第3話 贅沢と逆襲

 私をいないものとして、もしくは劣っているものとして見てきた奴らが、全員呆けたツラして私を見ている。

 それが愉快で実に爽快だった。

「あー………成る程ね。やっぱいい性格してるねお前」

 死神が少し引き気味にこっちを見てくる。

「何よ。好きにした結果よ。その態度は道理に合わないんじゃないかしら?」

 ここは社員食堂。

 この社員食堂は、食券を自販機で購入するシステムなのだが、そこに私は目をつけた。

 一足先に向かった私は、浪費────食堂にあるを購入したのだ。

 そんな金が一体何処にあったのか。

 いや、あるに決まっているのだ。

 なんせ、

 稼いだ金は生活費と最低限の美容以外全て貯金にまわした。

 外食やオシャレなどの"贅沢"も一切していない。

 そんな並外れた節約をしていたのだ。

 金など腐るほど貯まっている。

 幸い銀行は近くにあったため、速攻でおろせた。

 こうなってしまえば後の祭りだ。

 会社の人全員が遠巻きにこちらを眺めている。

 睨んでいる人もいれば、状況を飲み込めずあたふたしてる人もいる。

 けど───みな総じて、頑なに私に声をかけたがらない。

 それがプライド故なのか、はたまたそれが当たり前に染み付いて、話しかけることが出来ないのかはわからない。

 ただ、このままでは、私以外皆昼食抜きなのは確かだった。

「でも厨房の人間にチクられでもしたら詰みなんじゃ?」

 死神が思いついたように聞いてくる。

「ウチの食堂無人なんだ。全部機械が料理作ってて、食券のバーコード使わないと料理が出てこないんだ」

 まさかこんなところで、ハイテクが仇になるとは誰一人思わなかっただろう。

 また、この会社は立地がそこそこ悪く、コンビニや飲食店が歩いていくにしては、そこそこかったるい距離にある。

 それ故社員のほとんどはここを利用している。

 とどのつまり、午後の仕事を考えると、致命的な事態なのだ。


 ぐぅ〜〜〜〜………。


 遠くから腹の音がポツポツと鳴っている。

「凄いね。私にはこれがコーラスにしか聞こえないや」

 不思議と、今食べてるカツ丼がこれ以上なく美味に感じた。

「うわー……。無視してくるヤツらの昼食抜くためだけに、大金はたくとか…………思ってもみなかったよ」

「別にいいのよ。これが私なりの"贅沢"なんだから」

 ……まぁ、死神に言われるまでもなく、私のやってることは、まず間違いなく幼稚な悪戯いたずらだ。

 下に見られるのに、無視されるのにムカついて、腹いせに起こしただけの、ただの迷惑行為だ。

 普通に考えれば、9:1で私が悪いだろう。

 ────でも、誰が悪いかなんて、今の私にとってはどうでもいいことだ。

 なんせ、明日死ぬんだ。

 このあとクビになったとしても、恨まれたとしても、あの世に逃げてしまえば、誰も追ってこれない。

 今の私は、そう。

 失うものがない、無敵の人間だ。


 ─────『本当に?』


 ………………。

 ……………………。

 どうやら、私はとことん悪役に向いていないらしい。


 時計を見る。

 そろそろいい頃だろう。

「……では、私はこれで。あ、この紙クズの山ですが、使うならご勝手に」

 遠くにいるヤツらでも聞き取れるように、丁寧に、抑揚をつけて、大きな独り言を言い放った。

 同時に席をたつ。

 遠くでわたしの発言に混乱してるのが見てとれた。

「え?もういいのかい?ヤツらの昼食を無くすんじゃなかったのかい?」

 死神が不可解そうに尋ねてくる。

「気が変わっちゃった。昼食抜きは流石に可哀想だし。それに、一時的でも、にはなれたから、わたしの目標は達成だよ」

「………本当にそれだけでいいのかい?」

「いいって言ってるでしょ」

「─────そうかい」

 なぜか納得してない顔だったが、瞬く間に、いつもの憎たらしい顔に戻った。

「さて、それじゃあこれからどうするつもりなんだい?」

 会社は流れで出てしまった。

 もう戻ることは出来ない。

 かといって、行くあてもない。

「…………とりあえず、歩きながら決めるよ」

 結局どんな処分が下るのかは分からない。

 明日には、クビを言い渡されるかもしれない。

 しかし、今日と明日しかない私には、心底どうでもいいことだった。




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