第10話 《恋のライラック》

 いや、俳句を作っている場合ではない。しかしおかげで冷静になれた気がする。

「とりあえず、今後このようなことがないように、今回の失態が起こった理由の分析と対策、そして自己管理意識の方をよろしくお願いします」

 私はこの台詞セリフを言っていて、ホントにこれだけで済ませていいのかと迷いがあった。しかし、私はこれを合理的だと考えた。この台詞の通りに実行すれば同じ間違いはなくなるだろう、なによりこれを実行していれば日向さんも罪悪感から解放されるのだ。

 たったそれだけ、こういう時の人間は簡単な生き物なのだ。そう考えて私は、洗脳話術プロパガンダの禁忌に触れたような気分になる。


「よかったね」

 少しして千景さんが言う。千景さんの方を見るとジェスチャーを通じて紙を渡された。私は漠然と受け取る。そこには。

「両思いでよかったね」

 などと書いてあった。

『ビリッ』

 私はその紙切れの文字を見て瞬時に、脇を広げて左右に千切ちぎる。

「今ふざけるトコロじゃない」

 少し怒気が強かったと思う。私も反省するべきだ。

「ごめん、私は大阪のおばちゃんに向いてるみたいだわ」

 千景さんは飄々ひょうひょうとして謝罪する。

 私はつい不機嫌になって、そんな千景さんを無視してしまった。がしかし千景さんは口元を抑えて苦笑を浮かべている。

「変なことはあったけど、取り敢えず解決でいいのかしら?」

 西奈さんが言う。それを聞いた中森さんは首を傾げる。

「そうなの?」

「………」

 私は沈黙する、皆も沈黙する。

 そんな様子に耐えかねたのか、中森さんはたこさんウィンナーをかかげて。

「取り敢えず、お弁当交換する?」

 と一言。笑っちゃいけないタイミングだという

 ことは分かってる。分かっているけれど、込み上げる笑いはこらえようがなかった。それら一同も同じらしく皆で笑いを耐えられなくなった。

 ひとしきり皆で笑ったあと。

「やっぱりあおちゃん最高! いつも重い雰囲気を和ませてくれるっ」

 言って、中森さんの掲げられたたこさんウィンナーに、西奈さんはショーのイルカのようにかじりつく。

 そのまま皆は雑談を初めて和気藹々とする雰囲気が出来上がっていった。

 そんな幸せな雰囲気の中でも、私は哲学の…触れた禁忌が心に残っていた。

 それは『認知的不協和にんちてきふきょうわ』目的や意見への矛盾した事象に出会った時、自分を正当化する為に考えを改める現象、ここに感情の揺れが生じる。この感情の揺れを認知的不協和と言う。ここに何かしらの言葉を言うことで、人はそれを信じるようになる。これは宗教法人では頻繁に行われる洗脳なのだ。私はそれを利用してしまった。それはプロパガンダにおける善良な使い方の範疇はんちゅうを逸脱している。それは、哲学を愛する人間としてあってはならないことだった。

 私は、周囲の雰囲気になびかれて笑うことが出来なかった。



 弁当を食べている時。

「笑えてないんだね」

 ふと、日向さんが言う。

「日向さん?」

 私はいつの間にかうつむいていたようで顔を上げる。気にかけられた時のアンサーとしては妙な返事をしてしまった。

「ふふっ…朝のこと?」

 日向さんは少しの含み笑いと一緒に確信を着くことを聞いてくれた。

「さっきのこと…」

「えっ、ごめん! やっぱりそんな簡単な問題じゃなかったよね!!」

 日向さんにそうやって懇願するように謝られてから私は気づく。

「いえ、別件です。メンタルの話です」

 私は続ける。

「私の中には線引きがあるんです、それこそ哲学の。それをうっかり越えてしまったんです。それだけなので気にしないで下さい」

 私は可能な限り気立て良く振舞おうとする。

「それはホント?」

 その時、私が言い終わるかどうかというタイミングで千景さんにそう聞かれた。この時の言葉の覇気の強さに、この場の全員が…別の話で盛り上がっていた中森西奈ペアまでもが、千景さんに注目する。

「そこにウソはない?」

 千景さんは念入りに確認を入れる。

「嘘はない。…気を使わせちゃってごめんね」

 私はそうものの、少しの気疲れを感じていた。私の内面について公表したものを何度も聞かれてしまうのは疲れるものだと思って、同時に人間関係はこういうものだと諦めた。

「ごめんね。憂さんと同じで、私にも譲れない物があるんだよ」

 千景さんもそう言って、この話題に終わりが見え始めた。

「せっかくだから、この場の雰囲気を借りて『お話』をしようと思います」

 私は話始める。


 フリードリヒ・ニーチェは言っている。

『経験は経験に対する欲望のように消えることはない』そして続きに『経験を積む間は、自ら探求しようとしてはならない』と言った。これに私はこう考えた。「経験が消えることがないのなら、経験の最中によそ見をしては行けない」と。

 今は経験を積む時だ。

「私は2年前、……姉を失いました。姉はいつでも私を優しく引っ張ってくれて、勇猛果敢ゆうもうかかんの言葉が似合う人で、…身内からは「いつも仲良しだね」だなんて言われていました。

「私がまだ幼かった時、私は悪戯イタズラ好きだったと聞いていますし、私も小学校の頃は特に、姉にイタズラを仕掛けて困らせた記憶が沢山あって。…それで度が過ぎて怒られた経験もたくさんあるんです。

