第13話 《季節こゆる日》

「話があるんだけどツラ貸してくれない?」

 それはその週の水曜日、昼食の時間になると急に言われたのだった。

 私は訝しげにその方を見ると、明るい髪色の…確か柊木真菜ひいらぎまなさんだった。

「なに? 素手殺ステゴロ? だったらいいけど」

 私は目には目を、の理屈で言う。

「違う、真剣な話がしたいんだよ」

 柊木さんは意外にも冷静だった。

「カフェおごるから、放課後に現地集合ね」

 それだけ言って私から離れていく柊木さんの後ろ姿は、少し儚く感じた。


 こうしておそらく水掛け論だろうと思われる話し合いが決まった。

 私は放課後、千景さんたち3人に訳を話し、指定された学校近くのカフェに向かう。もちろんその足は決して軽くなかった。月曜日、先生と会話して目をそらされた件があって今回のだ、内容は嫌でも分かる。

 これから私はクラスメイトに現実を突きつけなくてはならないのだ。

 そしてカフェに到着する。カフェ、というにも都内のカフェのように雰囲気の洒落しゃれた店ではなく。ただ、ゆったりと過ごすのに向いたインテリアのされた喫茶店という感じのカフェなのだ。閑静な住宅街に立ち並ぶには親しみやすい外観をしていた。

 私は「カラン」とベルを鳴らしてガラス扉を開く。「いらっしゃいませ」と女性店員の良く通る声を右耳に受けながら店内を見渡す。視界の隅で「お好きな席へどうぞ」と接客を受けながらも少し奥の2人席で手を上げている同じ制服の姿が見えた。私は女性店員に会釈してからその方へ向かう。

「噛井さんここ初めてだっけ?」

 席に座る彼女は、意外にも穏やかな声色だった。

「そうよ」

 私も冷静だ。そう自分で確認しながら「大丈夫」と自分に暗示をかけ、そうしながら席に座る。2人がけのテーブル席だ。

「なにせこの街に来て日が浅いんです、どうぞお手柔らかに」

 私は平静な口調を保ちながらも、皆目一番で保身に走ってしまったことに自責を感じる。

 私は陽キャ嫌いを克服したものだと思っていた。けれどここまでの会話であながちそうでもないのだと思い知らされる。

 けれど、柊木さんは笑っていた。

「もちろん、なんなら街案内も請け負うわよ」

 柊木さんは意外に友好的なことを言ってくれた。意外続きだ。けれど私はその笑顔の下に本心を隠しているのではないかと心の内で探ってしまう。

「いえ、そこは先約があるので」

 私は条件反射的に答えてしまう。

「……そっか」

 そういって素直に声のトーンが下がっていく。

「………」

 柊木さんの刹那的で気丈な声を最後に会話が途切れる。これは4人で話している時とは違った「気まずい」雰囲気だった。

 そして私は考えを改める。年齢から見ても、嘘泣きならかく今のような複雑な感情を演技できる人間だとは思えないからだ。そして私は思考を巡らす方向を切り替える。列車のレールを切り替えるイメージだ。

 そして私は哲学をする、というか、人間観察をするように柊木さんの整った容姿を眺めていた。

 まず、脇下まで続くトーンの明るい髪色がブリーチをしているのが目に入る。そして輪郭をなぞればキレのある縦長で円形で垂れ目、もっとメイクすればモデルも目じゃないと思える美人。ハッキリ言って日向さんと違った方向性の美人だ。その違いを生み出しているパーツを探せばそれは目の印象だということに気づいた。

 けれどいつまでも沈黙している訳には行かないことに気づき、そう思えたから今出来る最善とは何かと考えることにする。

「単刀直入に聞いてもいい?」

 このセリフを切り出したのは私だった。経緯をかんがみるに今のセリフは柊木さんが言い出してもおかしくなかっただろう、私はひとまずの安心を得ながらも柊木さんの情緒表現からは目を離さない。

 瞬間、柊木さんは体を硬直させ、固まった笑顔を作り笑いに切り替えコクリと頷く。私はそこに便乗して話させてもらった。

「いわゆる恋愛相談なんだよね?」

 私は今の最善は会話の主導権を略奪することだと考えたのだ。

「………」「そう、よ」

 柊木さんは沈黙の後に肯定する、私のセリフと同じ言葉で。

 日常的にメディアが行っている印象操作と同じことだ。アレだ、腹上死テクノブレイクを心不全と言い換えたりと同一の内容でありながら聴こえを良くすることで聴衆の受ける印象を操作する呪術じゅじゅつなのだ。私は話を進めながら内心で冷淡れいたんに思考を続ける。

「当てよっか〜」

 私は明るく振る舞うように言葉を重ねる。

「えぇー」

「う〜〜んとねー」

 こんな風に持ったえぶるコトから何から時間稼ぎなのだ。私は考える振りをしながら哲学しこうする。

 さっき私のセリフを真似たのは生理現象だった。好意を持った相手のセリフをついつい真似してしまうという現象があるが、私とは知り合って間もない。よってこの可能性は否定される。

