第10話 エピローグ

 ────長い、長い夢を見ている気分だ。

 まるで海に沈むかのように、冷たくて、暗くて、黒い世界。

 私はだんだん底へと向かう。

 果たして底に何が待っているのかは、てんで分からない。

 ただ漠然と、まだ辿り着きたいような気分ではなかった。

 しかし、抗う気力が湧いてこない。

 これは、ある種の諦念ていねんなのかもしれないな、とふと思う。

 考えるだけで、動けない。

 それはきっと、心が負けているから。

 ………何か、きっかけが欲しい。

 上へと向かう理由きりょくがあれば、私はまだ頑張れる、はずだ。

 だから、何か─────────。


 ───────何かが私の腕を掴んだ。


 それは、ありえないほど冷たくて、だけど、同時にはっきりとしたがあった。

 そいつが、私を上へと引っ張る。

 しかし、それだけ。

 少し上昇した程度で熱は消えた。

 まるでそれは、後は自分で泳げかと言うように。

 ………そうだ。ここからは私の番だ。

 アイツが示した以上、生きることを選択した私が諦めるのは論外だ。

 必死に、上に向かう。

 誰のためとかではなく、ただひたすら自分のためだけに、私はうえを目指した。

 ───だんだんと、あたりが明るくなる。

 それは、もうじき夢から覚めるような、そんな感覚に似ていて────────────。


   ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「それで!そのあとどうなったの!?」

「………話は最後まで黙って聞くものよ、ナツ。…

 ……そうね、このあと病院に運ばれたその子は紙一重で助かった。奇跡的だ、ってお医者さまに言われたわ。はい、これでめでたしめでたしよ。早く寝なさい」

「えーー。なんでそんなオチがテキトーなのー」

「その子はそのあと死神さんとお付き合いしたの?」

「いや、ナイナイ。そんなの姉さんが相手見つけるくらいありえないよ。第一死神さんはその子の名前も聞かなかったんでしょ?脈なしだよ」

「………アカリ明日覚えてなさいよ。さぁ話はしてやったんだから、みんなとっとと寝なさい。神父さまに怒られたくないでしょ」

 はーい、と目の前にいる子たちが返事をする。

 はぁ、と小さなため息を吐く。

 子どもの寝かしつけにすら手こずるなんて。

 果てには、「何かお話聞かせて、そしたら寝る」と言われたものだから………あくまで体験談ではなく、作り話のようにあの出来事を語ってしまった。

「…………まぁ、いいか」

 なぜなら、そんな自分も含め、私は今の自分に満足しているのだから。



 私はあの交通事故から生き伸びた。

 本当に奇跡的だったらしい。あと一歩遅かったら死んでいた、とまで言われた。

 その後、私は会社を辞めた。

 あそこにいてもなんの得もないからだ。

 どうせなら、もっとやりたいことをしようと思った。

 結果的に、今は孤児院の日雇いシスターみたいな形で仕事に励んでいる。

 子どもたちからは慕われていると思う。……多分。

 それから、死神についてだけど─────目覚めたとき、死神の姿はなかった。

 それ以降も再び会うことはなかった。

 あのときの私は、精神的にかなりやられていた。

 死神なんて本当はいなくて、全ては都合のいい幻覚だったのかもしれない。

 けど───────、

「都合のいい幻覚でも、誤解でも、それで救われたのは事実だから」

 だから、感謝だけは忘れたくなかった。

「ん、そういえばアイツには名前聞かれなかったし、教えなかったな」

 さっきの子───アカリの言葉を思い返す。

 死神アイツには感謝はしてるけど、別に恋愛的とか、そういう感情はない………と思う。

 だから、脈があるとかないとかは正直どうでもいい。

 でも、私の名前を知らないというのは、なんだか歯がゆい気分になる。

 ………まぁ、アイツのことだ。

 名を聞くのは魂を攫う時だけ、とかそういう変なプライドでもあったのだろう。

 考えると馬鹿らしくなってきた。

 これっきりで終わりにしよう。


 ────アイツとまた会えるとしたら、それこそ本当に死ぬときだけだろう。

 どんな死因で、いつ死んでしまうかも、まだ分からない。

 もしかしたら長生きも出来ず、最悪、一人孤独に死ぬ未来になるかもしれない。


 けど───私は私に満足して、絶対に後悔だけはしないように死にたい。


 それが、死神に返せる───────最大級の恩返しだと思うから。

 だから、生きる。

 また会ったときには、「楽しかった」と伝えられるように。

 そして、私の名前を、誇りを持って伝えられるように。

 私は、残りの人生を、精一杯生きてみようと思った。


                END






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死神のアイツと死にたい私 べやまきまる @furoaraitakunai

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