16日目:ただいま

 4月1日。日本では何故か新しい年度のスタートとなる日。

 「ボク」も晴れて、公僕の一人としての一歩を踏み出した(笑)


 任命式?もちろん、ドッキリなんてなかったよ?本当まじめを絵に書いたような式で、気慣れぬスーツに居心地の悪さを感じたくらいかな?

ああ、でも唯一ドッキリだったことといえば、いまだに独り身を謳歌していることだろうか?

 結局、「史たん」のインフルエンザ騒動の所為で、新年度からの家族生活は出来なくなってしまったのだった。

 まぁ、そらそうでしょ?だって、3月の最終週にインフルを移されたらさ、どう短く見積もったって3月中に移動なんてできようはずもないよね?お薬も飲めないんだし?

 それでもどうにかこうにか完治は見えてきたようで、ようやっと、次の月曜日に病院でOKがもらえれば、戻ってこれる運びにはなりそうとのこと。

 まぁ、新年度一発目からさえないスタートにはなってしまったけど、何よりも健康が第一!それは仕方だないことだよね。


 さて、そんな独身生活を謳歌できる環境にある「ボク」はというと、、、こちらもまた締まらない。まぁ、しまらないのは主に腰なんだが・・・

 いまだに座っていると腰が立たなくなり、歩くのも大変。というか、そもそも座っているとじくじくと痛むので、堪えられるにしても居心地の悪さは半端ではない。もう本当に嫌だ。

 そんな状態でも式典はなんとか乗り越えたのだから、自分で自分を誉めたい。いや、誉めよう!

 という訳で、昼食は外食でラーメンを。

 その後、小一時間かけて担当公所へ移動となった。

 バスは来ないし、遅いし、しょっぱなから迷子になりかけるしで、まぁ大変ではあったが、とりあえず無事に時間内には担当公所につくことは出来た。

 まぁ、まずはめみえ、ということで紹介だけされて、第一日目は終了となった。

 ん~というか、明日から何をするのか全く分からん。こんなんでいいのだろうか?初めての社会人経験は6年前に済ませてはいるのだが、果たして新採用ってこんな感じだったっけか?ん~そんな感じがしなくもないが、、、と家路を歩きながら思い返してみる。


 確かにやることもよくわからず、講義講義の日々だった、、、気はする。

 講義の最後がCADの実習で、実習明けからはOJT(On the job trainingという名のただのjob)になったんだったか?

 基礎の基の字もよくわからん新人に、結構肝となるバネの安全計算をさせたり、図面を書せたり、あれって大丈夫だったんだろうか?というか、そういうのフォーマット作ってもよかったのではないか(一応、その後自作しておいてきたが)と思った覚えがある。

 あ~少し嫌な思い出も思い出した。

 そうしてなんだかんだ仕事を消化する日々を送ってた時に、不意に火急の私用が入ったことがあった。どうしても平日役所に行かなければならなくなり、有給取っていいか直属に聞いたら、

 『 え?知らんよ?俺にそれを許可する権限ないし?別に自分の仕事の中でやりくりできるなら勝手にすれば?』

 と、自分の仕事もわからない子に、何とも辛辣な助言を頂いたことも懐かしい話である。その時はもうアワアワするだけで、泣きそうになり、誰に頼ればいいかも良く分からず、席の上座の一番偉そうな(入社当初のペーペーに、認可権限が誰にあるかなんてわかろうはずがないだろう?)人に、

 『 あの、明後日休みを頂きたくて、、、』

 と話しかけたら、

 『 は?なんで?』

 と聞かれ、理由の説明を延々させられた挙句、直属に許可を取って来いと再度追い返されて、マジ泣きしたのを覚えている。いや~何っってクソな会社だろうか?

 まぁ、お陰でその時よりは大分神経も図太く出来上がっているので、

 『 やることがないなら、ボーっとしていればいいか』

 と、大分気楽に鼻歌を交えながら家路を歩く「ボク」だった。

 因みに、この出来事の所為で、有休を取る、ということになんだか後ろめたさを感じるようになってしまったのは言うまでもない。


 家路、、での回想を長々と書いてみたが、実は家路は長くない。というか、徒歩5分!めっちゃ近いのだ(あとで探してくれた「おかたん」に聞いたのだが、近くでは探したが、この距離は予想外だったらしい)。

 従って、定時の5時15分に公所を出れば、どんなに道草喰っても5時半前には家に着いてしまう。アフターファイブってこういうことを言うんだよね?

