第1話 僕は凶人①
日が暮れ始め、暗い校舎に響く鐘の音は少年少女が居る、柵に囲まれた校舎裏にまで響いていた。
ほとんどの生徒が下校した頃。
その少年少女の中に、いかにも虐められっ子そうな男がいた。
男の髪は何故か雪のように白く、顔は可愛らしい女性のような顔であり、とても、男とは思えないほどだ。
「おいタツキ! ちゃんと持ってきたんだろうな? 友達料金を」
五人の中の一人の少年が、白髪を勢い良く掴み言い放った。
掴まれた彼は、恐怖とこれから起きるであろう事に震えながら、持っているバッグを体に寄せ俯いた。
「お金は……持ってきてないです……シュウジくん」
「あぁ? ごめん、全く聞こえねんだわ。もうちょっとハキハキと! 喋ろうねー? タツキくーん」
彼は耳を傾けそう言うと、タツキの体を柵の方へ強く蹴飛ばした。
「グッ! あッ!」
シュウジの予想通りか少年は、寄せていたバッグを落としてしまう。
そして、柵に強く体を打ち付け腹を押え蹲る。
「なんだよ、あんじゃん。お金」
彼は落ちているバッグの中から、財布を取りだし、中身を覗いていた。
「ほらよ」と言うと、持っていた財布を後ろに居たギャル風の女子になげると「サンキュー!」と彼女は言って受け取る。
満足したのか、シュウジは立ち上がって、くるりと背を向け、立ち去り始める。
タツキはそんな彼らを見て、憎悪に満ちた顔をし、歯を食いしばった。
なんだよ……なんなんだよ! なんで僕がこんな目に。おかしい、こんなの不平等じゃないか! この世界はいつも不平等だ! 弱者は強者の言いなりになるしかないのか?!
「それは……僕のだぞ!」
土で汚れた体を、打撲した両腕で起き上がらせ、彼らの背中を睨みつけた。
「あぁ?」
シュウジは威圧を感じさせる様な声で言った。
「てめぇ、殺すぞ? 陰キャが」
手をコキコキと、鳴らしながらタツキに近付いてくる。
「やってみろよ! どうせ君は人を殺せないだろ! ……この……クソ野郎が」
すると、普段彼をバカにしていたであろう彼らは、感情をむき出しにしたタツキに、驚きの目をした。
そして、立ち上がると、感情の昂りのせいか鼻血を出していた。
「じゃあ、アンタみたいなウスノロが社会にでたら何の役に立つの? 役に立たなかったらそれこそクズじゃん。きんも」
一人の女が彼へ向けて言うと、それが引き
もうこうなったら……ダメだ! 喧嘩はアイが「ダメ」だって念押しされてる……ここは真正面で拳を受け止めるしかない……。
タツキはそう覚悟を決め、彼の攻撃が来るのを待った。
「お前のその目はよォ、いつまで経っても気に入らねぇんだよなァ!!」
シュウジはそう言うと、彼との間合いを詰めた。
その時だった。
「コーーラァーー!」
その声は、まるで幼い子を叱るような声色であり、その中にある優しい温かさを感じられた声。
すると、その声色はこの場の男女らを静止させた。
タツキが声の方向へ視線を向けると、そこには、綺麗に髪がまとめられたポニーテールヘア、そして、その髪型に拍車をかける様な美貌と洗練された茶髪の、女神の如く美しい容姿をした美少女が居た。
その少女は鋭い目付きで、シュウジ達へ向かって行く。
彼女のその様子にか、ボクサーのような体勢をやめる。
「よ、よう。アオイ」
「……」
その言葉に返答せず、無言のまま彼に詰め寄っていく。
普段イキリ散らしてる奴らが、動揺している。
「こ、これは違うんだ。なぁ?」
彼はそう言って、後ろに居る取り巻きに問いかける。
しかし、彼女はシュウジの目の前に立つと、平手で彼の頬をぶった。
「……」
「……」
この瞬間、その場の誰もが立ち尽くす。
そう、彼女は校内でもトップの成績をもち、かつ、学校で一番の美貌と謳われている
「シュウジくん……別れましょう? 私達。こんな弱い者いじめをして何が楽しいの? そんなことする暇があるなら自分の人生について考え直した方が適作だよ。
あと、ルカちゃんその財布をタツキくんに返して」
アオイは鋭い目をしながらも、その目には大粒の涙を浮かべていた。
「……わあった。おい、ルカ返してやれ」
「アオイがそこまで言うならね……」
シュウジはしょぼくれた顔で、ルカにそう指示すると、彼女は財布をタツキに軽く投げた。
「行くぞ」
そう言うと、彼ら五人は再び背を向けて、その場から立ち去った。
驚いた……シュウジくんが怯えていたのもそうだけど……それより、アオイさんが僕の名前を知ってくれてたなんて!! 嬉しい!
