第9話 ひねくれ者のきみ

「あーあ、初めに言ったじゃないか」

 たった今事故が起きた現場から、約200m。

 廃ビルの上で、死神オレは呟いた。

「特にデカい運命───死は絶対に変えられない、って」

 運命力は、全ての事象を収束する。

 アイツの死はすでに決定されていた。

 自己意識を変えても、例えいくら警戒しようとも、せいぜい変えられるのは死因と数時間程度の死期だけだ。

 だから、この結末はいたって当然で、仕方ないと諦めるべきものだ。

「結局、お前に進める明日はなかったんだ」

 ───正直言って、彼女はあわれだった。

 その人生も、不器用さも、世界から見放されたかと思うくらいのレベルだ。

 ある意味では、早めに死ねるのは唯一の幸運だったのかもしれない。

 だけど─────オレはそれが許せなかった。

 最初はただの興味だった。

 オレを認識出来る人間────死期が近い人間に、仕事以外でばったり会うなど、かなり珍しかった。

 晩餐会をしようと言い出したのも、暇つぶしだ。

 特に他意はない。

 本当に、そんな程度の興味だった。

 だが、蓋を開けてみればあの通り。

 幸福がないだの言って、いざ死のうとしても勇気が足らない腑抜け。

 そんなヤツ、死なせる価値すらない。

 だから、死ぬに足る理由をつけようとした。

 アイツが少しでも幸福を感じたなら、それは、人間として生きてるという証拠こと

 つまり、命を刈り取るに足る理由になる。

 これは死神の主義とかそういうのとかではなく、単なるオレのプライドだった。

「…………」

 一つ、完全に想定外だった。

 いや、そうなる可能性ぐらいは考慮していた。

 オレもそこまでバカじゃない。

「何が、生きていたい………だ」

 幸福を感じられるようになったからこそ、明日を望むようになった。なってしまった。

 結局は死んでしまう運命を忘れて、アイツはあんなに幸せそうにはにかんだ。

 その笑顔を見たら、いくら冷酷無比な死神オレでも、真実を告げるのははばかられた。

「………なるほど。これが"悲しい"か。存外良いモノでもないね」

 死神に感情はないはずだ。

 だから、こんな感情モノは偽物で、無意識に作った虚像でしかない。

 それでも────締め付けられるような苦しさがあるのは何故だろうか。

わからない。だけど───アイツはまだ死んでいない」

 かつて、アイツには死者は生き返らせれないと言った。

 死神にそんな権能はない。本職は死んだ者の魂の先導だ。

 だが───特例として、ある権能を有している。

 万が一、不測の事態が起きたとき────例えば、

 それは明確にことわりから外れた行動で、運命力に大きな影響を与えかねない。

 そうした場合、死神は現場判断で、その人の運命力を停止させることが出来る。

 つまりは────死の運命も停止出来る。

「…………」

 一言も発さずに、権能を発動する。

 もちろん、破格な力に代償は付きものだ。

 オレもタダでは済まないだろう。

「死者は生き返らせれない。それは絶対の理だ。けど───まだ死んでない者なら、助けられる。ここから先はお前次第さ」

 遠くでサイレンが鳴り始めた。

 オレの役目は終わった。

 後は────足掻くなり何なりすればいい。



 

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