第3話 《ポジティブマシーン副会長 中編》
「おはようございます! 今日からお世話になります噛井憂です。好きなインフルエンサーは『人間は万物の尺度である』のプロタゴラスと『嫌われる勇気』のアドラーです! よろしくお願いします! 」
こう言っておけば、誰から話しかけられることもないはずだ。よって私は陰キャとして学業に勤しむことができるというわけだ。
「では、あちらの窓際の席にお願いします」
先生の指示に従って席に着く。
窓際は空が見られるから考想に老けるには向いている。これが先生の計らいだとしたら、私には敬愛に値するほどだ。
「えーー『人間は万物の尺度である』は集団の中で全ての人の真理、つまり
なんと先生がカバーしてくれた。年長者の知恵袋とはいえ哲学を噛じるとはセンスがある。しかし肯定的な意見を発してしてまうと私の友達を作らないという目的がパーになってしまったではないか、コイツ余計なことをしてくれた。それを差し引いても良い顔をしている。
「転校生が入ったので先生は改めて自己紹介をしようと思います。先生の名前は
そういうとクラスに笑いが巻き起こる。イケメン先生の意外な弱点というのは生徒からしてウケがいいのはよくある話だ。
「私は『嫌われる勇気』の方は無学なので興味があったら噛井さんに話しかけてあげて下さい」
おい私に注目を集めるなクタバレ。
「そいえば今日は水曜日でしたよね」
そういうと水樹先生はおもむろに、黒板を
「あっ今日の日直は誰だったかな? …
水樹先生は茶化すように言うと、またクラスに笑いが起こる。そうしてる間に教卓側のドアがガラガラと開かれる。
「あっ、佐藤先生おはようございます。では私は失礼します」
こうしてホームルームを終え、科目担当の佐藤先生による国語の授業は終り、放課になった。
私は次の授業の準備をしながら、また一人言を漏らす。
「登場人物の心情に寄り添って答えなさい…」
そんなよくある問題が頭に残っていた。
人間観察は得意な部類だけど、答えがない問に予め答えが設定されているなんて、可笑しい話だといつも思う。
「ねぇ、自己紹介おもしろかったよ!」
頭の上から、そんな声がした。見上げるとそこにはクラスメイトが立っていた。
あぁ、井上先生の回し者か感化された単純な野次馬かなと思った。
「ありがとう」
そう言って私は笑う。
「私、
そういう千景さんは、いたずらっぽく笑う。タレ目が可愛い子だった。
「でもなんで私みたいな子と仲良くなりたいの?」
極力人と話をしたくない、でも敵は作りたくない。だから当たり障りのないラインでナチュラルにトゲのあることを言う。
「う〜ん、わたしわねーー私に出来ないこてができる人が好きなの!」
なるほどなるほどこの人はあれはだ、末っ子タイプというやつだ。千景さん自身、甘え上手だし甘える先を探すのも得意なタイプだ。
「そうなんだ。でも私って難しいことしか考えるの得意じゃないし、分厚い本とか読むの趣味だし、私たちって合わないんじょないかなって思う。千景さんの時間がもったいないよ」
私はあたかも親切心で言っているかのような雰囲気を
「えぇー時間がもったいないなんて考えないでよーー。私は憂さんの趣味の哲学? 将来的にもすごい役立つと思うから一緒に学びたいなーーって思うよ?」
なるほどそう来たか。コヤツもなかなかコミュ力強者らしい。
「あっそうだ。憂さんのこと憂ちゃんって呼ばせて! お願い!」
そう言って千景さんは座っている私の顔の高さで両手を合わせる。
「えぇー、別に私は友達欲しくないし」
これが私の最終奥義、別に友達欲しくない。これは友達という関係になる為のハードルが高いことを示しつつ貴方に興味ありませんよアピールができる。実に実践的な言葉だ。
「でもでもっ、お願いっ!! 後生ですから!」
千景さんは言ながらいたずらっぽく笑っている。客観的に見れば可愛いだろう。しかしこの場における私は学内で交友関係を持つふ意志がなく、よって下手に出た時点で詰んでいるも同然なのだ。
「むり、あっち行って」と言おうとした瞬間。
「噛井憂さ〜ん、副会長が呼んでるよーー!」
と呼ばれたのだ。
呼びかけてくれたあの人は、確か学級委員を務めている安藤さん。副会長とはなぜだろう…会長なら朝の件があるのでなくはないだろう。そう思って教室の入り口を見る。
「あっ……」
私は思わず立ち上がる。…逃げなくちゃ。
しかし立ち上がってしまったことで副会長と思しき人と目が合ってしまう。というか、朝に接触したあの生徒会長だった。
つまり、タスキを見て生徒会長だと思ったのは私だけで、実は副会長だったということか?!
