第3話 子育てを始めたオオカミ

~side白オオカミ~



 私は神域の森と呼ばれる、神に最も近い場所と言われている森の番人だ。皆、私を妖獣ようじゅうと呼んでいるが、私がここに居るのは、私のあるじが仕事を与えてきたからだ。そして妖獣である私は、仕事のついでに子育て中である。



 仕事と言っても、この森を守るというだけの話で、実際はこの森まで来れる者など居ない。なにせ、ここは崖の上にある森で、崖の下の森には危険な魔物達が居る。そんな場所を守るというのは退屈でしかなかった。



 そんなある日、下の森で魔物が騒いでいる事に気づき、気になって様子を見に行ってみれば、崖から離れた場所ではあるものの、やたらと興奮気味の魔物達が、馬車を襲っていたのだ。



 なんだアレは。あの馬車……ナニを乗せている?



 魔物が興奮する理由は、馬車の中に居ると判断し、襲われている馬車の者達が全員死んだのを確認してから、私はソレに近づいた。すると、魔物達はソレを襲うどころか、大事そうに私の元に運んで来たのだ。



 ドラゴン……いや、これは龍か? まさか、竜人から龍人が産まれたのか!?



 龍とは、この世界の創造神であり、我が主の親だ。そんな龍神を竜人や獣人、エルフや魚人は崇拝しているが、人間は全種族が人型ならば、龍神は人間が一番お気に入りであり、他の種族は人間の奴隷とでも思っている者も居るらしいが、とんだ勘違いだ。実際は龍神が人型だから、全員人型になっているだけなのだ。寧ろ、龍神はこれ以上酷くなった場合、その一部の人間に天罰を下そうとお考えだ。そして、この赤子の周りには親となる竜人の姿はなく、人間ばかりなのだ。



『道中、この子の両親は居なかったか?』



『人間どもだけでした』



『妖獣様、人間どもが道中話していたんです』



『僕達聞いたんです。奴隷を囮にしたら拐うのが楽だったとか、王に引き渡せば金に困らないだとか……』



 魔物達は、普通ならばそれぞれの縄張りがあり、こうして会えば襲い掛かるか逃げるかの、弱肉強食の世界なのだが、妖獣である私の前だからなのか、それとも赤子の前だからなのかは知らないが、魔物同士で争いだす気配はない。



「ふぇ……」



『ッ!』



 な、泣くのか!? 泣かれるのは……まずいぞ。




 赤子が泣くのかと思い、鼻でつついてみれば、赤子はゆっくりと目を開き、その瞳は綺麗な黄金色に光っていた。



 この子は、龍神様のお子ではない……んだよな? しかし、この黄金色は……主達と同じだ。だが、この澄みきった水のような、透明にも青にも緑にも見えるような尾は……水神すいじん様の色にも似ている。



『私が預かろう。お前達が、この子を助けたいと思うのなら、この魔の森に何者も近づかせるな。それでも侵入者が出た場合は排除し、服と食糧だけは確保しろ』



『竜人でも……ですか?』



『あぁ、竜人でもだ。そもそもこの子が竜人の子とは限らない。もしも竜人の子ならば、親が全力で探しているだろう。しかし攫われたのなら、親が死んでる可能性もある』



 それから、私は森の獣達と赤子を育てた。赤子は賢いようで、私が離れた時以外は泣かず、どんどん育つにつれ可愛らしく、そして美しい龍人になっていった。髪は夜空のような青みがかった黒だが、水に濡れれば途端に銀色に変わるのだ。



「父さん、あにょね……僕、雨瑠って名前……ありゅにょ。ここと違う世界……居たんだけど……死んじゃったみたい」



 弱々しい声だが、鳥の鳴くような可愛らしい声で、突然神々のような事を言い出した。雨瑠は、異界で生きた記憶があり、死んだ事にすら気づかないまま、いつの間にか私の元に居たのだと言う。



 雨瑠は、私を父だと思っているようで、雨瑠のような可愛らしい子なら、父親でもなんでもなってやろうと思ったが、雨瑠はツノが生えてから水浴びばかりするようになった。龍人とは言え、龍である雨瑠とともに水浴びなど、私達には考えられないのだが、雨瑠は拗ねたように潜ってしまい、一度溺れてしまった事があった。



「ワゥ! ワンッ、ワンッワンッ! グルルルル(雨瑠! なぜ潜ったりしたんだ! 危ないだろう)』



「ごめんなさい。でも、僕……寂しくて……周りに誰も居なくて……そしたら、水中に魚がいっぱい泳いでたから……」



 ぐっ……可愛すぎる。私の子は何故こんなにも可愛いんだ!



 その件があってからは、全員で見守るようにした。雨瑠の体には、綺麗な鱗が散らばっていて、ますます龍神と重ねて見てしまうが、水の中を好む雨瑠は、水神にも見えた。



「父さん、あのね……」



 雨瑠は、喋りながらよく手を動かしていた。私達はその手の動きが、喋っている事と同じものだと分かり、それを理解しようとした。何故なら、雨瑠は前世で喋れなかったと言っていたからだ。そしてある日突然、雨瑠は声を失った。元々雨瑠の声は小さく、弱々しいものだったが、完全に声が出なくなってしまったのだ。



「クゥーン、クゥーン? (声が出ない原因はあるのか?)」



「(声の事? 前世の僕が五歳の時、両親が目の前で亡くなって、ショックで声が出なくなったの)」



 雨瑠はいろいろと教えてくれようと、指文字とやらで説明してくれ、親が恋しいのかと思い、今世でも親に会いたいかと訊けば、どっちでもいいと言ってきた。例え会いたいと言っても、私はこの可愛い龍を手放すつもりはない。と言うのも、雨瑠が一人で考えている時は、お馬鹿なのか唐突に変な事を言ってきて、一度自分の中で決まってしまえば、それを訂正するのが難しくなる。ズレた考えのまま野放しにしては、何が起こるか分からない。



「(父さん、僕の櫛作るから太い木、ちょうだい)」



「ワフゥ(何に使うんだ)」



「(明日の為に身嗜みを整えるの)」



 この森から魔の森に行くだけなのだが、やたらとウキウキして、念入りに水浴びをしていたところを見ると、きっと変な勘違いをしているのだろう。



 明日は、魔の森に下りるだけだと言うのに……はぁ、そんなに尻尾を振って……可愛すぎるのも問題だな。

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