【第五章】わたしの皇子さま〜一緒にダンスを踊りましょう

part5:

「つい、おわりまでしちゃったにゃん」


いつもの見慣れた星空で、アストロはいつものように奇妙なことを呟いた。

でも、いつもより具体的な奇妙さに、わたしは首を傾げながら「ん?」と問いかけた。


「愛依ちゃんの小学校で今日、親族しんぞく知人ちじんまねいてのお祭りやってたにゃん。僕も教室で愛依ちゃんのれたコーヒーを飲ませてもらったにゃ」


「えぇっ、文化祭に来てたの!?」

驚いた。


「あれが人類の英智えいちを結集した至高しこうの液体かにゃ。初めて飲んだけど美味しかったにゃ」


「おおげさだよ。あれは普通のコーヒー牛乳よ。ハチミツも垂らしているから甘かったでしょう……、」

そう笑いかけて、「あれ?」と疑問が頭の中を駆け巡った。


アストロは中性子星からワープホールという技術をつかって通信で話している。以前「地球から、うんと離れた宇宙の星にいる」


……そう言ってたよね。


「愛依ちゃんの理解にあわせて地球に存在する技術で説明したにゃ。厳密げんみつに言うと、だから地球の電波による通信技術とは別物にゃ」


「えーっ、と?」


「いま愛依ちゃんとおしゃべりしている黒い猫鴉ねこがらすはホログラムにゃ。は地球の技術を少し進化させたものにゃ。そこへ僕の霊媒──魂は、ワープホールを伝って猫鴉の躰にんにゃ」


「わたし黒猫のお客さんが来たなんて、誰からも聞いてないわ」


「さすがにこの偽体ぎたいだと目立ちすぎるにゃ。地球人とそっくりの偽体を用意させたにゃ」


アストロが「ぱっ」と変身した。現れたのは疲れた顔をして、お腹の出た中年のおじさんだった。パパとは正反対のお餅のような躰をしている。

なんで、この姿を選んだんだろう。


それにしても、このおじさんが小学校の模擬店もぎてんで「コーヒー牛乳ください」って、猫な語尾ごび大葉おおばくんに伝えたのかな。


「ふふっ」

可笑しくなって声が出た。


「なんにゃ?」

「お客様係はね、大葉くんがやっていたのよ。彼、きっと驚いただろうなぁって」


「ああ、あの太った男の子が大場太陽かにゃ。大丈夫にゃ、見ての通り人間への擬態ぎたいは完璧にゃ。一般的な日本人男性の姿を徹底調査てっていちょうさしたからにゃ」


「仕切りの奥で咲良さくらちゃんと一緒にコーヒーを作っていたから、わたし気づかなかったわ」


「愛依ちゃんが、僕のきさきになったら、毎日あの美味しい飲み物が飲めるんにゃにゃあ。幸せにゃ」


「うん、毎朝頑張って作るね」


アストロの優しい笑顔──それが「にんまり」と笑った。

さぁ、と両手を広げた!

大宇宙の煌めく星空のなかを、小さな躰が浮かんでいる。


「愛依ちゃん。こんどは僕たちのお祭りだよ!」


ばーんっ、と大きな火球が視界いっぱいに大写しになった。それが破裂して四方八方へ一気に飛び散る。大量の炎が星空を埋め尽くしていく。


「花火大会のはじまりにゃ!」


わー、とどこからともなく歓声があがる。姿は見えない。でも間違いなくそこにいる。大勢の拍手が一斉に鳴り響いた。


「愛依」

黒猫だと思っていたものはパパだった。


「愛依」

パパだと思ったらママだった。


「いま一番会いたい人はだあれ?」

咲良ちゃんが訪ねる。


「えっとぉ、えっとぉ……」


「約束を果たすにゃ。愛依ちゃんに僕たち中性子星の秘密を打ち明けるにゃ。僕たちは時空じくうえる。僕たちは存在そんざいえる。僕たちのからだは地球人とは違うんにゃ。タンパク質の肉体は入れ物にすぎない──さあ、教えておくれ。愛依ちゃんは誰と踊りたいの?」


「吉沢ッ、おれと踊ってくれよ!」

心臓が「どくんっ」と鳴った。躰中に熱いものが込み上げてくる。


「大葉くん?」

大場太陽おおばたいようの太くて大きな手がわたしの手をしっかりと掴んだ。強くて頼もしい手だった。

わたしは握り返す。


「いいわ、太陽」


「ありがとう、愛依」


空にいくつもの炎が飛ぶ。そこら中にぶつかって飛散して、また空にあがる。


わーっ、


わーっ、


大歓声のなか、わたしはアストロ皇子と──ううん、大場太陽とダンスを踊る!


「僕と結婚して欲しい!」

皇子からのプロポーズ。


わたしは、わたしは──




──わたしは、もっと生きたい。

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