「分かった!」

 私がそう言うと柊木さんはあからさまにドキリと身体を震わす。

 よって消去法で考えられるのは、いわゆるゴマスリのように他人ひとにすりより好感を持たれることで自身の安全と保身を確保しようとする生理現象。この現象を起こした時柊木さんは、単刀直入に聞いいてもいいかと伺った時だった。人が人に擦り寄る時は大抵、自分に利益がある時か恐ろしく感じてる時なのだ。つまり。

「水樹先生のことが好きなんでしょ!」

 このセリフが怖かったのだろう。

 ここでも柊木さんはコクリと頷くのだった。

 この時、柊木さんは何を思っただろう。おそらく柊木さん自身も理解していないのだろう、そんな顔をしていた。

「協力してあげる」

 ここで私は含み笑いを持たせながら言う。

 きっと柊木さんは今、認知的不協和を起こしているだろう。それは感情の揺らぎで生まれる隙だ。

 柊木さんは、しばしばの時間をかけながら頷いて。

「うん…ありがとう」

 おくからふつふつ込み上げるような照れ笑いを浮かべる。純粋に可愛い子とはきっとこういうことをいうのだろう、少なくとも私はそう思わされた。この子は可愛い子、ありきたりに言えば可愛い系というのが適していると思った。

「て言っても、今できるのはアドバイスだけなんだけどね」

 そう言って私は笑ってみせる。そして残りの一押しで仲間に割り込めると思った。

「ありがとう、でもこれだけ言わせて」

 お礼を言いつつも、前言葉を使う柊木さんに、ピリピリとした一抹の不安を憶えるも、表には内心と裏腹に上半身で身を乗り出して傾聴の姿勢をみせる。こうして内心をギャップを使い隠すのだ。悪どいと思うだろうか、しかし交友呪術フィーリングは使いようなのだ。

「噛井さんは先生のこと好きじゃないの?」

 どうやらそこを白黒付けたいようだ。いつかの千景さんが言ってたっけ「自己犠牲はダメだ」と。

「正直、好きじゃない」

 私はハッキリ言う。

「ただ」

 正直に。

「趣味趣向は似てる節がある」

 この発言、ここで柊木さんが逆上しようものなら私は手を貸さないと決意していた。もっともそんな様子は毛ほどもないのだが。

「ホントに正直に言ってる?」

 そこで真偽を問われる。柊木さんは心配なのだろうが、私はさっきの言葉でを受け取れないのかと違和感を憶えるが、そこは呑み込んで、今度の私は目で見てソレが分かるように真剣な表情で応える。

「もちろん!」

 言ってから笑う。人間が赤子の顔を可愛いと思うのは円形に近い形であるから、この現象をベビーシャマと言い、これは人が笑うことで再現される。これで好感を持ってしまうのが人間の深層心理なのだ。

「よかったぁぁ〜!」

 柊木さんはやっと気が抜けたようで、心の張り詰めた空気が抜けたように喜んでみせた。

「ねぇ、それでそれで!?」

 柊木さんは怒涛どとうの勢いで私の顔ににじり寄る。

「ねっ! アドバイスってなに? 聞かせて聞かせて!」

「顔が近い…」

 言いながらも私はどんなアドバイスをしようかと考える。

「あっ! もしかしてさっき言ってた趣味趣向が似てるっていう視点から〜、水樹先生目線のアドバイスかな?!」

 急にテンションがあがったようで、さっきの空気とのギャップに私は些細な困惑を感じながら思考を続ける。少しして。

「水樹先生はたぶん、色気のある女の子よりもどこかのシーンで可愛いなって、自然と思ってしまうような女の子が好きなんだよ」

 私は何を根拠に言ったのか、根拠なんてない。確かに人間観察の技術はあるが、恋愛の勘定かんじょうに至っては今のところは派手な女性が好みではない。ということだ。ならば別の手という話だ。

「そうなの?」

 柊木さんは難しい顔をしていた。なにせ自然と可愛いと思える女性と言われても、目標としても曖昧ですぎてしっくり来ないのが普通だろう。

「そうなのっ!」

 私さ柊木さんと同じセリフで肯定する。

 私はこれから、柊木さんを完全に騙して出し通して、柊木さんの青春の1ページに大恋愛を演出する。

 私は笑顔で。

「柊木さんが、いつか好きな人の好きな人に成れることを願ってる」

 真実の一部分を抜粋して誇張して。「いつか」とか「好きな人の」だとか、言い換え嘘にならない言い方に変換し。まさにメディアリズムを逆手にとってでも。

「その為の会議をしましょう?」

 私はこの嘘を真実に塗り替える。この真実で、柊木さんを騙し通す。

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