「中学二年の時、2つ上の姉は交通事故に遭いました。思春期になったばかりで喧嘩した私にあげるために、…コンビニでアイスを買った帰り道だったらしいです。姉がかれた近くにアイスが2つあったそうです。

「それから私は塞ぎ込んで、ある時みつけた姉の遺品にアドラー心理学の「嫌われる勇気」の写本と、涙が滲んだ「プロタゴラス―ソフィストたち」という著書がありました。姉は頭が良く、男子たちから私を庇った時はいつもこの本を読んでいたのを思い出して衝撃を受けたことをよく覚えています。

「それからです、私が哲学にのめり込んだのは」

 ここで弁当を食べるのを再開する。そんな私につられて、皆も食事を再開する。

「まず私は私の中で私を理解することから始めました。これは表面だけ、私自身が姉を亡くして塞ぎ込んでいることを理解しました。そしてそのエネルギーを別の方向へ伸ばすように発想の転換をしました。「嫌われる勇気」を実行したんです。

「結果、私は陰キャになったわけです」

 ほんの少し、遊び心でへそ曲がりなことを言ってみた。中略しただけだが。

 それから私は厚焼き玉子をひと切れ頬張ると、ペットボトルの清涼飲料水をゴクゴクと飲んで一息つく。そして話を続ける。

「私は私に敵意悪意を持つ人や関心のない人の全員と訣別けつべつし無関心になりました。アレは中学3年生の頃、そうしてマイノリティを確立しているとイジメを受けるんです、私はそれを無視し続け一週間が立つ頃に丁度体育大会がありました。

「私はその学校では成績上位の優等生だったので教員にお願いして選手宣誓をすることになりました。

「その選手宣誓で哲学を用いて人間性を問うようにイジメっ子を糾弾きゅうだんしました。その後そのイジメっ子がどうなったかは聞いていません」

 ここまで話して、また水を飲む。話して喉が渇いたからだ。ペットボトルを持ったまま話を続ける…ペットボトルを持つ手に力が入る。

「高校1年生にもなると姉を失ったひずみが顕著けんちょになって来ました。両親の喧嘩が絶えなくなりました。2人の、姉を亡くしたことへの見解があまりに違っていて許容出来なかったそうです。

「そして父の実家のあるこの街へ来て、この学校に入ったんです」

 そして肩の力を抜いて話し始める。

「そもそも私が周囲に馴染まないことを選んだのは、意見や価値観が合わないからだったんです。

「でも実際のところは、意見も価値観も合わなくても、人は共存できたんです。尊重と歩み寄りがあればいくらでも。

「それを昨日、教えてもらいました。誰にとは言いませんが。おかげでこの場の皆と知り合えました…」

 ここまで言って、私は口ごもる。言葉が見つからない。だから私は思考する、これを皆は待っていてくれている。

 ニーチェは言った「いつまでも弟子でいることは、師に報いる道ではない」と。ならば、誰かに何かを教わったのならその教えや思想に準じるのではなく、その思想をたくわえて私の正義を見つけることなのではないか。

 私はここで、いっそう深く思考する。

 私の正義とは何か? 私を構成するものは何か? 哲学である、血肉であり記憶である。私にとっての善は何か? 分け与えることである。余るものは何か? 思慮であり言葉である、それは永久に生み出しうるものである。思慮を分け与えるのは善か否か? プラトンは言った「正義とは、己にふさわしきものを所有し、己にふさわしき行為をすることだ」と、この言葉が私の意思を肯定する。なら哲学女子たる私にふさわしいのは哲学をもちいて人に喜んでもらうことだろう。支える事だろう。

 だが、明日やろうは馬鹿野郎とも言うだろう?未来になって後悔するよりかは今実行するべきだ。今するべきは何か、未来に夢見る目の前の夢想家に助言することができるんじゃないだろうか? ここで私は潜考せんこうを解いた。

 いつの間にか、うつむいていたらしい私はあごから右手を退けて顔を上げる。そして悠々ゆうゆうと目の前の夢想家に向き合うと。

「今、私の道を見つけました」

 日向さんはコクリとうなずく。

「昨日、日向さんの評判を思い知りました。素直に素晴らしいと感銘を受けました」

「しかし、評判を得る為には自己を犠牲にする必要があると言います」

「日向さんの内面にも、なにかあるんじゃないでしょうか?」



 翌日、私は昨日のように背筋を伸ばして登校する。

 ニーチェはこう言った「一日一日を最良の方法は、少なくとも1人の人間に、1つの喜びを与えることは出来ないだろうかと考えることである」そして私は考えた。挨拶をしよう! 少しでも多くたくさんの人に、挨拶をしよう!

 そして私は透き通るような清々しい心地で、同級生先輩後輩を問わずに行きう人の全員に挨拶をして登校した。そして3人に合流する。

 中森西奈ペアと千景さんに、間へ割り込み後ろから突撃するように肩を組む。

「おはよぉー!」

言いながら抱きつくように絡みに行く。3人からの返事をもらい、たわいのない会話に入っていく。

 この時私が考えていたのは哲学からは程遠いものだった。

 挨拶した人たちの反応を見るに、私って実は可愛いのではないか?


 こうして私の学校生活は今日も続いていく。

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