立ち上がってしまったからには何らかのアクションを取らなければ間逃れることはできないだろうと考え、私は筆箱の中からとあるペンを取り出すと、教室の後ろに歩いて向う。
副会長の待つ入り口は教卓側、こうすることで後ろから外に出てから副会長と対面するのだと思わせることができるのだ。
そして私は入り口を抜けると副会長とは反対側に向かって歩く。
「あっちょっと、逃げないでよ」
後ろでリアクションが起きたことを耳で確認した私は、廊下で
放課として全校生徒に与えられている時間は15分、私立であり優秀な先生は基本的に5分前には各行動していてそれに生徒も習っている。つまりタイムリミットは10分だ。そしたら副会長も自分のクラスに帰ってくれる。
とはいっても非力陰キャな女子高生の体力。朝の件で身のこなしを見た感じでは過去に何かの競技をしていたはずだ。私の足の方が遅いのは火を見るより明らか。
だから私は姑息で小賢しく生きる!!!
私は廊下の人手の多さを利用してグループで固まっている生徒を死角に利用してすれ違ってみたり、廊下の角ですれ違ってみたり。そうまでしても副会長は追いかけてきた。
「ちょっと…ハァハァ、くうぅっ待ってよ!」
「クタバレください陽キャが! 追ってくるな!」
私たちはもう、廊下など走ってはいなかった。どこを走っていたかと言うと、それは階段だった。しかしそこでついに息が切れた。
「やっ…やっと追いついた。…ハァハァ」
副会長はそう叫びながら、手を膝につけて肩で息をしている様子だった。
「……追ってくんなって言っただろっ、追う方が悪いっ!! ハァハァ」
とはいえ私も体力が限界に近く。このままでは煮るなり焼くなりされてしまうと考え、私は更なる作戦を考えた。
舞台は階段の踊り場に移る。
「…ねぇ、聞かせてよ…ハァ…なにか話があったんでしょ?」
そう言いながら私は副会長に歩み寄る。
「ハァハァ。あんたの名前、…教えてよ」
とは言え、まだ私は息切れしたままだった。時は金なり金は気なり。私は時間稼ぎをして体力を回復させるつもりだった。
「ん? 妙ね、で?願ってもないから乗ってあげる。私の名前は
副会長こと仁階堂さんはご立腹のご様子だった。
「自業自得ですよ、あなたも物好きですよね。私なんかにかまって…」
私は思う存分に毒を吐きながら、右手を差し出す。握手の誘いをしているのだ。
「はァ…、私これでも副会長だから、皆の考えが分かればサポートできるかなって、本で行動心理学を学んだりしているのよ」
そうやって言いながらも、副会長は私の手を取る。
「今だ!」
私は心の中で叫ぶ。
私はスカートのポケットに入れていたあのペンを左手で取り出す。そして感触を頼りにクリックする方を
そしてすぐさま左手を
「聞こえてんのよっ!」
「!?」
けれど次の瞬間には私の右手が引っ張られていて、それで私は引き寄せられて副会長も私のペンを避ける為に私に近ずいていて。私て副会長との距離は限りなく近ずいていて…副会長の顔が私の右頬にすごく接近していて。――私は悲鳴をあげた。
「いっっったぁ!」
そしてカタンとペンが落ちる。
どうやら空振りした私の左手を副会長が後ろ手に捕まえて、なんとかというツボを押すなりしてペンを落としたらしい。
「アハハ…さすがだなぁー」
流石の身のこなし、体力からして現役ではないだろうけど、副会長も護身術やってたクチか…。そう思いながらも、私はその場に崩れ落ちる。
「
ビリビリペンに、分かってて引っかかる副会長がそこには居た。
「引っかかるんですね」
言って、私は笑う。
「ん〜、でもこれ首にやろうとしたでしょ。指と違って神経が集中してるから危ないんだからね! もうやらないでよ」
面白いところを見せてくれた副会長だったが、委員長っぽいことを言ってくる。
「あぁ、はい」
可笑しさ半分、面白さ2割につまらなさ3割の返事をする。
それから、副会長は床に座り込んでいる私に手を差し伸べてくれる。
「一応同級生だから好きに呼んでくれていいわよ」
なんとも優しい言葉だった。
呼び方か…、そう思ったとき不思議と千景さんのことを思い出した。
「じゃあ、ひなっちで」
言いながら副会長の手を取る。
前の学校では教室の片隅でこんな感じのニックネームが飛び交っていた記憶がある。
「却下」
却下された。
私は立ち上がるとそのままひなっちの手を握ったままにする。
「?」
ひなっちの顔には
私はひなっちに接近しおもむろに右足を股の下に差し込む。
「?」
私はおもむろにひなっちの左足の膝の後ろに右足を絡める。
「なんなの? そういう趣味の娘は他にもいたから理解はあるけど私は違うわよ?」
ひなっちは早口だったが、それは別として私はひなっちの右腕全体を両手で引き込み隙を生まない動きを見せる。
「?!!」
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