17日目:怪獣「史たん」降臨


 『 「おとたん」、ただいま!』

 週明けの月曜日。勤務先からの帰宅を出迎えてくれたは、最愛(?)の奥さんである「おかたん」と一匹の子ザル、もとい「史たん」。

 「おかたん」に抱かれてこちらを見て(?)いる姿は、病院で見た時よりも些か大きく、目も何かを視界に捕えようとする動きを感じられるようになっているようだ。

 我が子(?実感に乏しいが)の着実な成長を目にした「ボク」の感想はというと、それでもやっぱり、

 『 電話とかでは見てはいたけど、やっぱり実物は違うなぁ。やっぱり子ザルだ。』

 である。そんな「ボク」の心境を知ってか知らずか、「おかたん」は

 『 ほら、「おとたん」だよ~』

 と子ザルを近づけてくる。

 抱っこしろ!ということだろうか?会社帰りで荷物もあるのに、無茶ぶりもいいところである。なので、

 『 あーはいはい、ただいま~』

 と軽く流しながら、華麗に二人をスルーして家の中へ。台所を抜け、物置部屋と化した洋間に荷物を放り投げ、家着に着替えたところでようやっと人心地ついた「ボク」は改めて「おかたん」と「史たん」のところへ。

 二人がいるであろうリビングの引き戸を開け、仕切り直しにとばかりに声を掛ける。

 『 みんな久しぶり~「おとたん」帰ってきたよ~』

 さっきのすげない反応の所為か、ソファに座った「おかたん」からは白い目で見られ、「史たん」は「おかたん」の腕の中で、目をぱちくりと瞬いている(まぁ、視線は今だ宙だが)。

 数瞬の沈黙のあと、やおら「おかたん」が立ち上がり、こちらへと歩いてくる。そして、

 『 はぁ、もう仕方がない「おとたん」ねぇ。』

 と、そんなことを言いながら、ずいと「史たん」を押し付けてくる。

 『 ほら、「おとたん」だよ、抱っこしてもらおうね~』

 そう、どちらに言ったともわからない発言をしつつ、有無を言わさず渡される「史たん」を正直かなり戸惑いながら受け取る「ボク」。正直、人生二度目の我が子とのふれあい。もうおっかなびっくりである。だって、力加減わからんもん。なので、抱っこはもう少し距離を縮めてからでも。。。と思っていたのだが、どうやらそうもいっていられないらしい。仕方がなくやってきたセカンドコンタクトを得意の皮肉で自分の緊張をごまかしつつ、

 『 「史たん」、「おとたん」ですよ~ま、どうせわかっちゃいないとは思うけどね~』

 となんとかかんとか落とさずに成功させる。

 いや、もうマジで緊張したわ。

 そんな「史たん」はというと、無事に腕のなかに収り・・・少し重くなった(?)だろうか?よくわからない。前に抱っこしたときの記憶なんて、必死過ぎてよく覚えていない。暖かく、そこそこ柔らかいものだったような気もするが、重さまではピンとこない(実際、2キロも3キロもそんなに分かるかと言われれば、多分わからんし)。ただ、全体的に力なく、手足をにぎにぎするくらいしか動かなかったようなイメージだったので、、、ふいに「史たん」が大きく反ったのにはもう、驚きしかなかった。

 なにこれ?魚?魚なの?

 そう、釣った魚が急に動き出したときを思い出してもらうとわかると思うが、急に動き出されると体が条件反射でびくっと動いてしまう。それも危険を遠ざける方向へと。なので、この時も意図した動きなわけではなかったが、「史たん」の急な動きに合わせて体が、いや、腕が上に持ち上がってしまった。やべっと思い、慌てて引き戻そうとする意志はさらに逆効果となり、結果として「史たん」を放り出しかけてしまう。

 一瞬、腕を離れ、宙に浮く「史たん」。

 「ボク」はもうそれは慌てて、体ごと飛びあがるようにしてキャッチした。

 『 あっぶな~』

 もう、本当に冷や汗ものである。え?いつの間に「史たん」って、こんな動くようになったの?聞いてないんだけど?ただ、もうやっべーやらかしたの思いだけは募っていき、般若の形相の「おかたん」を想像しては恐々振り返る「ボク」。

