ラゼラータの剣士

鈴音

剣士フルゥ

1.出会い


大きな大陸の端にある小さな国ラゼラータ。ここは、世界中から多くの人が集まり、出来ました。そして、そんな人たちにつられて、多くの神様や精霊も集まりました。その神々と、人々が手を取り合うことで、今みんなが楽しく暮らすことが出来ているのです。

―なんて、ちっとも面白くもない社会の授業が終わって、1人の女の子が学校から勢いよく飛び出してきました。

本がぱんぱんに詰まったかばんを重たそうに背負って、今日はいつも通らない道に何があるか、探検してみよう!なんて楽しそうに笑っています。

さて、彼女が飛び出してからしばらくすると、いつもより静かな住宅街に入っていきました。背の高い木や塀が並び、少し窮屈に感じます。

何か面白いものはないかな?ときょろきょろ見渡していると、ひゅん!と、軽やかな音が聞こえてきます。

なんの音だろう?気になって、音の方向に向かいました。

歩いた先には、他の家より少し低い塀の家がありました。その庭で、一人のおばあちゃんが細い棒のようなものを振るっています。

真っ白な髪の毛に、可愛らしいふりふりのスカートのおばあちゃんが握っているのは、1本の剣でした。それを、まっすぐ振り下ろしては返す刀で斜め上に切り上げて、素早く構えなおしてから何度も同じところに向かって突き刺すような動きを繰り返します。

その動きがとてもかっこよくて、わぁ…なんて声をもらしながら見ていると、剣を鞘に収めたおばあちゃんがこっちに振り返りました。

「おや、こんにちは。どうかしましたか?」

ちっとも疲れたようすを見せず、笑って聞いてきたので、少女も答えました。

「えと、今学校から帰ってきたんです。そしたら、おばあちゃんを見つけて…その、とってもかっこよかったです!」

少女が楽しそうにそう言うと、おばあちゃんは少し照れて

「あらあら、そんなこと言ってくれて、とても嬉しいわ。よかったら、お茶でも飲んでいって。ね?」

と、家の中に手招いてくれました。


2.剣士 フルゥ


少女とおばあちゃんは、2人でお茶をしながら、色々なお話をしました。

おばあちゃんが元々、遠い国の貴族で、なんでも知っていること、けど家事は全然できなくて、家がちょっと散らかっていること。

そしてなにより、おばあちゃんの剣の話です。おばあちゃんの剣は、小さい頃から大事にしていた剣で、剣の名前は「イウ」。この国に来る旅の道中で、何度も助けられたの。と、懐かしむように話す姿がとても印象に残りました。

