第4話 幸せ
会社を抜け出して、しばらく歩いた結果、わたしはショッピングモールにたどり着いた。
最近出来たばかりで、映画館や超大型フードコートなどの施設を兼ね備えており、現在進行形で人気が高い。
実際、平日の昼間にも関わらず、中はおおいに賑わっていた。
行ってみたかっただとか、買いたいものがあっただとか、別にそういうのがあったわけじゃない。
ただ歩いてたらそこにあったというだけで、入ったのは気まぐれだ。
だが、結果的に、残りの財産全てを使い切るいいチャンスになった。
「で、私は何をすればいいかな?」
「オレに聞くなよ………。入ったのはお前だろ」
ついてきた死神がおかしなやつを見るような目で見てくる。
「気づいたんだが、お前が孤立してたのって、その圧倒的なまでの趣味の無さのせいじゃないか?」
「……………」
「なぜ黙るんだい?」
「…………別に。そんなの、今さらどうだっていいじゃん」
…………心当たりがないわけでもなかった。
だが、ここで下手に喋って、嘘の効かない死神に真実を言い当てられるのは勘弁だ。
適当に濁して話題を変えよう。
「それより、まだついてくるの?いい加減うざったいんだけど」
「やだなぁ、そんな分かりやすい嘘言っちゃ………いや、ガチっぽいな。ショックだよ、オレ」
死神が、がっくりと肩を落とす。
逆に気づいてなかったのか。
「………まぁ、いいさ別に。オレはそんな気にしてないからね。死の果てまでついてくよ。明日までだけど」
言葉とは裏腹に、ほろりと流した涙を拭いている。
というかまだついてくるのかコイツ。
「さて、どこへ行こうか。
死神が興味ありげに映画館を指差す。
とうとう率先して提案してきた。
「………はぁ、いいよ。じゃ、そこ行こう」
どうせ行きたい場所もないのだ。
そう思いながら、映画館へ足を向けた─────。
「いやー面白い!実に面白かったよ!」
死神が興奮気味に語った。
「…………そんなに?」
死神はベタ褒めしているが、私としては、率直に言うと、まぁまぁな出来だった。
内容はありきたりな恋物語。
二人にそれぞれ色々な障害が現れて、それを乗り越えて、結ばれるハッピーエンドの話。
映画はあまり嗜まないものの、はっきり言って、新鮮みがなかった。
これをセレクトしたのは死神だが、何が興味を唆ったのだろう。
「あぁ、十分満足出来るモノだった。人間の恋ってのはつくづく面白いよ」
クククと、死神が気色悪く笑みをこぼした。
「気になったんだけど、死神って人間みたいに恋とかするの?」
「んー、しないよ。そもそも、そんな感情は死神にはないんだ。不思議だよね。それが美しいってのは
なるほど。
どんなに素晴らしく、美しいと感じても、眺める事しか出来ない。
だから、あの映画に対する感想の違いも、人間とはまた違うものに映ったからなのだろう。
「ま、だからこそ惹かれてしまうんだけどね。ところで、どうだった?あの映画を観て、お前は幸せになれたかい?」
心に問いかけてみる。
……………………。
………………………。
「……いや、特には」
そう答えると、死神は落ち込むでもなく、むしろ、なぜか少し瞳に炎が宿った気がした。
「ふむふむ………なるほど、これはだめ、と。よし、じゃあ次行こう!お前の幸せ探し、オレも楽しくなって来たぞー!」
なぜか死神に火がついた。
何が着火剤になったのかはわからない。
というか──────、
「私の幸せ探しって何?」
「ん?言葉通りさ。お前を見てきて思ったけど、多分幸せがないんだろ。なら早く見つけなきゃ。
まるで当たり前じゃないか、とでも言うように死神は言い放った。
………そもそも、わたしにはやるつもりはないんだけど。
「じゃ、次は服を見に行こう。ファッション界の新星と謳われたオレのセンスが輝くぞー」
そう言うと、死神が足早にファッション店に足を進めた。
「あっ、ちょっと……」
────多分、いや絶対新星うんぬんは嘘だ。
案の定、死神のセンスは死んでいた。
