第2話 たったひとり

「で、何してんのお前?」

「何って……働いてるんだけど」

 今いるのは会社のオフィス。

「最後くらい楽しもうって話だったよね、晩餐するって話だったよね!?」

 隣で真っ黒い不審者が話しかけてくる。

 それにツッコむ人は誰もいない。

「別に約束はしてないし。アンタこそ、なんでいるのよ」

 昨日いろんなことがあったが、結局今日は普通に出社した。

 贅沢してみようとはした。しかし、そこで致命的な問題に至った。

(何もなかったんだよね………)

 自分にとってが何一つなかった。

 エステも化粧品も、高級料理も贅沢だと思っても、欲しいとまでは行きつかないのだ。

「だから暇なんだって。昨日はキリが良かったから別れただけで。はぁー、それにしても意味がわからない。そのまま、お前は最後まで社会の歯車のつもりなの?」

「……………」

 こういうやからは無視するのが一番だ。

 反応すると無限にちょっかいかけてくる。

「ねぇ?ねぇってば。………あーあ、そっちがその気なら必殺技使っちゃお。────なんでこんな孤立ぼっちしてんのお前?」

「──────っ!うるさい!!」

 ハッとする。つい叫んでしまった。

 みんなにギョッと目を見開いている。

 死神は、死期が近い人じゃないと見えない。

 つまり、今の私は、他の人からしたらなんの脈絡もなく叫び出したことになる。

「なんだ──さんか…………」

「とうとう頭でもおかしくなったんじゃないかしら…………」

 時間の無駄だとばかりに仕事に戻る者。小声でヒソヒソと話す者。しかし、みんな総じて私に近づこうとはしない。

 …………つまり、そう。私の会社での立ち位置はそんな感じだ。

 元凶が、隣でははははと笑い転げている。

「良かったね。一瞬だけど、やっとみんなお前を見てくれたぞ。あ、感謝は要らないよ。心の中にでも閉まっておいてくれ」

 まだ少しにやけているのが、痩せ細った顔から伺える。

 確信犯だコイツ。

 静かに死神を睨む。覚えとけよマジで。

「それにしても、人間ってのはつくづく理解し難いね。わざわざ集団を作っておきながら、なぜ孤立も作るんだい?」

 …………この死神は分かった上で聞いているんだろう。

 だからそれは、孤立してる私を哀れんでのものでも、こんな社会に失望してのものでもなく、私の見解を知りたいがための問いなのだろう。

「………わたしがひとりでいるのが好きなだけ。ただそれだけの話よ」

「────それは違うんじゃないかな。お前はひとりでいるのが大嫌いだ。なんなら、でしょ?」

「…………」

「なんも言わないってことは図星かな。すまないね、オレは嘘に敏感なんだ。それにしても、ヒドイなぁアイツら。お前を理由もなく孤立させてるんだぜ。あぁ、なんて非効率で馬鹿げた習性なんだ!これが人間らしいとでも言うのかい!?」

 わざとらしく大声を張り上げた。

 コイツは全部分かった上で言っている。

 だからうざい。ほんとうに、うざい。

「…………私が一番劣っているから。アンタも分かってんでしょ。仕事ここでは、優劣が大事ってことぐらい。足引っ張ってるやつを除けて、見ないふりするか見下しといた方が、よっぽど効率的で、安心出来るのよ」

 現実はいつだって非情だ。

 ここの人たちは、持たぬ者に手を差し伸べるほど、暇でも偽善を持ち合わせているわけでもない。

 むしろ、そういうのは初めから期待するのが間違ってるのだ。

 だから、悪いのは劣っている私であって、あの人たちじゃない。

 私はただ、認めたくなかっただけ。

 ひとりが好きだと、孤独じゃなくて孤高であると思い込んで、劣っていることを忘れたかっただけだ。

「────へー、ちゃんと分かってるじゃん。いわゆる"いじめ"ってやつでしょ、これ。聞いたことはあったけど、見るのは初めてだよ」

 物珍しいものを見るような眼差しを向けてくる。

 …………不愉快だ。

「それは良かったわね」

 デスク周りを整えて、カバンを持ち上げる。

「あれ?お前の大好きな仕事はもうしないのかい?」

「…………死神。アンタの名前、聞いてなかったわね」

 背後を振り返らず、名を尋ねる。

「ん、あオレの名前?死神に名は無いよ。好きなように呼んでくれ」

 どうでもよさげに彼/彼女は言った。

「あっそ。じゃあ好きなように呼ばせてもらうわ、死神」

 死神アイツのせいで、やってること全部が馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 だから、ここから先は全部アイツのせいだ。

 私であって、普段の私じゃない。

 いや、ある意味では本当の私かもしれない。

「どうせ明日死ぬんだし、アンタの言ったように好きにやらせてもらうわ、私」






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