第2話

「ちょっと店員さん、メニュー表が何処にもないんですけど…」


「メニュー表と言いますと…。貴方達、もしや相当大昔から来られた方ですかい? こりゃ失礼。メニューとかはないんですよ。頭の中に食べたい料理を想像して、決めたらそちらのベルを鳴らして下さい。そしたらすぐに料理をお持ちします」


「大昔? まぁこの世界だとそうなるのかな。それにしてもそんな画期的な事が出来るとは…。僕達は西暦二千二十三年から来たもんで」


「西暦二千二十三年ですか…。というとそれはタイムマシンが出来る前の原始時代…。そんな時代からどうやって来られたんです? これは珍しいお客様ですな」


 彼らが食べたい料理を思い浮かべて、ベルを鳴らすと、爆速で料理が出てきた。想像したものと見た目、味、匂いが何もかも同じだったので驚いた。値段も安い。未来の世界は案外住みやすいのだろうか。それにこの世界の文明の発達具合を見る限り、単純な仕事は全てロボットがやる時代だろうに、人間の店員が出てきたのが不思議だ。それともあれがロボットなのだろうか…。


 食事をし、店を出ると、二人は外の様子を見て、改めてこの世界の光景に目を丸くした。


「一瞬で状況が変わり過ぎて良く分からないよ」


「そうね。現実味を帯びた夢を見ているみたい。ところでこれからどう生活する? お金は殆ど持ってないし、まずこの世界で昔のお金は使えるのかしら」


「僕もお金は殆どないから、暫くは働きながらお金を貯めて、お金がある程度貯まるまでは野宿しようか」


 二人は公園で一晩を過ごした。男は翌日早速仕事を探した。しかし、当然求人誌を見ても単純な作業はない。それどころか約四千年前にあった職のうちの大半は無くなっていた。


 教員、弁護士、裁判官、臨床医、銀行員、新聞記者、警察官…。これらのようなAIが習得可能な仕事は全てロボットに奪われた。原始時代と比べると明らかに人間がする仕事の数は減り、時代の覇者達だけがこの世界を謳歌していた。


 それでもスポーツ選手や歌手、俳優、芸人などは当然無くならなかったし、作家やゲームクリエイター、研究者など何か新たな発見をしたり、娯楽を創り出す仕事もまだ残っていた。


 そういう訳で男は結局研究職に就いた。元々物理学者を志していて、才能にも恵まれていた事もあり、この仕事はかなり向いていた。女の方はというと、その美貌と高い演技力を生かし、女優になった。


 未来に来てから丁度一年程経った頃、二人はすっかりこの世界に慣れていた。重力が上手く調節されていて、地面を強く蹴り出すと誰でも空を飛ぶ事が出来て、スピードもかなり出せる。病気にかかっても大抵の病気は治療薬が出来ている為、病院に入った瞬間に全身が診断されて、異常がある所については薬がすぐに用意される。空飛ぶ車で渋滞は解消され、空飛ぶ家で家ごと旅行出来るようになった。


「もう一年経ったのか…。過去の世界の僕達は上手くやれてるかな」


「心配ないわよ、またあそこに行く事にはならないだろうし」


「なってたら笑えるな…。でも何故だろうな。何だか嫌な予感がするんだ」


「何よ突然。過去の世界のみっくんの事?」


「ああ、とんでもない酷い目に遭ってるような気がしてね。心臓から汗が出るような気分だよ。たまに過去の僕の事を考えると寒気がするんだ。気のせいだと良いんだけど」


「そうなのね〜。まぁ考えすぎだと思うけどね。最近冷えてきてるし、体調に気をつければ大丈夫よ。仕事もあんまり無理しないでね」


「ああ、有難う。まぁ気のせいだよな…」


 それから数十年の年月が流れ、二人は歳をとったが、全く老けなかった。この世界の完璧な医療体制によって、人は老いなくなり、頭も身体も若い時のまま。仕事を一度見つけたら、後は一生若い時の健康な身体のまま生活出来て、科学の進歩によりやりたい事の殆どは出来る。


 ここはまさに楽園だった。二人は長生きし、ある時寿命が来て安らかに眠った。不老長寿という夢のような場所で、人々は永遠の眠りにつく最期の日まで、二十歳のようにアクティブに生きる。文明は考えうる最先端に到達していた。そして以下の物語は、今から四千年以上前の原始時代に遡る。

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