「タツキくん……ごめん。最初から助けられなくて」
どこか申し訳なさそうな表情で、彼の元に行って謝った。
「いや、大丈夫だよ。ハハ——」
体を強打したせいか、よろけてその場で尻もちをつく。
「鼻血が! あぁもう! ティッシュ忘れたぁ。……かわりにだけどこれ使って!」
彼女はしゃがみ、ポケットから紫の花がプリントされたハンカチを、彼に差し出した。
「あ、ありがとう……」
タツキがそれを受け取ると、アオイはどこか興味津々な眼差しで彼の顔を見る。
「もしかして……タツキくんて凶人なの?」
「——ッ!? なんで……」
アオイの突然の発言に、反応をしてしまう。
すると、彼女はニヤリと口角を上げると、唇に人差し指を当てた。
「安心して誰にも言わないから……そのかわりにさ、明日私のこと命を懸けて助けて? もしバレたりしたらGIQの人達が黙ってないでしょ」
「……どうしていきなり『明日助けて』なんて言うの?」
「うーん……私の勘かな? 私の勘てよく当たるの」
「は、はあ。分かったよ……黙っててくれるなら」
半信半疑で彼女の言葉を信じ、約束をする。
会話が終わると、アオイは立ち上がった。
「一人で大丈夫? 帰れる?」
ッ!
「う、うん大丈夫……かな」
そう言うと、アオイはニコッと微笑んだ。
穏やかな風が吹いた。
そして、アオイは彼に背を向け立ち去った。
※ ※ ※
タツキはボロボロとなった服装で、玄関の扉を開けた。
「アイ……ただいま」
「おかえりー……またぁ!?」
その声の方向には、ピンク色のエプロンを外している、ロングヘアで紫色の髪をした、アイが居た。
「ハハ」
「『ハハ』じゃないでしょ? まぁ私も言えたギリじゃないし……いいや。もうご飯作ってあるからさっさと着替えて食べな?」
彼女は呆れた表情を浮かべる。
そして、タツキは私服に着替えてリビングに入る。
入ると、奥にある食卓のテーブルに、出来たてのレバニラ炒めなどが置かれており、直ぐに席につく。
「いただきます」
箸を持ち、味噌汁を口に注いだ。
「どう?」
ドヤァとした表情で聞いてくる。
「美味しいよ! やっぱアイが作った料理が一番だよ!」
「そ、そう……それなら良かった」
嘘一つないタツキの率直な感想に、頬を赤くする。
「……そりゃまぁ? 二、三年くらい一緒に暮らしてるから、タツキの舌に合う味くらいもう知っとかないとだしね」
そう言いながら、台所で食器を洗い始める。
そして、ふと、彼はテーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばす。
テレビをつけると、タツキ達が住んでいる地域に関するニュースが流れている。
その内容は、ここ一週間で続出している切り裂き魔のニュースだった。
「タツキも気をつけなさいよ? 特にこの家の裏側にある山は」
「?」
「あなたってホント何も知らないのね。
学校でも噂になってるんだよ? あの裏山にニュースであった切り裂き魔が住んでるって噂」
なにも知らない様だった彼に、アイは驚きの表情を浮かべている。
「しかも、あの裏山に悪ふざけで行った人が何人も大怪我してるの。そんで、最近はその山周辺を警察がうろちょろしてるの」
「分かった気をつけるよ」
アイはタツキの顔を見るなり、納得した表情で食器を洗い終える。
※ ※ ※
セミがせせり鳴く声が窓越しに聞こえる教室には、多くの生徒がガヤガヤとしていて、蒸し暑い雰囲気になっていた。
「はぁい、先生から大事なお知らせがあるので、皆席に座って」
教室の戸の開く音無く、女教師は教卓に立っていた。すると、生徒らは颯爽と席に座った。