センスの死に具合が神がかっている、と書いて死神だったのかもしれない。
「あれぇ、おっかしいなー。何が気に入らないんだい?」
「全部だわ!何これ?布面積小さ過ぎでしょ!?こんなの、わたしは絶対着ないからね!」
死神が提案してきたのは、水着一歩手前の、布面積の小さい服だった。
いや、服と呼ぶのも
痴女しか着ないだろこんな服。
「ガチか。ついこの前まで、これが最先端だったってのに。ちっ人間って飽き性だな」
「こんなのが最先端でたまるか」
冗談なのか本気なのか分からない。
死神のついこの前は、旧石器時代にでも
「次行こ次」
「え?もう行くの?」
死神はもう行ってしまった。
………まぁいいか。
特に目移りするものはなかった。
「食こそが心を豊かにする。ということで、フゥゥドコォォゥト!!」
「うるさい」
死神にチョップする。
死神は、死が近い人にしか見えない。
今のも、はたから見たら変な行動になるだろう。
非常に解せない。
「というか、お腹いっぱいなんだけどわたし」
今いるのはフードコート。
少し時間が経ったとはいえ、わたしの腹は空いてない。
何か考えでもあるのだろうか。
「…………マジで?」
「マジで」
「…………………よし。次行こう」
「そだね」
珍しく意見が一致した───────。
それから色々な店をまわったが、特に幸せは感じなかった。
物珍しいかったり、面白みがあったりした店もあった。
だが──────決定的に"幸せ"だとは、一度も感じなかった。
会社で食券を買い占めた時もそうだった。
贅沢だって感じたし、スカっとしたし、それに、ご飯は美味しかった。
だけど………幸福とはちょっと違った。
我が儘ままな違いかもしれないけど、幸せでは、なかったのだ。
「酒もダメだとは………。本当に今までどうやって、何を生きがいに生きてきたんだい?」
食品売り場を何も買わずに通り過ぎたわたしに、死神が、呆れたようにため息を吐く。
お酒は苦手だ。
あの、全てをぼんやりと、温かく忘れさせる感覚。
飲むたびに、自分を構成する何かがこぼれ落ちてしまいそうな錯覚に囚われる。
それが堪らなく怖くて、むしろ意識が変に尖ってしまう。
「しょうがない。暗くなってきたし、今日はここらで帰るとしよう」
「………どこに帰るつもり?」
「もちろんお前の家だけど?」
「は?嫌だけど」
危ない。何も言わなかったら、さも当然のようにコイツは家に上がってきただろう。
「つれないなぁ。そんなにオレが嫌い?それとも、何か家に入れられない事情でもあるのかい?」
死神の眼は、わたしのすべてを見透かすように煌めいている。
それが、妙に気持ち悪かった。
「…………わかった。いいよ。入れてあげる。けど、それ以上のことはしないでね」
「安心してくれ。お前が思ってるようなことはしないと約束するよ」
「………気になったんだけど、死神って性別とかあるの?」
一人称がオレなので、勝手に男性だと思っていたが、そもそも死神に性別はあるのだろうか。
「性別なんてないよ。男も女もない。だから繁殖なんてしないし、恋もしない。生み出された瞬間から不老不死で個体数も変わらない」
「それって────」
「そう。オレたち死神は、魂の循環機構の一部────言うなれば、機械みたいな存在なんだ」
なんでもないように死神は言った。
「機械って………。でも、アナタには感情があるじゃない」
「感情なんてものは、複雑なもの以外簡単に
そう言うと、死神は満面の笑みを浮かべた。
それはあまりにも完璧な笑顔で、逆に物凄く不気味に感じられた。
「おっと。この話はお前からしたら面白い話ではなかったね。反省するよ。まぁ、つくりものの感情とは言ったが、ある意味では、本心でもあるんだ。そう気構えないで、今までみたいに接してくれ」
死神は少しバツが悪そうな顔をした。
それは、なぜか本当にそう思ってる…………ように見えた、わたしには。
「………はぁ、そうね。聞いた私も悪かったし。これ以上この話はやめましょう」
