死神のアイツと死にたい私

べやまきまる

第1話 邂逅

 …………………なんかいる。

 赤信号の交差点を挟んだ奥に、現実離れした格好をしているやつがいる。

 黒いローブを身にまとい、鎌だろうか、鋭利そうな刃がついた棒を肩にかけている。

 顔は痩せ細っているクセに、ひとみに宿る光は人一倍輝いているというか、妙に目を惹かれる。

 目を擦ってみる。

 寝不足が招いた気のせいに違いない。

 …………………まだいる。

 おかしい。

 もちろんこんなコスプレイヤーか、刃物を持ち歩いてる不審者かもわからないのがいる自体おかしい。

 でも、何が一番おかしいかって、

 まるで、空気であるかのように、通りゆく人々は誰一人気にも留めない。

 それが、どんなに不気味で異常事態なのかは、私のみぞ知っているのだ。

 そんな状況にいるのが、たまらなく恐ろしい。

 目を逸らして全力で逃げようとした。

 しかし、ソレはたまたまだったのだろう。

「………!」

 目があった。

 あってしまった。

 彼/彼女は一瞬驚いた顔をしたあと、すぐその瞳を猟奇的に輝かせた。

 同時に信号が青になる。

 ───────あ、ころされる。

 一瞬頭が真っ白になる。

 そしてすぐに、私の生存本能が悲鳴を上げた。

 汗が滝のように流れている。

 私は一拍遅れて、足早に、だんだんと加速させて、しまいには全力で走って逃げた。

 その間振り向きはしなかった。

 なぜって、あんなの、怖すぎて直視できるわけないでしょ。



「はぁはぁはぁ……!」

 とうとう裏路地に辿り着いてしまった。

 走りすぎて疲れた。

 体が酸素を欲している。

 比喩抜きでもう一歩も動けない。

 でも、これだけ走れば流石に追いついてなどこれないだろう。

「お疲れ様。水と果実水リンゴジュースがあるけどどっち飲む?」

「え………あ、じゃあ水を………」

 差し出されたペットボトルを開けて、水を口の中に流し込む。

 水の潤いと冷たさが気持ちいい。

 おかげで、少し落ちつ────────え?

「落ち着いた?」

「な、な、な…………!!」

「いやー速いね、足。けど、そんな拒否られると流石のオレでもちょっとショックだね」

 そう言いながら、彼/彼女はケラケラと笑っている。

 そこにいかりはなかった。

 けど、笑っているのは明らかに上辺だけで、心の中は何一つ読み取れなかった。

 はっきり言って気味きみが悪い。

 私の膝がへなへなと崩れ落ちる。

 自ら人気ひとけのない裏路地に逃げ込んでしまった自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。

 ここでは、助けを呼んでも誰にも届かない。

 足ももう動かない。

 どうしようもないくらいに詰んでいる。

 どうやらこの世は私一人に構う暇ないくらい無常らしい。

 ──────いや、そんなことは初めから理解わかっている。

 そうだ。

 だからこそ、私は決めたのだ。

 世界に捨てられるくらいなら、自分から捨ててやろうと。

 だから、この化け物に相手に強気に吠えられる。

 命なんて、もうらないのだから。

「残念だったわね。私はアナタに殺されなくても元々の。だから、こんな命、惜しくはないのよ」

 言ってやった。言ってやったぞ。

 自分の中だけで決めただけだったから、いざ人(人かは怪しいが)に言えてスッキリした。

 そうだ。私は死にたがりだ。

 だから、今彼/彼女に殺されるとしても、怖くない。何一つ惜しくもないのだ。

「………?」

 言われた彼/彼女は不可解そうな顔をしている。

 どうした。殺したくてたまらなかったんじゃないのか?