そんな話をしていると、もう日は傾いていました。そこで、少女はダメ元でおばあちゃんに頼み事をしました。

「これから毎日来て、剣を習ってもいいですか?」

おばあちゃんは驚いて、目を丸くしました。ですが、少し考えたあと、微笑みながら

「わかったわ。けど、すぐに剣は触らせないわ。まずは、お勉強を頑張りましょう」

この答えに、少女はとても喜びました。剣だけでなく、こんなに素敵なおばあちゃんから沢山のことを学べる!少女は、何度もおばあちゃんに手を振って帰りました。


3.勉強と修行


少女は早速、毎日の放課後と、土曜日におばあちゃんの家を訪れました。友達には内緒にしたけど、お母さんはきっと心配するから、お母さんにはちゃんと言いました。

勉強の内容は、国の歴史とか、貴族の作法とか、難しいものばっかりだったけれど、おばあちゃんの教え方がとっても上手で、夢中でお話を聞いていました。

そして、小学校を卒業する頃には剣を持たせてくれるようになって、筋トレをしながら少しづつ剣術を学び始めました。

最初は剣を抜くのも、収めるのもままならないほどだったけれど、1ヶ月もすれば慣れてきました。

剣を振るときも、剣先がぶれて、体が引っ張られて何度も転んでしまったけれど、たったの1年で私より太い巻藁をすぱすぱ切れるようになりました。

毎日放課後、おばあちゃんに勉強と剣を習って、修行する。それが日常になってから更に数年の時が経ち、少女は春から高校生になります。

ですが、この日常は、ここで終わってしまいました。

おばあちゃんが、倒れてしまいました。

「もう、歳なのよ。だからそんな顔をしないで…ちょっと、無理をしすぎちゃったのね」

少女はそれから、修行をしながらおばあちゃんの介護をしました。しばらくすると、起きて手を動かすほどには元気になったようで、毎日手紙を書いていました。

ですが、それも長くは続きませんでした。もうすっかり細くなった手を握りながら、少女はおばあちゃんの最後の話を聞きました。

「机の上にあるお手紙、あそこに、私が伝えたいことが全部書いてあるわ。…随分と長生きしたからかしら、多少の無理も平気だなんて嘘をついて…私、ダメな先生ね。まだまだ教えたいこと、あったのに。…よく、聞いて。あなたは今日からフルゥ。私の名前を、あなたにあげます。手紙を読めば、その意味がきっとわかります。きっとあなたも、同じ。その力を、みんなのために…」

そこまで話して、おばあちゃんはゆっくりと瞼を閉じました。でも、フルゥは決して泣きませんでした。貴族は、辛くても、苦しくても、泣いてはいけないと、教えられたからです。


4.使命


フルゥは、高校生になりました。おばあちゃんとの別れや、新しい生活で慌ただしくて手紙を読む間もなく、ばたばたしているうちに命名式が始まろうとしていました。

ラゼラータでは、16歳になる年の初めに成人を迎えて、自分の宗教にあわせた名前を与えられます。ですが、フルゥはどんな神様も信じていないので、自分で決めることが許されました。

名前も決まって、ようやく落ち着いてきた頃、おばあちゃんの手紙を読みました。

そこには、目を疑うようなことが書いていました。それは

「この国には、神と、精霊だけじゃない、悪いものがいます。あなたには、それを倒す使命を引き継いでほしいのです」

フルゥは、最初なんのことかまったくわかりませんでした。神や精霊じゃない、悪いもの?そんなもの、見たこともありません。でも、おばあちゃんがそんな冗談を言うとは思えません。なので、手紙を最後まで読んでから判断することにしました。

「私がこの国に来た時に、ある少女に助けられました。その子はとっても小さいのに、その悪いもの…トザマという化け物と戦っていたのです。トザマは、森の中に住み、ときおり街にやってくるのです。それを倒すのが、私の使命でした。トザマのことは、いずれわかるでしょう。疑うのなら、森に行ってみてください」

…最後まで読んでも、フルゥは首をかしげるばかりです。

でも、わからないばっかりなのは気にいりません。おばあちゃんの言うことが本当なのか、森に行って確認することにしました。

ラゼラータは三つの山と、その前に広がる森に囲まれ、街の正面には大きな海が広がっています。フルゥが住むのは、海から見て右側の山に近い辺りです。

フルゥも含めて、多くの子供は森に近づいたことはありません。森の中は薄暗く、荒れていて、とても危険だからです。仕事のために森に入る大人もいますが、彼らは武器を持って入ります。

フルゥも、おばあちゃんの形見の剣、イウをしっかり握りしめて森に入っていきました。

ちなみに、このイウには精霊が宿っているそうなのですが、そんな感じはしません。普通の剣のように感じます。

森の中の道は石や太い枝でボコボコで歩きにくく、どこかからか動物の唸り声のようなものが聞こえてきます。

しばらく歩いていると、突然、剣が震え、熱を帯びました。火傷しそうな程に熱いのに、手は剣から離れません。そして、とくん、とくんと鼓動のようなものが聞こえてきました。

