第2話

 第一章 救済

 僕は学校が嫌いだ。

理由は二つある。一つ目は容姿が悪かったり運動神経が良くないだけで、僕に冷たい視線を向けてくる人々が多いからだ。

二つ目は、運動や勉強ができ、容姿が整っている人が殆どであり、エリート高校だからである。さらに、プライドが高い人が多い。だから、先生や生徒達は僕を蔑ろにする。

しかし、苦労して入学した高校なので死んでも辞めるつもりはない。


 「カオス理論とは初期条件が僅かに変化するだけで後々大きな影響を及ぼすという理論である。この理論の寓意的な表現はバタフライエフェクトだ。これは蝶々バタフライの羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こしてしまうことであり、些細な出来事が未来に大きな影響を及ぼすことを揶揄していることである。さらに……」

斜め後ろからリーの寝息が聞こえてくる。

「おい!リーは後で職員室へ来い!!」と怒気を含めたツォルン先生の声でリーは目覚めた。

「は!?すんません……」

物理の授業が終わり、リーが下を向いたまま職員室に向かっているのを僕は見た後、本を取り出し読み始めた。読書に没頭していると、目の前に気配を感じた。本を閉じ、前を向くとレイの美しい顔が現れた。

「シュヴァルツくん何読んでるの?」彼女は僕の本を見ながら話しかけた。

「……偶像の黄昏」と答え、僕は彼女に本を渡した。本を手に取ると興味深そうに読んだ後、彼女は澄んだ瞳で僕を見つめ、首を傾げながら質問してきた。

「難しそうな本読んでるねー、本けっこう読むの?」僕は彼女と目を合わせないよう下を向き、頭を縦に動かした。


 リーは弱々しく職員室のドアを叩いた。

「失礼します、VC5301リーです。ツォルン先生はいらっしゃいますか」と覇気のない声でリーは言い、職員室を見渡すとツォルン先生が不機嫌そうな雰囲気を漂わせながら書類整理をしているのが見えた。「失礼します」と一礼し、リーは職員室の中に入ると、まるで終身刑が決まった囚人が牢獄に入るような足取りでツォルン先生の机まで移動した。

「ツォルン先生、すんま……」リーが頭を下げようとすると、

ツォルン先生は猛禽類のような目で彼を睨みながら怒鳴った。

「リーお前は、貴族出身者としての誇りはないのか!」

「ありますよ!」とリーは答えたが、ツォルン先生はバァンと机を叩くと「じゃあなぜ授業中寝るという失態を犯すんだ!」と叫んだ。

「すんません!!部活が遅くまであったので……」

「言い訳など聞きたくない。次、居眠りするとエドワード帝都大学の推薦を取り消す」静寂が支配している職員室にツォルン先生の冷酷な声が響き渡った。

「それだけは勘弁して下さい、ほんとすんませんでした」


 もうやめてくれ……とシュヴァルツはリーの執拗な暴力に耐えながら誰もいない放課後の教室で蹲っていた。

周りにはリーの悪友達がシュヴァルツを囲い込んでおり彼が逃げられないような包囲網を作っていた。

「リーやめとけよ〜泣きそうになってるんじゃないかぁ」

と腕に虎のタトゥーを掘っている男が嘲笑を浮かべながら言った。「いやいやこいつFPだからなにやっても大丈夫っす」

とリーは言い、僕をサンドバッグを殴る様にジャブを数回喰らわせてきた。

僕は口の中で鉄の味を感じながら朦朧とした意識を保っていると

「あんた達なにやってるの!SNSにこの現場拡散してもいいのね」とレイの声が聞こえ、意識を失った。

 目が覚めると真っ白な天井が見えた。起き上がろうとすると保健室の先生が穏やかな声で「まだ寝てなさい」と言った。

ぼろぼろの体でゆっくり階段を降りているとレイが僕の体を支えながら話しかけてきた。

「大丈夫?階段降りれそう?」​

僕はゆっくり頷き、レイに支えてもらいながら階段を降りた。


 最近いいことが二つ起きている。一つ目は、あの日を境にリーは僕に一切関わらなくなったことだ。二つ目は、友ができたことだ。

「シュヴァルツくんお昼一緒にたべようよー」とレイは片手に弁当を持ち、笑顔で話しかけてきた。

「……いいよ」僕は弁当を持ち、彼女と談笑しながらカフェテリアに向かった。彼女の笑顔を眺めながら日常の変化の予感に心を震わせた。

「シュヴァルツくんは実家暮らし?一人暮らし?」彼女は美味しそうに卵焼きを食べながら問いかけた。

「……一人暮らし」と小声で答えた。

「一人暮らしなんだー大変そうだね!」彼女は神の祝福を全て受けた様な美しい顔でリアクションした。

「……そうでもないよ、自由だし。レイは?」

「一人暮らしだよー同じだね!」

そうだ、僕はFPだったので親に捨てられた。だから、一人暮らしをしているが、親から口座に多額の現金が毎月振り込まれるので生活には困ってない。けど、日々満たされない思いを抱えて生きている。



 平和な学校生活を送るなかで、この生活も悪くないと思い始めた。なぜなら、シャングリラ偏差値特定機構が二年に一回、シャングリラ中の高校生を対象に学力を測定する世界偏差値測定テストで三百万人中、八千五百二十七位という結果を残し、周囲の人々から酷い扱いを受けることが無くなったからだ。

この頃は平和な日常がずっと続くとそう信じていた……。


 「…………!!」

ドンッとフルフェイスヘルメットが手から離れ、地に落ちていった。

僕はリーとレイが親しげに談笑しながら帰ってるところを目撃し、呆然としてしまった…………。

「リーくん今回のテストどうだったー?」レイがリーの目をじっと見つめ、問いかけた。

彼は胸を張って「楽勝だったわぁ」と答えた。

「さすがぁー笑」と彼女はリーの肩を叩き、二人は笑い合った。

僕は自分の存在を悟られないようそっとフルフェイスヘルメットを拾い、激情を抑えながら静かに帰った……。

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