その後、死神と一言も交わさず帰路に立った。
「ここがお前の部屋かぁ。なんて言うか………殺風景だね」
「開口一番にそれを言う?」
さっきまでお互いに空気が重かったのに、私の家───マンションの一室に入ったやいなや、死神は平然とぶち壊した。
空気の読めないあたり、本当に感情が無いのだろうか。
いや、逆だ。
憎たらしい死神のことだ。
嫌味はわざとだろう。
…………とりあえずさっきまでの重たい空気が霧散したのには、静かに感謝した。
「言った通りヘンな真似したら許さないからね」
「はいはい、わかってるわかってる」
そう言うと、おもむろにソファに身を投げて、身体を伸ばしはじめた。
本当にわかっているのかコイツ。
「テレビないの?」
「ないよ」
「お茶は出ないの?」
「自分でやって」
ちぇー、とぼやきながら死神は台所に向かった。
「………」
こんな風に人──死神だが──を自分の家に招き入れるのは初めてだ。
なんというか、落ち着かない気分だ。
「これ飲んじゃうねー」
そう言うと、戻ってきた死神は冷蔵庫にあった麦茶のボトルの蓋を開けた。
「さて、残り時間も少なくなってきた。そろそろ本当に何が幸せなのか見つけよう」
……………。
「そのことなんだけど………もういいよ。わたしには多分そういう感情はないんだ。頑張って探すだけ無駄だよ」
無いものはいくら探したって見つからない。
「……………」
死神は何も言わない。
「だから……その、一応ありがとね」
なんでここまで死神がわたしに構ってくれたのかはわからない。
単純に好奇心かもしれないし、もっと別の理由があったのかもしれない。
けど────死神と一緒に過ごした時間は少しだけ、ほんの少しだけだけど、楽しかった。
幸福とはまた違ったベクトルだったけど、それだけは本当に────────、
「あのさぁ、そろそろそれやめない?」
「え?」
「初めて聞いたときから、心の底で虫唾が走ってたんだ。『こんな命、惜しくない』だっけ。あれ、真っ赤な大嘘だよね」
「!?」
死神の眼は、かつてないほど鋭い。
気を抜いたら、貫き殺されそうなほどだ。
「勿論お前が死ぬって未来は確定している。だから、自殺は成功したんだろう。だが、その嘘は死神の沽券として───いや、オレのプライドとして見逃せない」
空気に緊張が走る。
汗が頬を伝った。
「別に………別に私がどう思ってようが勝手でしょ……!?」
「あぁ、『死にたい』と思って、行動に移すこと自体は咎めるつもりはない。この国ではよくある話だ。だが、お前の『死にたい』は違う。そも『死にたい』ってのは現実の苦痛に耐えられなくなった人間が取る最終手段だ。お前のは、ただの退屈から来るもの。そんなのは、苦痛に耐えかねて死んでいった者に対する侮辱だ」
「そんな……。でも、私だって、私だって辛かった!!生きているのが、幸せがなくて苦しかった!!」
「じゃあ、なんで今までの自殺は未遂に終わった?」
「!!」
「台所の横に捨ててあった縄。一体何に使うつもりだったんだい?」
そう言うと、死神は縄を取り出した。
「何も言えないってことは図星か。そういえば、初めてお前と会った時も、死の恐怖のあまり逃げてたよね。やっぱりお前は死ぬのが怖いんだな」
……………。
「現実に死にたいほどの苦痛がある訳じゃない、ただ幸福がなく、退屈だからという理由だけでは、よほどの狂人でない限り死ぬ恐怖を克服できない。そこが決定的な違いだ」
「…………」
死神の言ってるコトは、紛れもなく、その通りだ。
私は、死ぬのが怖い。
何も成さないまま終わるのが恐ろしい。
そして───────、
「それと、お前の幸せ、大体見当がついたよ。娯楽以外の幸せと言ったら、時間。例えば───家族と過ごす時間とか?」
そして何より、孤独が一番恐ろしかった。
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