それに合わせるように、がさり。と背後から物音がしました。そこにいたのは、全身がとげとげしく逆だった、二足歩行する狼のようなものがいました。

ぐるるるると、唸りながらこちらを睨み、今にも飛びかかってきそうな化け物に、フルゥは身がすくむ思いがしました。けど、手に持った剣がさっきよりも熱く、どくんと激しく鼓動したのを聞いて、フルゥは、素早く剣を構えました。

「来るなら…来い!」

フルゥが叫ぶと、狼はドンッ!と大きな音と共に、凄まじい速さで襲ってきます。ですが、フルゥにはその動きが見えていました。

それに驚くのも束の間、フルゥは狼に負けないほどのスピードで飛び出し、すれ違いざまに狼に一太刀浴びせて、すぱっと真っ二つにしてしまいました。

あまりの早業に、フルゥ自身がとても驚き、ぽかーんとしていました。そして、気づいた頃には剣の熱は収まっていて、自然と手から離れていました。

そこで、フルゥはある昔話を思い出しました。遠い昔、神々と人間との戦争の中で、どちらの味方にならず、共通の敵である化け物と戦い続けた、英雄の話。その英雄の名前は、フルゥ。その言葉の意味は

「何よりも気高きもの…か」


5.トザマの謎


それからの日々は、今まで以上に大変なものになりました。街にトザマが現れると、イウが教えてくれるので、急いで向かっては倒しました。

イウが熱を持って、トザマと戦う時は不思議なほど力が溢れてきて、どんなに大きなビルも一跳びで越えられそうなほど。小さな国なので、端から端までそんなにかからず移動することが出来ました。

それと、最初はどうして私が…なんて考えていたのに、トザマのことを調べたり、襲われた人を助けた時に、ありがとう!とか、かっこいい!と言ってくれたのがとても嬉しくて、次第に戦うことが楽しくなっていました。

ですが、 私が戦っていることはなるべく隠さないと、他の人たちが怖がってしまう。そう思って、あまり派手には戦わないように心がけました。

そうして何度も戦ってきましたが、まだまだわからないことがあります。それは、どうしてトザマが生まれてくるのか?です。

街の図書館や、歴史の研究をしているという先生にもお話を聞きましたが、これといった情報はありません。

戦いが終わったあと、トザマを調べようと近づいても、すぐに真っ黒な煙になって消えてしまいます。

気になって、気になって、どうしようかと考えていた、そのときです。おばあちゃんの手紙を読み返して、あることを思いつきました。

なので、早速森に向かいました。

森の中には、昔おばあちゃんを助けたという人が住んでいるかもしれない。そう思ったからです。

本当はこんな気軽に来ては行けない場所なので、しっかりと注意深く歩き続けて、森の奥まで行くと、突然ぽっかりと木のない空間が現れました。

そこには、まだ新しい薪のあとと、動物の骨が転がっていたので、ここにいるかもしれない。と思い、人が来るまで待つことにしました。

森の木や、地面に生える花を観察しながら待っていると、突然、音もなく一匹の猫が現れました。しかも、とんでもなく大きい猫です。フルゥを5人くらい乗せれそうです。

その猫の背から、2人の女性が降りてきました。1人はフルゥと同じくらいの身長の女の子で、歳も近そうです。もう1人は、妙齢の女性で、かなり身長が高いです。その身長と同じくらいの長さの槍を手に持ちながら、フルゥに

「お前は何者だ。ここで何をしている」

と、聞いてきました。フルゥは

「私はフルゥです。トザマの謎を聞きたくて、来ました。」

と、答えました。すると、槍の女性は驚いた顔をしてから、少し考えて、名前を教えてくれました。

「私は、シィエネ。ここでトザマと戦っている。お前は、あの旅人の娘か?」

あの旅人、つまりおばあちゃんのことです。フルゥは首を横に振り、けれど、街にでたトザマを倒す使命を引き継いだと話しました。

「そうか、彼女はもう…そこに座ってくれ、トザマのことを話してやる」

槍を置いて、薪の近くに腰をおろすシィエネは、猫と、もう1人の少女に

「少し見回りに行ってくれ」

と、席を外すように命じました。少女は猫の背に乗り、暗い森の奥に消えていきました。

「さて…トザマのこと、だな。といっても、話すことはそう多くない」

話し始めたシィエネは、山をじっと見つめました。

「この国は、世界中から人が集まった。その多くは、恨みや、怒りを抱えてきたんだ。…戦争で自由を失った人。家庭の問題で愛する人を失った人。信仰の自由を失った人。そんな彼らの、悪意が渦巻いて、トザマは生まれる」

