第6話 赤目の銀狼



~sideシリウス~



 私、シリウス・シェスティアは、辺境の地であるベスティクス領の領主である。元々は公爵であり、獣人国騎士団の団長であったが、ベスティクスの前領主であった辺境伯が、ジンの欲の発散時期による、魔物と妖の活性化に巻き込まれ、亡くなってしまったのだ。



 辺境の地は、そういった時期には危険であり、誰もこの地に来ようとはしなかった。そこで、ツガイを持つ気がなかった私は、戦闘の地であるベスティクス領を求め、公爵家と騎士団を弟に任せた。



「シリウス様、狩っても狩ってもキリがありません!」



「ここは一度、撤退すべきでは!」



 現在、私は魔の森の入り口と呼ばれる森に来ていた。何故来たのか……その原因は、時期外れの魔物の活性化によるものだった。



「ここで撤退するわけにはいかない! 逃げたい者は逃げろ! 家族が居る者、守りたいものがある者は、門の前で守ってもいい!」



 なんだこれは……異常だ。ジン達の欲の発散時期はまだだ。それに、ジン達の姿も見えない。何がおこっている。



「シリウス様、貴方を置いて帰れる訳がない!」



「ツガイを守るなら、ここでもできます!」



「俺達が言いたいのは、森の外で戦いましょうという事です! 貴方はどれだけ脳筋なんですか!」



 脳筋か……失礼な部下達だ。しかし、そうだな……この狭い森では、こちらが不利だ。



 私は一度森から出ようとし、皆に命令しようとした瞬間、森の空気が変わり、気温が一気に下がった。それと同時に、魔物達が森の奥に帰って行き、瞬きをすると目の前に白く美しいオオカミが現れた。



 あぁ……この方が原因か。何故……妖獣様は、神域の森の番人であり、あの森から出る事はない。それでも、妖獣様だとハッキリ分かる。私の本能が、目の前の獣を敵に回すなと言っている。



『お前達に問う。何をしにこの森に来た』



 これは、念話か? いや、そんな事は後でいい。今は妖獣様の問いに私が答えねば。



「魔物の活性化から、国を護る為に来ました」



『我が主達は、まだ欲の発散時期ではない。活性化はない』



「……妖獣様がいらっしゃった事で、魔物がこちらに向かっております。ここで防ぐ必要があります」



『私は何度もここに来ている。今まではなんともな……あぁ、雨瑠の影響か』



 ウル? それはなんだ?



『ちょうどいい。この中で偉いのはお前か? ならば、他の者を戻し、お前は私と共に来い』



 妖獣様のその言葉に、部下達は私を心配そうに見るが、妖獣様の機嫌を損ねる方がまずいと思い、私はすぐに部下達を帰らせた。



「妖獣様、私はシリウス・シェスティアといいます」



『赤目の銀狼か。ふむ……魔力も豊富。ツガイはなし。獣人でいるには勿体ないが……雨瑠の世話役としてはちょうどいいか』



 またウルか……世話役とはなんだ?



『不思議そうだな。雨瑠は私の可愛い息子だ』



 それから移動しながらウルについて聞いた。ウルが五歳の子供であり、人間に攫われたところを妖獣様が保護し、神域の森で親代わりとして育てた事。それから、喋れない事と動物や妖と意思疎通が出来る事。とても綺麗で可愛らしい子供だという事を聞かされた。



『雨瑠の服や食糧が欲しい。それから、お前が雨瑠に魔法を教えろ。念話を使うにも、まだ雨瑠の魔力が少なすぎる。私では、難しい言葉は雨瑠に通じない』



「あの、妖獣様……ウルという子の種族は───」



『ッ雨瑠!』



 種族を訊こうとした途端、妖獣様は私の服を咥えて、慌てた様子で走り出し、急に放り投げられると、目の前には涙を流して目を瞑る、裸の龍の子供が居た。



「大丈夫か!?」



 私は咄嗟にその子に声をかけ、後ろでは妖獣様がオークを凍らせ、噛み砕いている。龍の子は、ゆっくり目を開けると、その瞳はジンと同じ黄金の瞳で、髪は夜空のように美しく、目を奪われてしまったが、急に暴れだしたその子に、大事な部分を蹴り上げられてしまった。



「グッ……」



 流石の私も、こればかりは痛いぞ。



 私が痛みと戦っていると、視界の端に龍の子が妖獣様に連れて行かれるところが見え、目で追っていると、妖獣様は湖に龍の子を落としてしまった。



 ッ!? それでは溺れ……て……は? なんだ、あの髪は……夜空のような髪が……銀髪? あり得ない。それに、水の中の方が落ち着いているように見える。



 私は龍の子に誘われるように、フラフラと近づいた。



「妖獣様、その子は……」



『龍人だ。ジンではない……はずだ』



 ジンではない……確かに、この子がジンのように危険な存在だとは思えない。可愛らしく、将来はきっと美人になる。妖獣様がいらっしゃるなら、大丈夫だとは思うが、何故わざわざこんな危険な場所に連れて来たんだ? これまで森で育てたのなら、妖獣様が森で隠し続ければいい。



『しかし、この先は分からない。雨瑠はいずれ、我が主達に見つかってしまうだろう。そうなれば、常識など何も知らない雨瑠が、いつの間にか……という可能性もある。雨瑠には、やりたい事をやらせてやりたい。可愛らしい服も着せてやり、知識や力も必要だろう。ジンの今後の行動は……雨瑠が握っている……と思っている』



 妖獣様は、この子が……ウルがジンの花嫁になると思っているのか? ジン達がウルを欲すると? 確かに可愛い、美人だし、龍は美しい……しかし、あのジン達が……花嫁を欲する? 想像がつかない。



『一番は、可愛い服を着せてやりたい』



「それは分かります!」



『雨瑠はきっとなんでも似合うだろう』



「……妖獣様、その子に話しかけても?」



 私がウルと話す許可を得て、まずは自己紹介をすると、ウルは指を動かし、妖獣様と喋っていた。その仕草、一つ一つがなんとも愛らしく、庇護欲を掻き立てる。



 ん? 庇護欲? 欲……あぁ、そうか。妖獣様の考えが分かった気がする。確かにこの子は、欲を満たす存在かもしれない。それならば……

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