黒蝶舞う海で

和響

プロローグ

怪談百物語生配信中

 ご視聴の皆様、こんばんわ。怪談師の海蛍うみぼたると申します。


 本日は、『怪談百物語 生配信』ということで、怪談師の皆様にお越しいただきまして、怖い話を夜明けまでお届けするという、わたくし、海蛍チャンネルの特別企画でお送りしております。


 えぇ、さて。百物語の歴史は古く、室町時代に始まり、江戸時代に流行したそうです。元を辿れば、主君が眠る時に、話し相手を務めた御伽衆おとぎしゅうに由来するとも、武家の肝試しに始まったとも言われています。御伽衆なるものが、夜な夜な布団の横に座り、主君に怖いお話を聞かせる図を想像いたしますと、わたくしなどは、それはそれで、絵本の読み聞かせをする母親と重なり、どこか、ほっこりしてしまうのですが——。


 百物語と言いましても、実際は百話目は話さないというのが本来のやり方のようでして。なんでも百話目を話してしまうと、本物の怪異が現れるとか……。百物語自体が降霊術の類であるとか、呪術的な意味合いがあるとか、そういった話もございます。参加者の話が一巡するごとに場の霊気が増幅し、最後はあの世への扉が開くとか……。要は、簡単に手を出してはいけない代物シロモノだ、ということです。


 まぁ、そういうことですので、今回お越しの怪談師の皆様には、その辺りのことも、ご理解ご了承いただきまして、この企画に参加していただいております。


 怪談師の皆様、今日は朝までどうぞ、よろしくお願いいたします。


 えぇ、そして、本日は、いつものスタジオを抜け出しましてこの企画のためにお借りした、御堂から配信しております。


 ご視聴中の皆様には画面が薄暗く、大変見にくいかと思います。申し訳ございません。実際わたくしどもがいるこの場所では、撮影用の小さな照明のみで、怪談師の皆様のお顔が判別できるほどの明るさしか、ございません。


 とはいえ、わたくしはいつものように黒子頭巾をかぶっていますので、違和感があまりないと思います。黒子頭巾は、いわばわたくしの、ユニフォーム。しかし本日は黒子服ではなく、青い着物を着ております。黒子頭巾に青い着物という、何ともおかしな取り合わせでございますが、実はこれも百物語の正式な装束なのでございます。


 今回は魔除けの意味合いも含め、大麻おおあさを藍で染めたお着物を、怪談師の皆様にも、ご着用していただいております。


 えぇ、さて。

 それではですね、本日の会場を少々ご紹介いたします。


 本日の会場となっているこの御堂は、かつては、ある、信仰の場として使われていた場所でございますが、現在は使用されておらず、廃墟です。


 廃墟と申しましても、全国津々浦々、おどろおどろしい建物はございますが、ここはどちらかと言いますと、神聖な場所という印象が強い気がします。本来ならば、この御堂に入ることなど許されないのですが、そこはわたくし、海蛍が、持ち主のご子孫に当たる方に了承を経て、撮影をしております。


 えぇ、こちらの御堂。何やら煙のくすぶるるような匂いが致します。ご視聴の皆様にこの独特な香りをお届けできれば、より雰囲気が伝わると思うのですが、そういうわけにもいかないので、事前にこの場所をドローンで撮影して参りました。


 切り替わったでしょうか。

 はい、大丈夫そうですね。


 えぇ、いま流している動画を見ても分かるように、こちらの御堂。なかなか大きな建物でございます。


 原型を留めておりますのは、入り口から中程までとなっております。ちょうど今矢印が出ている辺り、そこにわたくしども怪談師が、輪になって座っております。そして、今画面上の矢印が少し進みましたが、わたくしどものいる隣の部屋には何も物はなく、明かりは一切ございません。そして、さらに進みました、このL字型の奥の部屋。ここに蝋燭が百本立ててございます。


 その風景を事前に撮って参りましたのが、いま見ていただいている動画になります。


 ご視聴中の皆様は、もしかして今「おお!」と声が出たのではないでしょうか。実際わたくしどもも、百本目の蝋燭に火がついた瞬間、「おお!」と歓声をあげてしまいました。祭壇に立てた蝋燭が風もないのに揺れる様子は、見ているだけで幽世かくりよに迷い込んだようです。蝋燭の置かれている祭壇の中程には文机に鏡。怪談師は一話話し終えるごとに、この奥座敷へと向かい、蝋燭を一本吹き消し、鏡の中の自分の姿を見てから、元の部屋へと戻ってきます。もしや、覗き込んだ鏡に自分でないものが映っていたら——、と思うと、恐ろしいですね……。


 そう思うと、すでにいまここが現実世界なのか、どうか——。


 それはわたくしにも分からないのですが。配信がちゃんとできているということは、まだかろうじて我々は、現世に留まっているということなのだと、思います……。


 えぇ、さて、そんな会場で、本日お話しいただく怪談師の皆様をご紹介したいと思います。冒頭にも申し上げました通り、百物語と言いながらも、百話目は話せないわけですので。本日はわたくしも含めまして、十一名の怪談師で、一人九話ずつ。全九十九話でお話をしていく予定でございます。


 本日お話をする順番は、この動画の概要欄に書いてある通りでございますが、お時間の関係上手短ではございますが、本日お集まりの怪談師の皆様を順にご紹介していきたいと思います。


 わたくし海蛍が一番目を務めまして、隣から。


 元プロレスラーの城山田ロッキーさん。

 アイドル系怪談師リカちゃん。

 海外モノの怪談に定評があるエキゾチック怪談師モアイ像さん。

 怪談ラジオパーソナリティのDJ雫さん。

 かの有名な怪談レジェンド一番弟子である今中恐助さん。

 新宿で怪談居酒屋を経営している響さん。

 現役のお坊さんでもある大海原入道さん。

 白衣を着た、といっても今日は青い着物ですが、リアルな病院系怪談を得意とするDr.ダマーさん。

 ドラァグクイーンの外見とは裏腹に古典的な怪談話を得意とするレディカカさん。

 そして最後は、声優業でも大活躍、甘々ボイスな怪談師、夢子さん。

 と、以上十一名の怪談師でお送りしたいと思います。


 いやぁ、圧巻です。わたくしが知る限り、怪談界隈のスーパースター達が揃ったと言っても過言ではないでしょう。まさに、百物語を行うにふさわしいメンバーです。皆様本日は、夜明けまでの約十時間。どうぞ最後までよろしくお願いいたします。


 えぇ、さて。

 今宵は、新月。


 月明かりのない夜に、霊感体質な怪談師が特別な御堂で百物語を行う。何か起こってもおかしくない状況でございます。実は、先ほどからわたくしも、七月の始めだというのに鳥肌が立ち始め、心なしか、肌寒く感じます。ご覧いただいている皆様も、どうぞ背後にはお気をつけて、ご視聴いただけますようお願い申し上げます。


 それでは始めて参りましょう。

 怪談百物語、第一話。

 まずはわたくしの元に寄せられた、こんなお話からお付き合いください。

 

『いけない儀式』


 




 

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