「一つだけ報告したいから、ちょっと健康観察は飛ばすね」
彼女は、どこか急いでいる様子だった。
「えっと、町の裏山あるでしょ? 最近そこで、ここの学校の生徒が凶人に声をかけられて、斧で体を切りつけられたていうの」
クラスはザワついた。
隣同士で、それに詳しい情報を求めているであろう者や「キャー!」と叫ぶ輩もいた。
アイが言ってたのはこの事か……。
すると、タツキの前の席に座っているシュウジは、隣の女子にニヤついた表情で何か伝えていた。
それを聞くなり彼女は、驚いた表情でいた。
「はぁい、みんな静かに。先生この後職員会議だから」
と言い残すと、教室から急ぎ足で出て行くと同時に、朝のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「シュウジやばくね?」
一人の男子がシュウジを、後ろに集まった昨日のグループに誘いこむと、シュウジはこう言った。
「なぁ、今日の放課後にさ、先生が言ってた山行ってみようぜ!」
「えぇ、でも、斧持った凶人出るんだよ? やばくなーい?」
ルカが言うと、
「凶人になんて雑魚に決まってんだろ! 一発で殺れるわ! な! タツキくーん?」
シュウジは、前に居たタツキをバカにするかのように言った。
「ちょっとやめてあげなよー? 可愛いそうー」
ルカが言うと、シュウジは彼に歩み寄った。
その時だった。
「あ! そういえば! 一時間目移動教室じゃなかった!? 早く行こうよ!」
その声の主はアオイだった。
皆彼女に耳を傾けると、移動教室の準備をし始め、近ずいていた彼も舌打ちをし、去っていった。
※ ※ ※
昨日と同じ様に陽も落ちていき、昼間暑かったのに対し涼やかな風が、ロッカールームに居るタツキの頬を掠めた。
周りには、友達と一緒に帰る者や恋人と帰る者が居た。
ロッカーから靴を取りだし履く。
そして、タツキは平然とした表情で校門を抜ける。
歩いて行く度に視界に入るコンクリートでできた数メートルものの壁。
そして、その壁に書いてある無数の落書き、彼はその落書きを見て、気まずそうな表情を浮かべてしまう。
あの時……僕がアイに拾われなかったら……僕もここに。
そんなことを思っていると、前の方向から怒鳴り声のようなものが聞こえる。
「何やってんだ! たくっ! 凶人はよぉいつだって無能だよな?」
その声の方向には、幼い男の子とその母親と思われる人達に、GIQ隊員二人が怒鳴っている光景があった。
一人は髭が長く細々とした体の男、その隣はお腹が突き出た男。
あの人たち何やって……ッ!?
目を凝らしながら近づくと、親子の片目が赤黒いことに気づく。
「たく俺はよォ、テメェらのその汚い目が一番気に入らねんだよ!」
髭長隊員はそう言うと、腰掛けていた警棒を振り上げた。
あの人たちが危ない! 助けないと!
そして、タツキはギリギリのところで親子たちの前に出る。
「な、なんで! そんなことが出来るんですか!?」
「あぁ?」
「何言ってんだガキ。テメェが今守ろうとしてんのは凶人なんだぞ?」
一人の腹男がタツキを、馬鹿にするように言った。
「凶人? だからなんですか?! どうみたって僕たちと同じ人間じゃないですか!! 人種が違えど僕達は同じ人間なんですよ! なのになんでこうも扱いが違うんですか!? こんなの不平等じゃないですか!」
「何言ってんだこのガキは。どけ! どかねぇなら」
警棒を持った隊員がそう言うと、警棒を大きく上げる。
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