第7話 《煙草の女性》

 それは予定されていた7時、それまで30分だというのに、中森さんが言い出した途端2人は私を強引にショッピングモールへ誘うのだった。私も私で乗せられるのも悪いのだが。


 突拍子のない思いつきで誘ったらしく、中森さんは何が食べたいかと聞いてきたのだ。

「え…たこ焼き」

 私は口が滑ったと気づく。思い出の食べ物だったから。

 とても広いショッピングモールの、まばゆい照明が私に若干の疲労をもたらしていた。

「え! 噛井さんたこ焼き好きだったの!!?」

 そう言って驚いたということを言う中森さん、そしてその隣りには羨望せんぼうの眼差しとも言えるほど見開いた目をして私を見つめる西奈さん。

「あ、うん。実はたこ焼きが好きなんだ…」

 言って、私は照れたように右下に目を逸らしてしまう。

「意外、ね!」

 言って西奈さんは中森さんに目配せする。

「うん、どっちかというと…」

 と中森さんが言い出すと。

「噛井さんってスポーツドリンクとか、飲むゼリーとか無機質なイメージがあったよねーー」

 話を乗っ取った西奈さんは言い終えた途端にクシャッと笑った。

「無機質ってなによ! 否定しないけど」

 言うと、私は西奈さんにつられて笑う。こんな甘い話し方をできてしまうのはきっと、姉のせいだと思う。

「自分を無機質だなんて卑下しちゃダメよ」

 途端に、中森さんが恐らく脊髄反射的に私を励ましてくれた。けど。

「え?」

「…え? ん?」

 私は西奈さんと一緒に、疑心を口にする。

「え、ん? なに!? なんかあった?」

 中森さんはこの反応に戸惑ってる様子。

「え、うん」

 中森さんに励まされた私が、言葉にならないリアクションを取ることになった。

「あぁ、分かった」

 私はこの場で起きた現象を理解した。それは多人数で会話していればいつかは起きることだ。

「ゲシュタルト崩壊だね」

 私は言う。

「中森さんが言い始めて、西奈さんが話しの続きをしたことで、あたかも西奈さんが言ったことが中森さんが言ったことだと錯覚して、中森さんが私を励ましてくれたことに違和感を憶えた感じなんだね」

 私は流れで解説したが、果たして如何いか程に分かりやすかっただろうか?

「なるほどこれがゲシュタルト崩壊なんだ。噛井さん難しい言葉してってるね! さすが噛井さん!」

 そうやって私をおだてながらも、西奈さんに肩にボディータッチをしている辺りから、2人の仲の良さが垣間見れて、西奈さんに初対面で言われた。「小学校から一緒だから!」というのを目に見えて分からせられるようだった。

「うん、ゲシュタルト崩壊ってこういうのもあるんだね。1つ勉強になったよ」

 西奈さんはそう言うと、ショッピングモールの入り組んだ道の1つの方向を指さして。

「あっちに、お好み焼き屋さんがあるから売ってるかもよ」

 と言ってくれた。そんな西奈さんの言葉にテンションが上がったのか、中森さんがはしゃぎ出る。

「あっそしたらタイ焼き食べたい! 」


 そんなこんなで6時45分。割り勘で買ったたこ焼きとタイ焼きをそれぞれで食べながら某所に向かっていた。

 3つ分入っていたタイ焼きの小袋を抱えている中森さんが言う。

「もうすぐだね〜」

「そうだね」

 私は振り向いて相槌をする。私は横並びになった2人の前を歩いていた。

「ホントに持たなくてもいい?」

 西奈さんが中森さんと荷物持ちの押し問答をしている。

「いいって、私言い出しっぺだし!」

 中森さんは言いながら小袋を胸の内に抱きしめる。私はその様を眺めていたら、物体が中森さんの胸元をめることでそのバストの形があらわになったのだが、その大きさに私は胸の内で恐れおののく。文字通り胸だけに。

「あおちゃんって反則よねー」

 その西奈さんの声があまりに冷淡な口調だったので表情を見ると、見るも無惨な真顔だった。

「そうかな、私は別に…」

 私がそう言おうとしたのを、西奈さんが遮る。

「噛井さんは十分あるからいいよね!」

 と突然畳み掛けたのだった。気持ちは分からなくないけど、そう言おうと思った途端、左側に見えていた住宅のドアがガチャンと音を立てて開いた。

 やばい、うるかったかな怒られるかな? そう思ったけれど、ドアから出てきた男性を見て私たちは硬直する。黒い服の男だったからだ。

「…え」

 私はこの不意打ちに声を漏らすが、後ろの2人も同じような顔をしていた。

「カシャ」

 この事態に硬直してしまった中森さんが小袋を落してしまった。私は嫌な考えが浮かんだ。あの男がこの物音を聴いて私たちを見つけて暴力を振るのではと。この時こめかみに冷や汗をかいていたと思う。

 ふと思い出して男の方を見返す。と、目が合う。

「君が泣く その宵闇が 冷たくて」

 その衝撃に思わずうたってしまった。

 クスッと、後ろから笑い声が聞こえた気がする。けれど目が合っても変わった様子もなく、黒い服の男は出かけて行った。


 期せずして、今日の目的を果たしてしまったのだけれど。これからどうしようか、解散してしまおうか。そう思った時、人気ひとけに気づいて上を見上げる。

 そこはさっき男が出てきた住宅の2階、明るい部屋の窓から上半身を出して、スナップを効かせた右手二本指の腹でタバコ縦に持ち、夜空を眺めている女性がいた。それはよく、タバコを吸う人はカッコよく見えるという価値観が流行るという謎をその姿で納得させてくるような、凛々しくて儚げな強さを思わせる美しさがあった。

 私は2人をよそにして見入っていたが、少ししてその女性に見つかると、声をかけられた。

「なにお嬢さんたち、おうちでご飯を食べてる時間でしょ。帰らないと親御さんが心配するよ」

 その声はそこはかとなく、包容力を思わせる節があり、男性のことを聞こうとも思ったがそれでも丸め込まれてやろうという気になってしまった。

 男の件もあり、2人はもう夜道を楽しむ余裕はなかったし、今日のところは解散することにした。

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