ただ、そんな一部始終を見ていた「おかたん」の反応はというと。。。

 『 もう、気を付けてよね~その子、かなり首と背中が強いみたいで、急にぐんっと反ったりするからね。』

 と、なんとけらけら笑っている。

 何だこの余裕は?もしやとは思うが、ボク以外にも放り出しかけた人がいたのだろうか?それとも、これが母親の余裕なのか?こちとらもう泣きたいくらいに緊張でがちがちなのに、、、などと考えていると、「史たん」ぐずり始める。

 『 ふ、ふ、ふぇ、ふぇぇ、ふぇぇぇ』

 そ、そうか、そんなに「おとたん」に抱っこされるのが嫌か?大丈夫!「おとたん」も怖くてもう嫌じゃ。気が合うじゃぁないか。な、だから、ほれ、「おかたん」のところに帰してやろうじゃないか!などと、心の中で「史たん」と会話をする。

 だが、実際問題、どうしたらいいかがわからない。置いていいのか?「おかたん」に渡せばいいのか?それとももういっそ放り投げたらいいのか?などと訳の分からん思考回路に支配されそうになる「ボク」。そんな「ボク」のおろおろした状態なぞ、気にも留めた様子もなく、

 『 あ~そろそろご飯の時間かなぁ?もう6時だもんね~前にやったのが3時過ぎだからそろそろいい時間かも?』

 と、いいながら平然としている「おかたん」。

 おい!そんなのほほんと「史たん」考察に耽ってないで、早く、この泣き喚き始めたベイビーを何とかしてくれ!

 その思いを込めて、「おかたん」に視線を送る「ボク」。その思いは、どうやらつたわ、、、

 『 じゃ、ミルク作ってくるから、もう少し「史たん」をお願い。』

 らなかった。呆然とする「ボク」。本格的に泣きじゃくり始める「史たん」。

 ま、まさか放置、だと。え?嘘、泣いてるよ??いや、マジで?お、「おかたーん」カムバーック。



 結局、「ボク」の願いは誰にも届くことなく、「おかたん」がミルクを作っている間、泣き喚く「史たん」をあやし続けることになった。

 ただまぁ、5分も抱いていると、徐々に慣れてくるもので、くるくる回ってみたり、歌を歌ってみたり、顔に息を吹きかけてみたり(これは一瞬泣き止むんだが、持続性はまったくない。むしろ逆に、更に火をつけたように泣くもんだから、子守初心者の「ボク」の心臓にはよくなかった。)といろいろできるようになった。まぁ、結果として目立った泣きやませ効果はなかったんだが。

 そうこうしているうちに、やっとミルクができたらしく、ソファに腰掛ける「おかたん」。

 おいで?とばかりに無言で広げられた「おかたん」の腕に、もう投げ捨てるような勢いで「史たん」手渡す(あ、もちろん、できうる限り優しく優しく手渡してますよ?いや、ホントに。)そして、脱兎のごとく逃げ出す「ボク」。そして、捨て台詞とばかりに、

 『 ふぅ(汗をぬぐう仕草)。はい、じゃぁね、「史たん」。「おとたん」はこれからご飯の準備なのです。なにかご希望があれば準備差し上げますが、ご希望があればお作りしますが、ご希望はありますかな?ん?食べれない?それじゃぁ仕方がありませんなぁ?』

 などと軽口をたたいて、苦労を隠ぺいすることも忘れてはいない。

 もう、内心は冷や冷やで、やっと解放された~!!と小躍りしたいくらいの気持ちだったのだが、これは当然秘密である。


 ご飯を作って、リビング(リビングは台所と続きになっている小さめの洋間を宛がっているのだが)に持っていくと、ちょうど「史たん」はベッドに寝かせられるタイミングだった。いや、というか、そうなるように調整した。家事に慣れた「ボク」にとって、隣室の状況把握をしながら、飯を作ることなぞお手の物。だから、ベストなタイミングを見計らわせていただいた訳だ。

 『 はい、ご飯だよ~』

 の掛声の元、リビングに入る。

 今日のメニューは煮込みうどん。簡単ヘルシーだが、お腹にはたまり、栄養のバランスもそれなりにいい。野菜嫌いの「おかたん」に野菜を喰わせられるのも、利点のお気軽メニューである。