「さぁ、早く殺すなら殺しなさい!出来れば苦痛なく殺しなさい!!」

 体を大の字に広げる。

 私をこれ以上辱はずかしめるな。

「………んーー、と。頭沸いてる?」

 馬鹿でもわかるようにと、わざわざ頭を指さして聞いてきやがる。

「は?殺したいんでしょ。覚悟は出来てる!さぁ早く!!」

 さっきよりも声を張り上げる。

 やるならサクッとやってくれ。

「オレはお前が怖いよ。もしかしてサムライの家系なのか?」

 ?どうやら本気でビビって引いてるようだ。

 化け物だと思ってたやつに怖いと言われて、なんとも言えない気分になる。

「えーと、ごめん一から聞かせてくれ。まずなんでオレに殺されると思った?」

「え?それは………人殺りそうな目してたし」

「お前は瞳を見ただけで殺人鬼かどうか決めつけるのか?そっちのほうがホラーじゃないかい?」

「いやでも明らかに不審者だし。凶器持ってるし」

「それは…………確かにオレにも非があるね。謝罪しよう」

 素直だ。

「なんで私を追いかけたの?」

 目と目があった瞬間追いかけて来た不審者に問いかける。

「あーそれだ!一番聞きたかったコトを思い出した!その質問に答える前に一つ尋ねよう。お前はだと言ったね。それ本気?」

 嘘は赦さないという威圧を込めた目だった。

「…………そのつもりだよ」

 少しためらったが、はっきりと答えた。

「─────ふーん。なるほどね。合点がいったよ」

「………何が?」

「お前はオレが見えてる。そうだよね?」

「見えているけど……」

 何を聞いているんだろう。

「教えてあげるよ。オレは"死神"だ」

 よどみなく言い切った。

 それは拗らせた厨二病とかじゃなくて、おそらくガチでホンモノなのだろう。

「驚かないのかい?」

「別に……。人じゃないのは知ってたし」

「へぇー。なら話は早い。この世には運命力ってのがあってね。どうやっても絶対にその結果に収束する運命ってのがあるんだ。そのなかでも特にデカい運命───死は絶対に変えられないんだ」

 平坦と、事実を述べるように語る。

「で、その死んだやつの魂を回収する役割を担うのがこのオレ、死神だ。なんでお前を追いかけたか?簡単だよ。死神は人間の死ぬ日がわかる。逆に。ここまで言えば分かるだろ?」

「つまり、死神アンタが見えた私はもうすぐ死ぬってのを知って追いかけたの?」

「そ。大正解。オレの仕事は魂を回収するだけだ。実際に人間と話せる機会なんてなかなかなくてね。物珍しくて追いかけたワケだよ。でもまさか、こんな狂人だなんて思ってもなかったよ」

 さりげなく失礼だなこいつ。

 だが、目を輝かせた理由だったり、追いかけてきた理由はわかった。

 不審者という事実は変わりないけど。

「で、私の死ぬ日、わかるんでしょ。いつなの?」

 こいつの正体が死神だとわかると、不意に聞きたいことが出来た。

「まぁまぁ、そう焦らないで。最初はじめはどんな戯言たわごとかと思ってたけど、さっきやっと歯車が噛み合ったよ。二日後に死ぬ、お前はそう言ったね」

 唾を飲み込む。私の決断の答えが、今出る。

「安心してくれ。お前は

 ────────────。

「─────よかったぁ」

 全身から力が抜ける。

 よかった。今度こそ迷わなかったんだ。

「まさか本当に自殺願望の狂人だったとはな」

「うるさい。じゃ、私は帰るから。アンタもさっさと仕事にでも戻りなさい」

「あ、待て」

 立ち上がって帰ろうとした途端、死神に呼び止められた。

「何?」

生憎あいにく今は長期休暇をとっていてね。つまり───暇なんだ」

「で、私になんの関係が?」

「ひどいなぁ。追っかけ追いかけられた仲じゃないか」

 それは仲とは言わない。

「それに、わざわざ死神のルールに抵触しかねない命日を教えてあげたんだ。それなりの見返りがあってもいいだろ?」

「………私に何をしろと?」

「そんなに冷たい顔をするなよ。なぁに、お前にとっても悪い話じゃないはずだ。オレに

「……………は?」

 突拍子のないお願いに思わず声を漏らした。

「最後の晩餐って言葉があるだろ。死ぬ日がわかったんだ。最後くらい贅沢したいと思わないかい?」

 それは、確かに一理ある。

 どうせ死ぬんだ。

 なら、最後は好きにしてもバチは当たらないだろう。

「んじゃ、二日後までに準備をしといてくれ。接待されるの《ゲスト》はお前だが、主催するの《ホスト》もお前だ」

「あ、待って!準備って何を────」

 言い切る前に、強い風が吹く。

 思わず目を閉じてしまった。

「………いないし」

 目を開けるとそこには何もなかった。

 これが、あのお調子者の死神との、初めての出会いだった。






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