードの男がタツキの耳元で囁く。

 

「今のうちに親子を逃がすよ」

 

「は、はい」

 

 ※ ※ ※

 

 二人は親子をバレないように、凶人収容区まで送り届ける。

 

「本当はここじゃない所に送りたかったけどなぁ」

 

 黒フードの男は悲しそうに呟く。

 

 僕もそう思う……何故この世界には無数もの凶人収容区があるのだろうか、こんなの「平等」じゃない「不平等」だ。

 

「ねぇ君」

 

「?」

 

「この後さ暇? ちょっと話そうよ。君とは気が合いそうだし、心配しないで奢るからさ」

 

「え? ちょッ!」

 

「良いから良いから」

 

 戸惑っているタツキを放って、男は彼の手首を掴む。

 

 ※ ※ ※

 

 こうして強引に連れて来られた有名なファストフード店にて、二人は適当に窓側の座席に座ると、黒フードの男は被っていたフードをとった。

 

「なんにする?」

 

 そう言う彼の髪はタツキと同じように白く、どこかやつれたような顔で、目には大きなくまが出来ていた。

 

「えっと、このハンバーガーで」

 

「分かった、んじゃ今日は俺の奢りね」

 

「いえ、自分で払います」

 

「別に気にすることないよ?」

 

「いや、自分の物は自分でちゃんと払います」

 

「根気強いね君」

 

 ※ ※ ※

 

 注文したハンバーガーを食べていると、黒フードの彼は口を開いた。

 

「君名前は?」

 

「タツキ、小野寺おのでらタツキです」

 

「俺は霧崎きりさきレイ。タツキ君……「アーク」ていう組織知ってる?」

 

「凶人にも平等な人権を求めてる団体ですよね? たしか、五年前に「革命戦争」を起こしてその主犯格のボスが死んでもなお、活発に行動してる組織……ですか?」

 

「詳しいねぇー、もしかしてファン?」

 

「いや、興味深かったて言うか、ただ自分と同じ思想をしてるので詳しく調べてただけで……」

 

 タツキの反応を見た彼は、食べるのをやめて笑う。

 

 そして、次に霧崎はタツキにこう言った。

 

「じゃあ、その初代アークのボスは分かるか?」

 

「はい一応……「美咲みさきタシキ」政治の世界にも関与していた人で、今では「大犯罪者」だった、と教科書に」

 

 それを聞くなり、霧崎は再び笑い、顎に手を当てる。

 

「そうかそうか! アイツそんな風に書かれてるのか! 面白ぇ」

 

 彼はまるで美咲のことを、詳しく知ってる素振りで言う。それが気になったのか、タツキは口を開く。

 

「知り合いなんですか?」

 

 そう問いかけると、彼はどこか懐かしむ様な顔で答える。

 

「まぁ、知り合いだね。俺もその組織入ってるんだけど……昔下っ端の構成員で良くしてもらったよ。ま、今も下っ端だけど」

 

 彼は明るく返すと、食べきれていないハンバーガーを素早く食べきる。

 

「それじゃ、俺この後仕事だから。会計は済ませてあるから安心して」

 

「いつの間に……ご馳走様です」

 

 霧崎はそう言うと、そそくさと店を後にする。

 

 話を終えて一人になったタツキが、窓の外を眺めると、そこには、シュウジ達の何時もの集団が「裏山」の方角へ向かっている姿があった。

 

 アオイさんだ……まさかな……。

 

 ※ ※ ※

 

 家に着き、ちょうど時計の短い針が八時を指す。

 

 アイがご飯の支度をしていると、インターホンが鳴る。

 

「はぁい」とタツキは言って、玄関の扉を開けた。

 

「すいません警察です」

 

 その声と共に警察と名乗った男の人は、警察手帳を見せる。そこには赤城山カオルと書いてあった。

 

 そして、他にも数人の大人と警官が三人居る。

 

 この人どこかで……。

 

 タツキはあの時、親子を助ける時に見かけた警察官を思い出す。

 

「警察……なんの用ですか?」

 

「君さ、清水しみず高校の人だよね」

 

「は、はい」

 

「ちょっとねー。君の同級生で、死美川しみかわアオイさん、北宮きたみやシュウジくん達が親御さんのご自宅に帰ってないんだ」

 

 彼はそれを聞いた瞬間、何とも言えない恐怖に背筋が凍った。

 

