第8話 《少女 思想の対峙》

 次の日、私は昨日の初登校と同様に1人で学校へ向かう。

 昨夜の出来事は一抹の不安となって頭に残っているが、きっと大したこともないだろう。それよりも、高校生となってから初めての友達ができたことが、今はそこはかとなく嬉しいのだ。そのおかげか私の胸は軽い、背筋を伸ばして歩くことが出来ている。

 一昨日までの私は色んなことがあって頭が疲れていただけなのだ、きっと。


 その時、後から右の肩を叩かれる。

「どうした? 朝食に苦虫が混ざってたみたいな顔してるぞ」

「噛井さんおはよ」

 西奈さんと中森さんだった。

「おはよう、まぁ昨日のことも含めて考えごと」

 私は挨拶を返す。

「そうかぁ、なかなか言葉にできない哀愁あいしゅうただよう人だったぜ」

 と感慨深そうに空を見上げる西奈さんに。

「そうかな、なかなか綺麗な人だったよ?」

 中森さんは言い返す、私は1つ先の展開が予想ついたが黙って見守る。

「え? あの暗さであの男の顔が見えたのか?」

 戸惑う西奈さんに。

「いや、私たちに声をかけてくれたお姉さんのことだよぉ」

 と中森さん。

「え?」

「え?」

 私はオチが読めていたクセに、これには笑いを堪えることが出来なかった。

「そんなに笑うことないじゃん」

「そうだぞ失礼だぞー」

 2人は不満を訴えるも、2人の会話劇は何度聴いても和む気がする。そんな2人に、私は笑って「わかったわかった」と返すのみだ。


 校門を通ると、昨日と同じようにまた生徒会が挨拶の為に列をなしているのが目に入る。

 私はやっぱり、そういう陽の雰囲気に慣れないのだ。それは哲学女子を自負する私は陽キャと性格上相容れないことがわかっているからである。初対面で私に優しく接する人間は必ず何らかの意図があるのだ、ならば相手を知るまでは親しまないことが定石じょうせきなのだが、相容あいいれないと分かっているなら好意的に接する価値など最初から無いのである。

 よって私は生徒会の列から目をそらすのだった。

「ね、あれ二階堂さんじゃない?」

「生徒会なんだから当たり前」

 私は2人のやり取りを右耳で聞いていた。3人が横並びになっている。

「お〜い二階堂さぁーーん!」

 !?

「おいはお前だ!」

 余りの驚きに私は中森さんを怒鳴りながら叩こうと思ってしまったが、喉まで出かかっていた言葉と一緒に踏みとどまった。

「おいとはなんだよ」

 代わりに西奈さんがツッコミを呟いてくれた。

 けれど私たちのそんな内心など知るよりもない中森さんは生徒会の方へ走って行ってしまった。

 私はその元気な後ろ姿をただ見守ることしかできなくて、後々後悔することを分かっていても、どうしても彼女の自由を妨げる決断ができずにいたのだ…。

 私は生徒会から目を背けたまま、西奈さんの手を繋いだ。

「いくよっ!」

 私は私なりに元気を振り絞った。たぶん、姉が亡くなって以来はじめてこんな声を出したと思う。

「タタッ! …」

 私は全力で駆けだしたが1歩進んだところで右手の重さで動きを止めてしまった。

「え?」

 私は呆気に取られて放心した顔で西奈さんを見た。

「え? じゃない、どこ行くんだよ」

 たぶん、西奈さんは当然の質問をしたんだと思う。けれど私はその質問に真っ向からことができない。

「教室…」

 私は目を背けながらうつむきながら答える。

「なんか嫌なことがあったのか?」

 ただそれだけ、たったそれだけを聞かれるのが、今の私には

 それでも私は、友人の質問に誠実に答えようと、震える唇を動かす。

「……陽キャが…キライ」

 少しの間があって。

「は?」

 と西奈さんは怪訝そうな声を出す。

 こんな時は、私よりももっとか弱くて私よりも内気な女の子ならどうするだろうか…? 大した意味もなく、ふと湧き上がる疑問に、私は哲学する。

 その答えは逃げだす、だ。けれど私はそうでは無いと自覚している。なにより私が今行っている哲学は人生を為に今持っている武器のなかで最も優良なはずだろ? 私は私を鼓舞する。

「おい、私らはどうなるんだよ。私らだってどっちかと言うと陽キャな部類だ」

 西奈さんは畳み掛けるように今の思いを吐き出してくれている。ありがたい、私はそう思えた。

 私はその質問を聞いてからすぐ俯いた姿勢を解いた。そして顔で空を仰ぎながら胸を張る、そして西奈さんに向き直る。

 私は涙袋に少しばかりと水気を感じながら息を吸って、西奈さんの目をまっすぐ見ながら口を開く。言うんだ、私は。

「あとで話す」

 今は人気が多いから、今言えるのはこれだけなのだ。

 ふと西奈さんの後ろを見ると、そこには千景さんがいた。すぐに目が合う。

「よっ、何してるんだ〜?」

 だる絡みをするようにフランクな口調で千景さんは西奈さんの肩を叩く。

「うん、噛井さんが思い詰めた顔をしてて、あとで話すって」

 西奈さんは振り向きながら説明する。私は尾ひれが着いていないと暗に示す為に大袈裟に頷いてみせる。

「へ〜、それって教室で言ってた、いつか話すって話のこと?」

 千景さんの言葉に、私は再び頷く。

「じゃあ、話してもらえばいいじゃんね」

 千景さんはそう言った直後、ドヤ顔のように歯を見せてニヤっと笑う。

「なに大喜利に勝利したような顔をしてるんだよ」

 西奈さんは千景さんに文句を垂れつつも合点がいったように晴れた顔をしていた。

「つれてきたよ」

 中森さんのふわふわした声がして、私は振り向く。

「二階堂さん」

 中森さんがそう言って、その隣りにはホントに日向さんがいた。

「あなた、無事友達ができたようでなによりね」

 日向さんは安心したような顔で、満足そうに頷くのだった。その所作は恐ろしく綺麗だったとここで述べておこう。

「言っておきますが、私は義理堅いほうではないです」

 私は開き直ろうとして、必要以上に勝気な態度をとってしまった。

「でも、もう見返りはもらったよ」

 私は思ってもみなかった言葉にキョトンとしてしまう。そんな私の様子を見て、日向さんは言葉を続ける

「それは、ゆうちゃんの笑顔だよ」

 言って日向さんは表情を崩すように歯を見せて笑うのだ。私はその不意打ちの言葉に、またキョトンとしてしまうがすぐに再起動して。

「つまり自己満足ですか?」

 私は歯向かうように言った。

「そうだよ、でもそれでゆうちゃんに友達ができたなら、それだけでも満足できたよ」

 そんな私にも、日向さんはおしとやかに言うのだ。

「私は間違ってなかったと感じたから間違ってなかったと思うの。それが私の正しさなの」

 日向さんは私の目を見ながら言う。

「私は私が信じる正しさに生きる。私はこれからもそうやって生きる」

 そこまで言われてしまっては、私は呆れるしかなかった。否、私が折れるしかなかった。私の専門範囲は哲学だけで、他人の啓発けいはつなど論外なのだから。

 私は一人言を言う。

「友情と 交わる岐路と 生き筋と」

 そして私は左下に視線を落としながら、空気の抜けるように笑った。私は日向さんの方へ見直して。

「なら、私は私の哲学を貫くだけです」

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