第4話 降り注ぐもの
「入部させてください!」
二人で声を揃えて、そして声を大にして頭を下げた。あの絵を見たとき、──壁に掲示してあった一枚の絵。空の雲の隙間から降り注ぐ光を再現した絵。その光は虹色で透き通っていてまるで僕らに希望と勇気を感じさせるような……。そんな絵だった。
絵を見て言葉を失った瞬間、僕の心は絵に乗っ取られたんだ。僕が絵になった気分で、それでいて僕がみんなに希望や勇気を与えているような気持ちになって。
幸せだった。僕も誰かに憧れられるような存在になりたい。そのためには……。
その時、初音が口を開いた。
「あちらに掲示してある絵を見たときに、何だか希望と勇気をもらったような気持ちになったんです。私も、あんな風に素敵な絵が描けるようになりたくて」
驚いた。僕の想いをそのままコピーしたように、初音の想いに重なったのだ。初音も同じことを考えていたのか、それとも、僕の想いがバレていたのか……。
同じ作品を見て、同じ感情を抱いて。
……嬉しかった。初音とは気が合うかもしれない。
「僕も同じこと考えてた。あの絵は希望と勇気に満ち溢れているよね。本当に、素晴らしい作品だと思う」
初音がにっこりと笑った。「一緒だねー」とピースをする。
他の部員も笑顔を浮かべている。美術室の中だけ時間がゆったりと流れているような錯覚を覚えた。ここでまた絵を描こう。
今日の出来事を心に刻み込んだ。
「また来ます」
一時間程時間が経ってから、美術室を後にした。
廊下を歩き出すと、初音が僕の方を見ていた。
「どうした?」
「今日楽しかったなーって。やっぱ美術は最高だね。悠里くん誘ってよかった!」
初音がそんなことを言ってくれたので、頬が少し赤くなったような気がした。
初音は笑顔を浮かべる。その笑顔を見るたび僕も釣られて笑顔になれる。高校入学初日にこんなに素敵な出会いがあったことに僕は感謝した。生きてさえいれば、良いこともそうでないことも経験できる。時にその経験は自分自身を成長させる。
「また明日ね」
「うん。ばいばい」
二人はそれぞれの帰路についた。初音は東の方向へ、僕は西の方向へと歩き出す。少し初音の背中を見送ってから、また前を向いて歩く。
長い髪、細い体、白い肌、そして優しい笑み。初音の姿が脳裏に浮かぶ。
家に帰っても僕は初音のことばかりを考えるようになった。明日はどんなことを話そうかな。明日も初音の笑顔が見られると思うと、夜もわくわくして眠れなかった。
「…〜い。お〜い」
ん?誰かの声が聞こえる。目を開くと、そこには一人の少女がいた。
「あ、起きた。おはよ〜」
少女が首を傾げて僕の顔を覗き込む。透き通ったガラス玉のような瞳。僕は体を起こした。しかし、自分の体が動いたというよりは、幽体離脱したような僕の分身が体を起こしたように思えた。
夢、なのだろうか。ここはどこだろう。
「また会えたね」
少女がそう言って微笑む。その笑顔に既視感を覚えた。
「ここは…夢?」
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