第2話 お姉ちゃんとのお別れ
想像の中だけに存在していなかったはずのお姉ちゃんの隣を歩いていると、なんだかとても変な気分になった。まるで夢の中にいるような、そんな感じだ。
それはきっとお姉ちゃんが現実離れした美貌をしているからだろう。
銀髪碧眼というだけでも現実じゃないみたいなのに、顔立ちまで天使のように美しい。スタイルもモデルさんみたいだ。隣を歩いているとなんだか居心地が悪く感じてしまうほど。
「お姉ちゃんはどうやって現実にやって来たの?」
冬らしく寒々とした桜並木を私とお姉ちゃんは歩いていく。お姉ちゃんは顎に手を当てて唸ったかと思うと、白い息を吐きながら小さく首を傾げた。
「お姉ちゃんにもよく分かんない」
その現実離れした美貌は疑問に歪んでも綺麗だった。お姉ちゃんは完全なる美だから、どんな表情をしても美しいのだ。
「そっか」
でも現実にやって来た理由がわからないというのは、なんだか不安だ。来た理由が分からないのなら、知らない間にまた私の頭の中に帰ってしまうかもしれない。
でもだからといって今の私にできることは何もない。だからとりあえず、お姉ちゃんとの会話を楽しむことにする。
「お姉ちゃんって綺麗だよね」
私が微笑むとお姉ちゃんは顔を赤らめてもじもじした。でもすぐにきりっとしたかっこいい表情になって、私の頭を撫でてくれる。
「ありがとう。瑞希も可愛いよ」
その瞬間、私はふにゃふにゃになってしまう。なんと言っても、私の理想のお姉ちゃんなのだ。凄い美人だからって言うのもあるけれど、頭を撫でる優しい手のひらもその温もりも全てが現実であるという事実が嬉しいのだ。
願わくばずっと一緒にいて欲しいものだけれど。
でもきっと両親はお姉ちゃんが家に泊まるのを許してくれないと思う。友達と遊ぶことすら許してくれない両親なのだ。私に勉強以外の全てを許してくれない。勉強の邪魔になるだろうからと、泊めてくれるはずがないのだ。
でもお姉ちゃんはこの世界に来たばかりだから、居場所がない。
頭を撫でてもらいながら、どうしよう、と思う。
「どうかしたの? 悩み事があるのならお姉ちゃんに何でも話して」
やっぱりお姉ちゃんは優しい。微笑みながら悩みを話そうとした時、突然、チャラい髪色をした二人組の男子高校生が私たちに話しかけてきた。
「君、めっちゃ綺麗だね。これから俺たちと遊ばない?」
「君も地味だけど可愛いじゃん。一緒に俺たちと楽しもうよ」
私が苦手なタイプだ。でもお姉ちゃんの見た目だと仕方ないのかもしれない。日本人的な顔をしているのに銀髪碧眼で、しかも凄まじい美人。スタイルだってすごい。
私はどうすればいいのか分からなくて、おどおどしてしまう。すると突然、男子高校生の片割れが、私の肩に手を伸ばしてきた。私は思わず目を閉じる。だけどいつまで経っても、私の肩に手が触れることはなかった。
恐る恐る目を開けると、お姉ちゃんの綺麗な手が男子高校生の粗雑な腕を掴んでいた。凄い力で握りしめているようで、男子高校生は苦悶の表情を浮かべていた。
「いてて。な、なんだよお前」
「……私の大切な妹に許可なく触れようとしないでください。あと、瑞希が地味? こんなに可愛い人いませんよ。私よりもずっと可愛いです」
いや、流石にそんなことはないと思うけれど……。でもお姉ちゃんをみると、とても真剣な表情をしていた。やっぱりお姉ちゃんはかっこいい。その横顔を見ていると、なんだか胸がドキドキしてくる。
「……お姉ちゃん」
私が目をキラキラさせてお姉ちゃんの青い瞳をみつめていると、男子高校生たちは舌打ちをして、私たちから離れていった。
「はぁ。外の世界って面倒なんだね」
小さくため息をつくお姉ちゃん。私はぎゅっとお姉ちゃんの手を握り締める。そして「ありがとう」と笑顔を浮かべた。するとお姉ちゃんは顔を真っ赤にして目をそらす。
「これくらい。感謝なんていらないよ」
照れるお姉ちゃんもとっても可愛い。やっぱりお姉ちゃんを一人にはしたくない。というか私が一人になりたくない。お父さんとお母さんはきっとだめだというだろうけれど、やっぱり家に泊まって欲しい。
「お姉ちゃん。私、頑張るね」
私が微笑むとお姉ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「私、お父さんとお母さんに話してみる。お姉ちゃんを家に泊めるようにって」
するとお姉ちゃんは不安そうに眉をひそめた。
「やめておいた方がいいと思うよ? きっと面倒なことになる。そういうの聞き入れてくれる人たちじゃないから」
お姉ちゃんには頭の中でたくさんのことを愚痴っていた。だからお姉ちゃんも両親の人となりを知っている。
きっとお姉ちゃんの言う通りだと思う。でもお姉ちゃんは現実の世界に来たばかりで家もない。一人にはしたくない。そんなことを考えていると、お姉ちゃんは余裕そうな笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。何とかするから、私の心配なんてしないで。そもそも私は瑞希を助けるために生まれた存在なんだから、瑞希に助けられるわけにはいかないよ」
「でも私……」
「大丈夫だって。さ、家に帰ろ」
お姉ちゃんは反論すらさせてくれず、私の手を引いて歩いていく。きっとお姉ちゃんなりの矜持なのだと思う。私に辛い思いをさせたくないのだ。もしもお姉ちゃんを家に泊めようとすれば、きっと両親と口論になってしまうから。
そんな善意を無碍にすることもできず、私は帰り道を歩いていく。
家の前までやって来たけれど、お姉ちゃんの手を離したくなんてなかった。でもお姉ちゃんは寂しそうな表情で手を離してしまう。
「ごめんね。瑞希。でもすぐに助けてみせるから」
お姉ちゃんは明らかに強がった表情で、私を抱きしめた。お姉ちゃんにだってどうすれば現状を解決できるのかが分からないのだろう。でもそんな強がりだって、嬉しかった。
「ありがとう。お姉ちゃん。また明日」
私が眉をひそめながら笑うと、お姉ちゃんはよしよしと優しく頭を撫でてくれる。
「また明日。瑞希」
手を振るお姉ちゃんに背を向けて、家の中に入った。するとすぐにお母さんが玄関にやってきて笑う。
「手を洗って勉強するのよ。瑞希がどんな大学にいくのか、今から楽しみだわ」
私は力なく頷いて、お母さんの指示に従った。
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