目をつぶり、一呼吸おいてから、シィエネは続けます。

「他の国にも、いないわけじゃない。私の先祖はここよりもっと遠い国で生まれた。けれど、ラゼラータは特にトザマが強くなる。だから、私たちだけじゃ手が足りない」

シィエネと、目が合いました。

「押し付けるようだが、君には戦ってもらわないと困る。だから、頑張ってくれ」

話終えると、今日はもう帰りなさい。と、言われました。そして、もう森にこないほうがいい。とも、言われました。


6.戦う意味


シィエネからトザマの話を聞いてから、フルゥはしばしば考えごとをしました。このトザマを生み出すほどの悪意を持った人達は、今幸せなのか。と。

高校の歴史の授業などで、この国のことはよく学びました。この国は、逃げてきた人達の国だということは。ですが、逃げてきた先で幸せになれなかった人もいるのかもしれない。そう思うと、少し嫌な感じがしました。

そんなことを考えて戦っていたある日のことです。フルゥは、信じられないものを見ました。

全身真っ黒な服の男が、トザマを捕まえようとしているのです。そんなこと、してはいけないと叫びながらトザマを倒すと、男は舌打ちをして、フルゥに石を投げつけてきました。

フルゥは、何も理解出来ず、走りさる男の背を見送りました。

その日から、少しづつ異変が起き始めました。

いつもは、感謝の言葉や、賞賛の声をかけてくれた人達が、なにか恐ろしいものを見るような目で見てくるのです。フルゥは、どうしてそんな目で見てくるのか、理解できませんでした。

それどころか、トザマを倒したフルゥを化け物女と呼び、色々な物を投げてくる人までいました。

高校でも、クラスメイトが自分を避けて、先生はイウを取り上げようとしてきます。いままで、そんなことをして来なかったのに。

フルゥは、なにもわからないまま、戦い続けました。ですが、戦えば戦うほど人から恐れられ、悪口を言われます。

いつしか、フルゥはこんなことを考えました。

「今、私が戦ったら、街の人達の悪意でトザマが生まれて、もっと嫌なことを言われる。そんなの、嫌だ。」

フルゥは確かに強い剣士です。でも、一人の女の子でもありました。

フルゥはその日から、家にイウを置きっぱなしにするようになりました。

そうして戦いから距離を置いたことで、どうしてこんなことになったのか、理由がわかりました。SNSで、フルゥに向けたたくさんの悪口が書かれていたのです。

怖がる人を勇気づけるための笑顔が不気味と言われたり、トザマと戦う力を恐れて国から出ていけ、と言われたり、みんな言いたい放題です。

フルゥはすっかり戦う気を無くしてしまいました。どころか、外に出ることさえ怖くなってしまいました。また、見知らぬ誰かに石を投げられたら。なんて考えて、布団に潜り込んだまま出てこなくなってしまいました。

そうして亀になってから、三日ほどが経ったときです。夢の中に、一人の女の子が出てきました。その子の顔は見えなかったけれど、フルゥは彼女が泣いているように感じました。どうしたの?と尋ねると、女の子は

「だれも、たすけてくれなかったの」

と、フルゥを指さして言います。フルゥはそれに、なにも言い返せず、黙ったまま。すると、次から次へと人がやってきて、助けてほしかった。どうして、戦ってくれなかったの?と、フルゥを責めます。それでも、フルゥはなにも言えません。