「お願いです! どんな些細な情報でも良いんです! お願いします。シュウジを探してるんです!」

 

 彼の母親と思われる女性は、半泣きの状態でタツキの体を揺さぶった。

 

「お母さん落ち着いてください!」

 

 カオルは彼女を静止する。

 

「わ、分かりました。でも、一つだけお願いします。僕も一緒に探させてください」

 

 それを聞いた母親は「え?」と呟く。

 

「お願いします。どうしても僕は助けなくちゃ行けない人がその中にいるんです」

 

「え、えぇ教えてくれるなら……」

 

 母親は困惑した表情だ。

 

「ありがとうございます!」

 

「それでシュウジはどこに?」

 

「たしか「裏山」に行くと言ってました」

 

 それを聞くと周りは表情を暗くする。

 

 特にシュウジの母親やその他の親と思われる人達は、顔を青ざめている。

 

「分かりました……では、他の警察署からも応援を呼ぶんで各々の車に乗りましょう。ですが、数人は残ってください。念の為、残った人は聞き取り調査を続けてください」

 

 そして、五人が残り、シュウジの母とアオイの父親、タツキとカオル、警官もう一人が行くことになった。

 

「タツキ……どうしたの?」

 

 玄関を出ようとした時、アイの声が彼の体を止めた。

 

 彼女は何か不安そうな顔をしていた。

 

「知り合い達が裏山に行ったきり帰ってきてないんだ。だから僕……行くよ……」

 

「分かった……なら、もしもの時があると思うから、これあげる……だから無事で戻ってきて」

 

 彼女はポケットから青い石がはまったペンダントを、彼の手に乗せた。

 

 これは……まさか。

 

「行ってらっしゃい」

 

 アイは明るく微笑む。

 

「うん、行ってくる」

 

 そして、タツキはシュウジの母が用意していた車に、乗せてもらい裏山へ向かうのだった。

 

 ※ ※ ※

 

 タツキ達が車から降りる頃には、陽はとっくに沈み、辺りの電灯のみが光り輝いている。

 

「では、今から二人一組みになり、三グループになって行動してもらいます。ですが辺りは暗くなっておりますので、山を登る時は気をつけてください」とカオルが言うと、すぐにグループが決まった。

 

一、アオイの父親+応援の警官

二、シュウジの母ともう一人の警官

三、タツキとカオル


彼らは三グループに別れると、裏山に繋がる三つの道から、別々に探索する事になった。


※ ※ ※


 月明かりをも届かない林の中。

 

「ねぇ君、名前なんて言うの? 警察手帳でも見たと思うけど、僕はカオル」

 

 彼は明るく、視線を送り優しく名前を聞く。

 

「ぼ、僕はタツキです」

 

「タツキか、うんいい名前だね。あのさタツキ」

 

 よ、呼び捨て!?

 

「は、はい」

 

「君、あの凶人の親子を助けてたよね? 感心したよ本当に」


「あ、ありがとうございます。でも『感心した』だなんてそんな」

 

 タツキの最後の言葉に、カオルはこう言う。

 

「本当さ。もし、あのまま親子が大怪我を負ってたかもしれない現場を、タツキは身をていして守った。俺はそれに感心したんだ」

 

 そんなたわいもない話をしていると、古小屋の様な建物を見つける。

 

 二人はお互いの目を見合わせ、小屋の近くまで向かう。

 

 古小屋は何年も持ち主が掃除をしてないせいか、植物が生い茂っている。

 

 そして、不気味な事に小屋の扉から赤黒い液体と、錆びた鉄の臭いが漂って来ている。

 

 タツキは彼の後を追うように、小屋に接近する。

 

 固唾を飲みながらも、カオルは恐る恐る戸を開ける。

 

 開けると同時に外まで漂っていた鉄の臭いが、風に乗るように臭ってくる。

 

 古くなった小屋には、灯りはなく、ただ暗いだけの空間だけに思えた。が、それは違った。

 

「こ、これは……」

 

 懐中電灯を部屋に当てたカオルは、自分の鼻を咄嗟に手で押さえ、タツキは「ウッすいません」と言い、その場で吐き出す。

 

 扉から滲み出ていた液体と、鉄の臭いの正体。そう、それは臓器と肉体を刃物のような物で、グチャグチャにされたシュウジたちの死骸だった。

 

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