【第一章】未知との遭遇/【第二章】星空でダンス

part1:

お風呂からあがって新しいパジャマに着替える。わたしはVRのヘッドセットをかぶった。近所のお兄さんがオートバイに乗るときにかぶる、あのヘルメットに似ている。鏡で見るとわたしもお兄さんと同じライダーだった。


違うのは何本ものコードが伸びていて自由に動き回ることが出来ないところだ。

一本は電源コンセントだけど、三本が束になったコードはパソコンのそれぞれの端子たんし繋ぐつな。パパに教えてもらったけど少し面倒くさい。


目の前に星空がひろがり、その真ん中に黒猫さんは立っていた。


「やあ、今日も会えたにゃん」


アストロが話しかけてきた。

わたしは、どきどきしながら「こんにちわあ」と挨拶あいさつする。


「おや、今日は少し疲れているのかにゃ」


アストロからのするど指摘してき

そう、確かに今日は疲れていた。久しぶりに小学校へ行ったが、相変わらず馬鹿な男子がわたしをはやし立てる。


とくに大場おおば太陽たいようは大っ嫌い。

なにが「」よ、ほんと腹立たしいわ。


でも「咲良さくらちゃんは可愛いなあ」と声に出てしまった。


「友達にゃの?」

アストロの問いかけに「うんっ」と迷いなく返事を返す。


久しぶりの教室でひとり座っていたら、向こうから声をかけてくれた女子だった。

丁寧ていねいにブラッシングされた綺麗きれいな髪の毛と、ぱっちりと大きな。わたしと違ってアイラインのハッキリとした、女の子らしい瞳をしている。

フリルをいっぱい散りばめたドレス姿で、品良ひんよく、やさしく笑いかけてくれた。


西園寺さいおんじ咲良さくらっていう子よ。とっても可愛いの」


「愛依ちゃんが嬉しそうにしていると、僕も暖かい気持ちになるにゃん」


「わたしアストロの前ではいつも楽しいよ」


「わかっているにゃん。でも、今日の愛依ちゃんはもっと、もっと、ずーっと楽しそうにゃん」


「この楽しい空間は誰にも邪魔じゃまされたくないね」


わたしの呟きにアストロは「任せて」と胸を張る。

「大丈夫ですにゃん。ここにはセキュリティをかけてありますにゃ。他の人がのぞかないよう設定にしてるにゃん」


「そんなこと出来るんだ」


「これはインターネットじゃないにゃん。宇宙とつながっている恒星間通信こうせいかんつうしんにゃ」


「えぇ、そうだったの!?」


「今日は愛依ちゃんに僕の秘密を教えますにゃ」


「なあに?」


「愛依ちゃんが住む地球とは別の銀河ぎんがにも、太陽があるんにゃ。その太陽が大爆発を起こして出来た、とっても重力じゅうりょくの強い星を中性子星ちゅうせいしせいというにゃ」


星屑ほしくず砂場すなばに「ばーんっ」と燃えさかる大きな火の玉が現れて、そして大爆発した。炎まで一緒に吹き飛ばして、そのあとは小さな黒い球体になってしまった。

これまで太陽と呼ばれていた球体は、まわりの星々をどんどん飲み込むたびに、どんどん黒さを増していく。まるで宇宙に空いた落とし穴のよう。


「あれが中性子星にゃ」


「……う、うん?」


「実は僕はいま、その中性子星からお話しているにゃ」


「えぇぇッ、アストロは宇宙人だったの!?」


「このことは、皆には内緒にしておいて欲しいにゃ」




part2:

今日も病院へ行ってきた。

先月までは一ヶ月に一回だけ通院していた。迎えてくれるおじいさんのお医者さまは、いつも笑顔だった。


今月からは一週間に3回。新しく担当たんとうになった若いお医者さまは、いつも気難きむずかしそうな顔でわたしのカルテばかり見ている。


パパやママも最近は笑顔が少ない──ううん、パパはやたらとわたしの頭をでる。何でも好きなものを買ってくれる。昔はこんなに甘くなかったのに──ママがキッチンでひとり泣いている姿をみた。わたしが声をかけるとあわてて「大丈夫よ、にゴミがはいっただけだから」と取りつくろう。


大人はみんな、わたしに隠し事をしている。

きっと、わたしに関する隠し事だ。


「おやおや、なにか悩み事がありますのかにゃ?」


星輝ほしかがやくわたしの部屋。

ちょこんと座った『星人』のアストロが、猫みたいにからだめながら聞いてきた。


「わたし、もうすぐ死ぬみたいなの」


アストロは舐めるのをやめると、大きな丸い両目でジッと見つめ「なぜ、わかったんにゃ?」と驚いたように尋ねた。


大人はみんな必死に隠そうとしているけれど、わたしはもう大きいもん。態度たいどでわかるわ。


「ふむ、」


アストロは中空ちゅうくうを見あげ何やら考え事をしてから、再びわたしを見つめ直した。

「そもそもタンパク質の粘土ねんどで作ったその躰は入れ物にゃ。消費期限がある。けれど思念しねんにより形成されたたましいは死ぬことはないんにゃ」


突然、アストロが不思議な話をはじめた。でも相変あいかわらず、

「言ってる意味がわからないわ」


「愛依ちゃんの躰は地球でちる。でも魂は死なないんにゃ」


「オバケになるってっこと?」


「うーん、地球人がオバケという単語を使っていることは調査済みにゃ。でも少し違うんにゃ──愛依ちゃんの魂は、ぜひ僕の星へお引っ越しして欲しいにゃ」


「ええっ、急にそんなことを言われても……それにオバケみたいな状態になってからじゃ遅いでしょう」


「どのみち地球人の躰は地球という、この惑星固有こゆうの──つまり地球に適合てきごうした入れ物だから、中性子星の環境かんきょうではこわれてしまうにゃ。魂以外はにゃ」


この黒猫さんは、ひょっとしたら全部わかってて、それでわたしを迎えに来ているのかしら。わたしの魂だけを連れていく……それって、


「アストロってまるで……、」

怖い考えが浮かぶ。まさか、そんなハズはないよね。


「そうだにゃ、ダンスを覚えてみないかにゃ?」


「わたしダンスなんて踊れないよお。すぐに息切れするし、躰をはげしく動かしたらダメって言われてるの」


「愛依ちゃん、ここはヴァーチャルリアリティの世界にゃ」


……あ、そうだった。

ここでのわたしは、いつもの病弱びょうじゃくなわたしじゃない。思い描きさえすればフルマラソンだって、雪山登山ゆきやまとざんだって出来る!


「でも、どうしてダンスなの?」


「もうすぐ、超次元ちょうじげん境界線きょうかいせんで花火大会がありますにゃ。核融合かくゆううごう反応から生み出される磁極じきょく電磁波でんじはがバチバチと光りかがやいて、とっても綺麗なお祭りにゃ。そこで開催されるダンスコンテストで、ぜひ僕と一緒に踊って欲しいにゃ」


「いいのかな、わたしみたいな余所者よそものが飛び入り参加でダンスなんて」


「もちろんにゃ。僕のパートナーは、僕が決めることになってるにゃ」


アストロは猫特有の大きな口をパカッとあけて笑った。


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