 アツアツのうどんを皿に盛り分けながら、誰にともなく独り言ちる、

 『 いやぁ、やっぱり静かにしていると可愛いねぇ。でも「史たん」は今もまだ右側の世界の住人なのねー』

 と。この時の「史たん」は赤ちゃん用のベッド(基本は椅子なのだろうが、完全陸らインニングもでき、車輪もついているから押して移動させることもできる色々兼用している赤ちゃん用のやつ)に寝かせられ、手足をパタパタ動かしていた。灯もないのになぜか自分の右側に当たる、誰もいないふすまの方を見ながら。

すると、それを会話と取ったのか「おかたん」が、

 『 そうなんだよね~病院では灯の方って言ってたんだけど、結局ずぅっと右ばっかりみるんだよねー。頭が変形しないように、転がしたり左で音を出してみたり、色々やってはいるんだけどね・・・』

 と苦労エピソードを始める。

 しまった!と思ったのも時すでに遅し。その後、これまでにたまった鬱憤をご飯を食べながら、延々と聞かされることになったのは皆さんの想像にも難くないだろう。


 ご飯を食べ終わり、早々に片付け、風呂を済ませて、就寝時間となった。平日でもあるし、幼児の生活リズムが分からないため、「ボク」の至福の時間はなしとした。まぁ、仕方がないよね?

 そして、いざベッドへ、となるのだが、「ボク」が昨日まで使っていた高級ダブルベッドは当然のように「おかたん」と「史たん」のものに(言わせてもらうが、結構したのよ?前職はお金だけはあったからその場でポンと買ったけど、金銭感覚がおかしいとしか言いようがない値段。だったのに。。。)。

 そして、昨日までその布団の主であった「ボク」は床でのごろ寝に追いやられてしまった。なんて理不尽!我ながら、可愛そうとしか言いようがない。だがまぁ、広いベッドは家にはこれしかないからなぁ。心の中で愚痴りながらも、二人が寝転んだことを確認し、、電気を常夜灯に。そうして眠りについた、、、と思ったのも束の間、ここからが長い夜になるだなんて、この時の「ボク」には知る由もなかった。


 消灯後、程なくして

 『 ふぇ、ふぇ。』

 が始まる。時間にして、一時間くらいだろうか?「史たん」のお目覚めである。どうやらご飯の時間らしい。

 「おかたん」は泣き声を聞いて、がもぞもぞ起きだし、授乳を開始する。当然、「ボク」だって目が覚めてしまった訳で、所在無げにしていても仕方がないので、ミルクを作る(作り方は寝る前にレクチャーを受け済。まぁ、缶から計量スプーンで規定量取って、哺乳瓶に注いでお湯入れて振るだけだから、苦手意識さえ持たなきゃ別に大したものじゃなかったし、冷ますのも電気ポットの保温温度を適正値にしているから、そんなに大変でもない)。そして、授乳、ミルク、げっぷにおむつ替えまで済ませて、「史たん」が眠りにつくのを眺めていたのだが、気が付けば「ボク」の意識も闇の中へ。。。

 と思ったのが2時間位前の事だろうか?現在は午前0時過ぎ。第二波の真っ最中である。ルーティンとしては、先ほどと同じ。「おかたん」の授乳の隙に「ボク」がミルクを作り、、、っていうか、よく見たら授乳しながら「おかたん」寝てる?目を閉じて、頭がかっくんかっくんしているが?そして、とうの「史たん」も口だけはもごもご動いているが、目を閉じている。え?ガチで起きてるのって「ボク」だけなん?そんなことを思いながら、やることがなくなったので、寝転ぶ「ボク」。願わくば、これで最後に、、、

 なぁんてことはなく、その後、第三波、第四波とほぼ2時間おきくらいに繰り返される。流石に明け方近くの第4派目は「ボク」には無理だった。薄目を開けて、起き上がろうとする「ボク」に対して「おかたん」が

『 寝てていいよ』

 と言ってくれた言葉を聞いたか、聞かないかくらいで「ボク」の意識は闇の中へ。そして、第五波が・・・

 そんな訳で、寝たんだか寝てないんだかわからないままに、携帯のアラームで夜の終わりを自覚する「ボク」。時刻は朝の7時。もう日は完全に上ってしまっていた。

引っ掴んだ携帯の時計の時計と、安らかに眠る二人の顔を交互に見比べつつ、

 『 最早、怪獣というほかないわな。というか、お母さんってすごいよ、もうマジで。』

 そう独りごちるしかない「ボク」。同居開始初日にしてもう心が折れかけた、そんなお話でした。

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