第5話 止まった時間
「……時間?」
「アレ?てっきりもう理解してると思ってたけど………違った?もしかして無自覚だったのか?」
死神は少し参ったかのように、頭を掻いた。
不思議と、私にはそれが少し癇に障った。
死神の言っているコトがわからない。
なぜここで時間───しかも、家族との時間の話になるのか。
「いつも辛気臭く、自分だけが不幸みたいに振る舞っちゃってさ。年端も行かない子供かよ」
「………だから何?私がガキだって言いたいの?」
「あぁそうさ、だってそうだろ。もういなくなった影を追いかけ続けて、何になるのさ」
死神が私の引き出しを漁る。
「ちょっ……!?勝手に───」
「ほら、あった」
取り出したのは、写真。
色褪せないよう、大事に保管されていたソレは、今一番見たくない物だった。
「ふーん、四人家族か。父親に、母親に、この子は弟くんかな?」
「…………やめて」
「写真はこれだけかい?お前が幼かった時のしか無いようだけど……」
「やめてって言ってるでしょ!!」
大声で怒鳴りつける。
あるいは、悲鳴に近かったかもしれない。
「やめないよ。だって、これがお前の幸福を探す唯一のヒントだから」
「もういいから………。第一感情のないアンタに、何が分かるの?!」
死神がはぁ、とため息を吐いた。
「それを言われるのは痛いなぁ。死神でも傷つくんだよ?まぁ、いいや。話を進めさせてもらおう。このままだとお前の幸せ───時間は永遠に訪れない。なんてったって、それを達成させれる人───お前の家族はもういないんだろうからね」
「………」
「………やっぱりか」
「……どうしてわかったの?」
「たいしたコトじゃ無い。お前は矛盾を抱えていた。人と距離をとりながらも、その実、孤独をひどく恐れていた。会社で一暴れしたのがいい例だ。あれの本当の目的は、誰かに覚えていてもらう為。孤独ではなかったと、意味を残したかったんだろ」
………そうだ。
あれは私を蔑ろにした人をギャフンと言わせるためなんかじゃない。
本当は───忘れないでいて欲しかった。
「そうまでしないといけない理由。それは、お前を覚えていてくれる人間がいない───つまり、家族すらもいないってことだろ?」
死神が一拍置く。
「そっからはただの勘だ。まぁ実際お前から一切家族の話が出てこなかったから、ブラックボックスってのは確かだったけどね」
「………すごいね。私が無意識に避けていたことさえ、わざわざ曝け出してくれて」
「はは、そんなに褒めなくてもいいよ」
皮肉も通じないのか。
なんだか一周まわって、怒りも通り過ぎてしまった。
「はぁ………もういい。それで、アンタは私に何がしたいの?」
「だから最初から言っているだろ。お前の幸せを見つけたいだけだって」
死神は、さも当然のようにそう言った。
「あっそ。で、結局私は何をすれば良いわけ?結婚でもして、また家族を作れとでも?それともアンタが私の家族を生き返らしてくれるの?」
「そう結論を急ぐな。まずはお前の話を聞きたいんだ。こっちが喋り過ぎて、そっちの答えを一切聞いていない。まず、お前の幸せは『家族と過ごす時間』、これは合ってるよな」
死神が落ち着けと言わんばかりに、ゆっくりと喋る。
「………そうだね。多分それが正解かもね」
「多分?」
「………私、幸せってのが何なのか忘れてしまった。家族がまだいた時。そのときは、幸せで溢れていたのは覚えてる。けど、その感覚がなんなのか、思い出せなくなっちゃった」
遠い、遠いきおく。
私がまだ、明日を待っていた頃。
ひょんとした、些細なことをきっかけに崩れてしまった日常。
神の気まぐれで、一人生き残ってしまった、私。
私の時間はきっと、その時止まってしまった。
「………なるほど。そいつは……辛いな」
「ヘンに同情しないでよ。そっちの方が……よっぽど嫌」
そうだ。
私の人生は詰んでいる。
幸せという感情は、未来永劫訪れない。
そんなの、生きる屍と何ら変わりはない。
それなら、いっそ────────、
「だからって───お前は諦めるのか?」
「………え?」
死神は私の眼を真っ直ぐと見つめ、確かに、そう言った─────。
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