星の皇子さま

猫海士ゲル

【序章】黒猫さんと出会った夜

part0:

それは、心がワクワクで満たされた瞬間しゅんかんだった。

わたしの前に現れた一匹の黒猫はおどろくべきことに、実に紳士的しんしてきに、「にゃん!」と語りかけてきた。


「はじめまして、アストロと言いますにゃん」


星空が降るプラネタリウム部屋。パパが会社の創業祭おまつりで当てたVR(ヴァーチャルリアリティ)のセット一式は、わたしへのプレゼントとなった。その日から、わたしは宇宙を放浪ほうろうする旅人たびびとになった。


いろんな星を見てまわり、いろんな声を聞いた。

それから二日後、アストロに出会う。


愛依あいといいます」

わたしからの自己紹介に、黒い猫は背中に生えたカラスの羽でバサバサと星空をかき回した。「愛らしい名前にゃん」とめてもくれた。愛依だけに……ふふっ、面白い。


「あなたは、だあれ?」


「この姿は仮で……そう、キミたちが言うところのヴァーチャル・ユーチューバーですにゃ」


「本当のお姿が見たいわ」


「これも本当の姿ですにゃん」


仮の姿といいながら、猫の姿が本物だという。何かの禅問答ぜんもんどうかしら?

わたしが「うーん」と人差し指をあごにあてて考えていると、アストロが興味ありげに聞いてきた。


「ところで愛依ちゃんは、その姿が地球での正装ですかにゃ」


「え、正装……ここはわたしの部屋だから、これはパジャマだよ」


「素敵なパジャマですにゃ。髪の毛は艶々つやつやで、僕はこれほどに美しい毛色の黒猫を見たのは初めてですにゃん」


「わたし黒猫じゃないよ。髪の毛が黒いのは日本人だからだよ」


遺伝子いでんしつむいだ芸術品ですにゃ。良い仕事をしてますにゃ」


何故か笑いが込み上げてくる。アストロの言うことはいまいちピントがズレていて良くわからない。わからないけれど、そこが可愛らしくて面白い。このまま別れて宇宙の放浪へ戻るのは寂しい。


「いつでも会えますにゃん」


そうか、これはVRだった。お互いに時間を示し合わせれば良いだけだ。


「うん、また会おう!」

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