 その上、「ボク」の頑張りのおかげで、台所、寝室、リビングルームは人の住める環境、いや、それ以上にきれいに片付けが終了している。つまり、「ボク」のアフターファイブにはもう何の障害も存在していないのである。ビバアフターファイブ!

こうして「ボク」の新公僕一日目は大過なく過ぎていくのだった。


 と、そんなこんなで、楽しくも寂しい一週間を過ごし、気分がドン鬱になりはじめた日曜の夕方。

 日曜夕方の恒例、○点も始まろうかという時間に、スマホの着信音が鳴り響く。

 まぁ、「おかたん」であろう。

 そんなことはスマホの画面を見るまでもなくわかってしまうが、

 『 このドン欝な時間にまったくもって空気の読めないことだ。』

 と一人愚痴りながら、受話ボタンを押す。

 『 今、大丈夫?』

 電話口からは、いつもと変わらぬ「おかたん」の声。続けて、

 『 今、親もいなくて、「史たん」もご飯終わって機嫌がいいから電話してみた。 明日、午前中に病院に行って、OKが出たら、そのまま送ってもらって帰ることにしたからね~。たぶん早ければお昼過ぎには着くと思うから、楽しみに待っててね~』

 と。いや、待ってない、正直、独り身楽しいもの!とは口に出せるはずもなく、

 『 そ、そっか~気を付けて帰ってくるんだよ~お父さんにもよろしくね!でもでも、「史たん」完治してなかったら、まだ実家でゆっくりしてきていいんだからね!「史たん」も手厚いフォローの下、生活していた方がいいだろうから!「おかたん」だって、まだ体調は万全じゃないかもしれないんだから、大好きなお父さんお母さんの下、ゆっっっっくりリフレッシュした方がいいんじゃないかな?そうすれば、「じぃじ」「ばぁば」も「史たん」と一緒に入れる時間が増えてWINWINなんだからね!』

 と、精一杯の抵抗をしてみる。。。と、

 『 はぁ???』

 と、それはもう、すっごいどすの利いた声が返ってくる。その一言で、「おかたん」の機嫌が最低ラインまで低下したことを知った。

 『 リフレッシュって何ですか?そんなこと言うなら「おとたん」も来ますか?』

 と急にそんな脅し文句まで飛び出す始末。こ、怖い。

 というか、そもそも「ボク」の実家ではないのだから、行ったところで気の休まりとは無縁の訳で・・・この脅し文句の意味が全く分からないが、それはそれ。聞き分けのいい「ボク」は発言をなかったことにするため、

 『 へいへい、待ってるよ、気を付けてね~』

 と、いうだけ言って、逃げに徹することにする。偉いね!「ボク」。

 その後、機嫌直しも兼ねて、取り留めのない話や愚痴を聞くこと十数分、

 『 ほぉぇ、ほぉぇ』

 と「史たん」が泣き出す。そんな「史たん」を画面の前面に押し出し、

 『 ほらー「おとたん」だよ~明日会えるからね~泣かないんだよ~』

 という「おかたん」。いや、そもそも「史たん」視点では、あたしは他人と同等よ?「ボク」はそんなことを思いながら、泣きわめく「史たん」を眺め続けるのだった。


 翌日、案の定仕事は暇で、何もよくわからないまま一日は過ぎていった。

そんな疲れた(?)体を引きずりながら、家路を急ぐ。

 そして、玄関を開けてまず目に入ってきたのは、見慣れぬブーツ。昨日まで見ていた玄関のたたきは常に空っぽだったというのに。ここで、ボクは現実を受け入れる、そう

 『 帰ってきてしまったのか・・・』

 と。心の中で楽しい独身ライフの終焉を悲しみながらも、それを押し隠しつつ何とか声を上げる。

 『 ただも~』

 すると、家の中から、

 『 あ、「史たん」、「おとたん」だよ!お出迎えに行こ!』

 という声、遅れて、トテトテという足音とともに、玄関わきの扉が開く音がする。目を向けると、「おかたん」の満面の笑顔(?)と共に

 『 「おとたん」、ただいま!』

 の声。そして、すかさず、ずいと「ボク」に押し付けられるように掲げられる「史たん」。凄い嫌そうな「史たん」は、「おかたん」の体から距離が開くだけで泣きそうになる。当然、「ボク」が受け取れるわけもない。アワアワする「ボク」を見て、更に笑みを深くする「おかたん」。このヤロウ。

 こうして、「ボク」と「おかたん」、そして「史たん」の家族三人揃っての新生活がスタートしたのであった。

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