気づけば、何百人という人がフルゥを囲んでいました。それが怖くて、耳を塞いでも、彼らの声は頭の中に響いてきます。もう、やめて。という声は、彼らの声にかき消されました。

彼らの責める声は、しだいに悪口に変わりました。化け物とか、出ていけとか、人殺しなんて声も聞こえてきました。けど、フルゥはそんなことしていません。ずっと、誰かを助けるために戦ってきたのです。

もう、限界です。そう思ったとき、突然腰の辺りが熱くなりました。そこには、さっきまでなかったはずのイウがあります。そして、背中を優しく叩かれて、フルゥは飛び上がりました。

そこにいたのは、おばあちゃんです。それも、とびっきり若くて、綺麗な昔のおばあちゃんです。彼女は、フルゥにこんな言葉を投げかけます。

「あなたの名前の意味、忘れたの?」

そう言って、にっこり笑いながら、消えていきます。名前の意味。そう、フルゥは

「…気高きもの。そう、誰よりも強くて、みんなを助ける。見返りもないのに、誰にでも手を差し伸べる。そんな、気高き剣士。それが、私!」

そこで、夢が覚めました。布団から飛び出すと、机の上に、イウと、一枚の手紙がありました。

「フルゥへ。

あなたがこの手紙を読む頃、きっと誰かがあなたを恐れ、疎ましく思い、傷ついていることと思います。けれど、思い出してください。あなたが助けた人全員が、あなたを恐れ、感謝を忘れたのですか?あなたの力で、助かった人も多いはずです。私も、何度も辛い思いをしました。けれど、どんなときでも、私が戦うことが出来たのは、助けた人達がいたからです。それを、決して忘れないでくださいね。」

そう、おばあちゃんはなんでもお見通しでした。きっとこうなるだろうとわかったうえで、この手紙を残したのでしょう。私は、おばあちゃんと、イウに何度もありがとうと言い続けました。


7.黒幕


さて、立ち直ることが出来たフルゥは、早速行動を始めました。私に対して悪口を言う人達の裏には、きっと黒幕がいる。その人たちが人々の悪意をあおって、トザマを増やしているんだ。

でも、誰なんだろうか…と、頭を捻っていると、ふとあの真っ黒な男を思い出します。あの男は、トザマを捕まえようとしていました。きっと、トザマを使って悪事を働こうとしているに違いありません。

フルゥは、どうすればいいか、考えました。

考えて、出た結論は、戦うことです。

トザマと戦って、数を減らし、人々を助ければきっと痺れを切らして現れるはず。フルゥは、イウを掴んで、ご飯を食べてから家を飛び出しました。

フルゥはすっかり忘れていたのですが、二日前から学校は夏休みに入っており、一日中自由に動くことが出来ました。

なので、まずは手当り次第にトザマを倒すことにしました。

街の中はひっそりとしており、そこかしこにトザマがいます。きっと、シィエネも苦労しているでしょう。フルゥは、改めて自分のほっぺを叩いて、気合いを入れ直しました。

時間をかけていては、フルゥも疲れて倒れてしまう。そこで、全力で走りながらすれ違いざまに切り倒す辻斬り作戦を実行しました。

ばらばらに散っているトザマ目がけてジグザグに走り、斜めに切り下ろしてはそのまま横一閃になで斬りにして、何体も並んでいるものは素早く懐に潜り込んで正面からまとめて突き刺して倒しました。

また、今回初めて空を飛んでいるものを見つけました。ですが、イウと一緒に戦うフルゥの跳躍力は、半端ではありません。電柱を足場にかけあがり、空を飛ぶトザマをたたき落として、着地の勢いを殺すためにトザマの上に落下しました。

街の人達は、そんなフルゥをちらちらと家の中から覗いています。一部の子供たちは、ヒーローを見るような目で見てきますが、親が家に引きずりこんでしまいました。そんな人々に、フルゥは小さく手を振って、笑いかけます。

