第三章 家出少女と初恋の人
第12話 昨日散々食べたお姉ちゃん
「おはよう。瑞希っ」
銀色の長い髪が、レースのカーテンから溢れた朝の光に照らされていた。お姉ちゃんは一糸まとわぬ姿で、窓際に立っている。均整の取れたプロポーションに美しい容姿。天使と見間違えてしまうくらいだった。
まぁ天使って言っても、お姉ちゃんは変態なんだけどね。昨日の気絶してしまうくらいの快楽を思い出して、私はジト目でお姉ちゃんをみつめる。
「な、なんでそんな目で見るのっ」
「……一回だけって言ったのに」
「そ、それは、その……。瑞希が魅力的過ぎるのが悪いんだよ!」
こ、この人。私に責任転嫁してきた……。自分が変態なのを棚に上げるなんて。それでも許してしまうあたり、やっぱり私はちょろい女みたいだ。魅力的過ぎる、なんて言われて嬉しいとさえ感じてしまう。
私はバスローブで体を隠しながら、脱衣所に向かった。脱衣所にはお姉ちゃんの黒いワンピースがつるされている。昨日ドライヤーで乾かしただけだから、皺もあるしちょっと匂うかもだけど、それを除けば問題なく着用できるだろう。
少なくとも「にぼし」の上下よりはずっとましなはず……。ナンパとか面倒だけど、やっぱりお姉ちゃんにはどんな時も綺麗でいてほしい。
私は鏡の前で、下着をつけた。普通の女子高生って感じだ。イデア界の影だからね。お姉ちゃんはイデア界の住人そのものだけれど。なんと言っても私の「理想」のお姉ちゃんなのだから。
ということは、あの変態さも私の理想!?
いやいや。そんなわけない。認めてなるものか。
なんて一人でため息をついていると、全裸のお姉ちゃんが脱衣所にやって来た。相変わらず見た目は綺麗だけれど、私の下着姿をみつめて息を荒くしている。
私はそれを無視して、さっさと私服に着替えた。残念そうに肩を落とすお姉ちゃんに、軽くキスだけして脱衣所を出る。
「お姉ちゃんもさっさと着替えるんだよ。早めに出ていかないと延長料金みたいなのがかかるみたいだから」
「……分かった」
変わらず声は寂しそうだ。ずいぶんあっさりと大人の階段を上ってしまったわけだけれど、いつまでも浮ついた気分でいるわけにはいかない。
私はこれから家に帰らなければならないのだ。
私が優秀であろうとしたおかげで、なんとか崩れずにいた家庭。それを本当の自分の気持ちを露わにして、どうにかして維持する方法を探らなければならない。そのことを思うと、憂鬱だった。
今、私の評価は地に落ちている所だろう。家出をして一晩帰らなくて。どんな風に怒鳴られるのか、叱られるのか、あるいは、もしかすると暴力なんかが飛んでくるかもしれない。考えたくはないけれど。
ベッドの上に寝転んでいると、黒いワンピースを身に纏ったお姉ちゃんが隣に座った。
「二人でお出かけしない? いきなり帰るのは、なんか違うでしょ?」
私は少し沈黙してから、お姉ちゃんの言葉にうなずいた。一晩帰らなかったのだ。朝帰るのも夕方帰るのも、どうせ同じだろう。なにより、今はまだ家のことは考えたくなかった。
「分かった。お姉ちゃんはどこに行きたい?」
「私?」
「うん。お姉ちゃんはこの世界になれてないわけだから、行きたいところはどこでも連れて行ってあげたいんだ」
私が微笑むとお姉ちゃんは「大好き!」と笑って私にキスをした。
「そんなこと言ってもらえるなんて、お姉ちゃん冥利に尽きるよ……」
最初はどことなくぎこちなかった気がする。けれど今は本物の姉妹みたいだ。まぁ本物の姉妹はキスもえっちもしないけどね。
「いきたい場所かぁ。人がたくさんいる場所がいいなぁ。あとは水族館? 知識では知ってるけど、魚とか実際に見たことはないし。あと物凄くお腹すいてるから、とりあえずご飯食べたいかな」
ぐぅと私たちのお腹がなる。そうだった。昨日は色々と慌しかったせいで、食事を忘れていたのだ。これから軽くハンバーガーでも食べるか、それともファミレスでお肉でもがっつりと食べるか。
「お姉ちゃんは何食べたい?」
「お姉ちゃんはねぇ、瑞希が食べ……」
ニヤニヤするお姉ちゃんをぺしんとチョップする。
「……もう。お姉ちゃんのばか。昨日散々食べたでしょ?」
顔を熱くしていると、お姉ちゃんは優しく私を抱きしめた。
「一度食べたら病みつきになる味だよね……」
そんなことを耳元でささやかれて、ますます顔が熱くなる。本当にこの人は、変態すぎる。でも病みつき、か。つまりそれは私のことが大好きだってことだよね。私で満足してくれたってことだよねっ。ちょっとだけ嬉しいかも。
まぁ、そんな冗談は置いておくとして。
「で、実際、なにが食べたいの? お姉ちゃんは」
「ハンバーグ! 瑞希が好きな物食べてみたいんだ!」
ニコニコするお姉ちゃん。それならファミレスかな。それから人がたくさんいる場所。今日は休日だからショッピングモールとかがいいかな。でその次に水族館に行こう。
憂鬱だったのに、なんだか一気に楽しい一日になったような気がする。
「ありがとうね。お姉ちゃん」
「ありがとう?」
「……うん。お姉ちゃんと一緒なら、どこまでもいけそうな気がするよ」
人生という長い旅路もきっとお姉ちゃんとなら、退屈はしないのだろう。
私が微笑むと、お姉ちゃんは自慢げに胸を張っていた。
「そうでしょそうでしょ? お姉ちゃんは凄いんだよ!」
目の前に広がるのは満面の笑みだ。現実で出会ったばかりのお姉ちゃんは少し暗かった。今のお姉ちゃんが本当のお姉ちゃんなんだと思う。願わくばずっと一緒にいて、ずっと幸せでいてほしい。
私たちは置き忘れた物がないことを確認してから、部屋を出てホテルのロビーで清算をすませた。出る時は見知った人に出くわさないか戦々恐々だったけれど、幸いにも人は少なかった。
私とお姉ちゃんは手を繋いで、駅近くにあるファミレスに向かった。
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