「もう、大丈夫です」

それを見て、驚く人や、信じられないものを見るような目で見てくる人もいましたが、気にせず次のトザマを倒しに行きました。

そうして倒していると、不思議な光景が見えてきました。私の他にも、トザマと戦う人達がいます。フルゥは、精霊の宿った剣があるから戦うことができます。ですが、普通の人はトザマと戦うなんて無理なはずです。

でも、よく目を凝らしてみると、彼らは人間ではありません。不思議なタトゥーがあったり、動物のような足を持っていたり、死神のような大きな鎌をもっていたり。そう、彼らはこのラゼラータに住む人々が信仰する神々なのです。

それだけではありません。たくさんの精霊もいますし、彼らに混じってシィエネの姿も見えます。

私一人じゃない。そう思ったとき、後ろからたくさんの声が聞こえました。

そこには、街の人達がいて、フルゥ達を応援したり、口々に謝ったりしています。そう、彼らは騙されていただけ。そのことに気づいて、フルゥ達と一緒に戦ってくれるのです。

フルゥはそれが嬉しくて、よりいっそう力が湧いてきます。

フルゥはあっという間に国を縦断し、目に見えるトザマを倒しきりました。ですが、あの男は出てくる気配がありません。

いつ、現れるかはわかりません。街の人達にも注意してもらいながら、決戦のときを待ちます。

求められるままに街の人と握手をしたり、お話をしていると、ずどん!と、大きな音をたてて、一体のトザマが空から降ってきました。ぶくぶくと膨れた、怪獣のようなトザマの手の上に、あの真っ黒な男がいました。

「くそ!あと少しだったのに…余計な真似を!」

男は地団駄を踏みながら、叫びます。

「あなたの目的は何!どうして、トザマなんかを増やそうとするの!?」

フルゥが叫びかえすと、男は、びたりと動きを止めて、にやにや笑いながら答えます。

「何のために…?決まってるだろう、それが、人間の本性だからだ!人間は、他人を傷つけ、貶めることが本性!俺は、みにくく争う人間を見たいんだ!」

笑いながら、語る男を、フルゥは静かに見据えて、剣を構えます。そして、男にこう告げます。

「あなたの理想を、私は許さない。誰もが自由と平和を求めて来たこの国に、争いはいらない!」

フルゥは勢いよく跳びあがり、トザマに切りかかろうとします。しかし

「無駄だァ!」

男が指示を出すと、トザマはその大きな体からは信じられないほどの速度で尻尾を振るい、周りの建物ごとフルゥをなぎ払いました。

そのままフルゥは家の塀に叩きつけられ、血を吐きながらぐったりとしてしまいます。イウのおかげで多少痛みは和らいだとはいえ、かなりの重症です。剣も、手から離れました。

「ふははははは!!残念だったなぁ、ヒーロー気取りのガキぃ!こいつはお前に対する悪意から生まれた!お前を倒すことが、こいつの生まれた理由!絶対に、倒すことなんか出来ねぇよ!」

朦朧とする意識の中で、男の声が聞こえてきます。私に対する悪意から生まれたトザマ。そう、きっとそれは恐ろしく強く育つことでしょう。けれど…

「なら…だったら、私が倒さないと…!」

フルゥは、がくがくと震える足で必死に立ち上がり、トザマを睨みつけます。男は、喉を鳴らして怖がりますが、すぐに

「ふっ、ふん!そんなぼろぼろで、何ができるって!?お前はもう、負けたんだよ!」

…男の言う通りです。フルゥはたったの一撃で、既にぼろぼろです。それでも、トザマを睨む目には強い力と光が宿っていました。

「…イウ、お願いがあるの。私は、ここで終わってもいい。だから、全力を貸して」

イウは、それを聞いて、力強く、どくんと鼓動することで答え、すぅっと浮き上がって、フルゥの手に握られます。

フルゥは、イウを掴んだ瞬間、体が軽くなりました。まるで、誰かが私を支えているように。その背を叩いてくれる人がいるように。

それに加えて、街の人達の祈りが聞こえます。あの化け物を倒してくれと、私たちを助けてと。

フルゥは、それを聞いて、なんて自分勝手なんだろう。と、少し冷たいことを考えてから、それは私もか。なんて、笑って、さっきよりも早く、勢いよく駆け出しました。

「はぁぁー!!!」

ちょっと似合わない叫び声と共に、振り回してくる尻尾を躱し、時には切りつけて、胴体を一気に駆け上ります。よく見ると、その体には他にもたくさんのトザマが埋まっており、何度も襲われましたが、いまさらこの程度じゃ止まりません。

「ま、まて!落ち着け!今こいつが消えたら、俺は落っこちて死んじまうぞ!?お前、それでもいいのか!」

男の命乞いが聞こえてきますが、ちらりと地上を確認してから、無視します。

あと、一歩、二歩、三歩。数えながら頭のてっぺんまで登り、そこからもっと高く飛び上がり、街を、国を見下ろしながら、色んな人達の願いを胸に抱きながら

「あああああああ!!!!」

その剣で、一気にその巨体を真っ二つにするように、落下の勢いでトザマを切り倒しました。

トザマが落ちてきた時以上の音と、地面の陥没のあと、真っ黒な煙と土埃のなかで、フルゥは仁王立ちで笑っていました。

うわぁーーなんて間抜けな声で落ちてくる男を、シィエネがキャッチしたのを見届けてから、大声で

「もう!大丈夫ですよ!!」

この一声で、全て終わったことを知らせたのです。


8.その後


この戦いの後、フルゥは英雄と呼ばれて、沢山の人から感謝されました。

街の人たちも、フルゥへ感謝以上に謝罪の気持ちを伝えて、フルゥも全て許しました。

結局、あの後もトザマはちょこちょこ出てきますが、頻度は多くありません。ようやく、フルゥはゆっくりと学校生活を送ることが出来ました。

その高校生活も終わって、フルゥは大学に行き、卒業してからは仕事をしながら後継者を探していました。あの戦いの後、おばあちゃんから貰った剣が折れてしまったのです。

実は、フルゥの使っている剣はおばあちゃんが持っていたものではありません。遠い国から取り寄せた特注品で、おばあちゃんが亡くなったあとに精霊のイウが宿ったのです。

一応、替えの剣は用意していましたが、この国で修理することは出来ないことを知りました。

そこで、おばあちゃんの故郷の国や、世界のさまざまな国を旅して、剣を直せる所を探そうと考えたのです。

もちろん、イウは後継者に引き継ぎます。

といっても、後継者はすぐに見つかり、教えられることも全部教えました。新しい剣も与えて、後は引き継ぎです。

その、引き継ぎの前の日。フルゥの名前を渡す前に、お墓参りをしました。おばあちゃんに、許可を貰うのです。

「あの子は、とってもいい子で強い子。だから、大丈夫だよね?」

訪ねても、答えは帰ってこない。わかっていても、少し寂しいものです。ため息をつきながら、くるりと来た道を帰ろうとすると

「よく、頑張ったね」

と、おばあちゃんの声が聞こえました。でも、消して振り返りません。涙も、流しません。それが

「「貴族の在り方。だからね」」


9.フルゥは成人を迎えて、引き継ぎを終えた後継者に見送られて、旅に出ました。腰には、二本の剣があります。片方は、おばあちゃんの形見の剣。もう一本は、後継者に剣を渡す時についでに頼んだ剣です。前の剣は、後継者にそのまま渡しました。

その二本を大事そうに撫でて、彼女は歩きだしました。トザマ以外にも、困りごとを抱える人は多いのです。彼らを助けるためにも、もっと強くなろう。

名も無き旅人は、今もどこかで戦い続けるのでした。

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