5日目:「史たん」vs「おかたん」

 『めぇ~え、めぇ~え』

 この日何回目に聞く泣き声だろうか?時刻は夜中の三時を回っている。

 寝たんだか、寝てないんだかわからないぼーっとした頭をあげると、薄暗がりの中、「おかたん」がせっせとミルクを作っている。普段はゴ○ラが歩いても起きないんじゃないかと思われるほど、寝起きの悪い「おかたん」だが、子供を産むと敏感に反応できる体質になるのだろうか?不思議なものである。


 「史たん」の命名式を終え、お風呂に入り、「史たん」を眺めながらまったりした時間をすごしたあと、床についたのが9時を回った位だったか。慣れないベッドだったせいもあってか、普段秒で眠りに落ちる「ボク」だったが、この日はあまり寝つきが良くなかった。それでもどうにか眠りかけたかな~というところで、1度目サイレンが鳴り響いた。

 『 めーめー』

 そう、「史たん」サイレンである。

 まぁ、でも赤ちゃんというものは夜中に起きるものだ。そういう知識はある訳で、仕方ないなぁと思いつつ、まだ寝入りばなだったことも手伝ってか、「おかたん」より早く起きだせた「ボク」は拙いながらもミルクの準備を始めた。っても、ビン用意して、お湯冷ますくらいのものだけど。分量とかは正直ようわからんから、少しして起きてきた「おかたん」に丸投げした。

 その後、「おかたん」が授乳している光景をぼーっと眺めつつ、まだ三日目なのによくできるなぁとか、咥えさせ方下手糞じゃね?とか、益体もないことを考えていた。

 そして授乳後のおむつ交換も遠くから眺めていた。そう、男は眺めているくらいしかできないのだ。しゃーないじゃん、わからんもん。まぁ、そんなでも、いないよりはいたほうがましだろうと、見守ること数分(体感なので何ともいえないが)。お腹も膨れ、綺麗になり、もういいだろうと思ったのもつかの間、また泣きだす。

 『 めーめー』

 羊なのかな?「おかたん」に聞くとどうやら次はげっぷらしい。

 その後、げっぷが出ずにぐずり続ける「史たん」。「おかたん」がとんとんと背中をたたくのを見ながらさらに数分。ようやっと、げっぷが出た!出たのになぜか泣き止まない「史たん」。すると、徐に「おかたん」が近づいてくる。

 『 ちょっと、おトイレ行ってくるから、持っててね。』

 断る暇もなく、「史たん」を預けて、トイレに行ってしまう「おかたん」。ま、まだ「史たん」と和解できてないのに!だが、そういっていても仕方が無いと思いなおし、この日のために練習してきた必殺の子守歌「映画 もの○け姫より 「たたら踏む女たち」」を披露する「ボク」。すると、、、二ループもしないうちに何故か、うとうとし始める「史たん」。マジか!寝せれるのか?「ボク」と思っていると、「おかたん」がご帰還。折角和解できかけた「史たん」を強奪され、しゅんとする「ボク」。だが「おかたん」に渡すと、ものの数秒で「史たん」は眠りにつくのだった。

 シャンシャン!


 結局、終わってみたら一時間近くの戦いとなった。正直、長い。

 だが、得意のネット検索をしてみると、何でも、赤ちゃんは、母乳と一緒に空気も飲み込んでしまうらしく、げっぷをしないと苦しくて寝れないし、吐き出してしまうのだそうだ。何とも欠陥の多いやつだなぁ(笑)。

 それなら、もう少し育ってから産まれてこいよなと思うが、それは「史たん」が悪い訳でもない。「おかたん」と「史たん」のパワーバランスの結果なのだ。というか、そもそも「史たん」は2500gいかないちびっ子で産まれてきたわけだし、あまり無理を言ったってできっこないのだ。仕方ない。

 余談になるが、パンダは100%未熟児で出て来るそう。だから、こんなちびっ子の「史たん」だって、立派な方、なのかもしれない。

 そんなことを考えながら微睡の世界に落ちていく「ボク」。でも、まぁ、とりあえず、これで、寝れるな。。。


 ・・・と思ったのも束の間、またもや

 『 めーめー』

 がやってきた。もう、本当にせわしない奴だ!ってか、そんなに早くお腹が減るのならもっとちゃんと食べておけばいいのに。と、思いながらも、すぐに意識が覚醒する。時刻は12時近く。

 「おかたん」はまだ起きていない。

 『 よし、抱っこして見るか!』

 これから何百回とするであろう抱っこの、自分からする第一回目に挑戦しようと気合を入れる。無謀とも思えるその試みだったが、案外に簡単にクリアする事が出来た。

 まずは頭の下、首の付け根あたりに手を入れ、首と頭をうまく固定できるようなポジションに左手を置く。そして、蠢く手足を掻い潜り、腰の下に右手を入れると一気に持ち上げた。

 すると、案外結構簡単に持ち上げる事が出来たではないか。まぁ、「史たん」のアクションがまだまだ小さいのと、そもそも軽いので、当然そうなのだろうが、その時の「ボク」の自身につながったのは言うまでもない。そして、そうだとしてもこのふにゃふにゃの存在を抱っこし、しかも力を入れて移動させるという事は「ボク」にとっては、中々の神経を使う作業だった。それでもなんとか、「おかたん」の傍まで持っていくことに成功する。

 『 いやー、怖い怖い』

 などと心の中で冷や汗を拭っていると、ようやっと、「おかたん」が起きてきた。まぁ、色々書いてはいるが、この間一分もかかっちゃいないのだけど。

 「おかたん」がミルクを作る間、そのままステイを任命された「ボク」だったが、一度取った杵柄とばかりに子守唄を歌う「ボク」。さっきは「おかたん」に聞かれるのが多少恥ずかしくもあったが、二回目ともなると慣れたものである。子守歌がいいのか、抱っこが落ち着くのかわからないが、「史たん」も泣かずにミルクを待つことが出来たみたい。よかった。

 そうこうしている間に、ミルクが完成したので「おかたん」に「史たん」を手渡し、暫しの休息。

 だが、ここからが真の戦いである。乳首に(「史たん」は口が小さく、吸う力も弱い為、そのままでは吸ってくれず、プラスチック製の偽乳みたいなものを装着して吸わせているのだが)口をあてがった途端、泣きだす「史たん」。何度も口に押し込むが、泣いて上手く飲んではくれない。まぁ、お互い不慣れでおっかなびっくりやっているのだから、ある程度は仕方がないのかもしれないが。それでもめげずに、何度も何度も口に入れては嫌がられを繰り返す「おかたん」。

 そんな攻防を続けること5分は経っただろうか?何がかみ合ったのか、「史たん」がやっと吸い始める。ちゃんと乳首を口に入れ、手をグーに握り、口を動かし吸っている。

『 なんだ、ちゃんと飲めるじゃん、偉いな~』

 なんて思っていると、ふいに「史たん」の口が外れる。一分間も吸えただろうか?口が外れた。途端、泣きじゃくり始める「史たん」。まぁ、でも、よく頑張ったよ!じゃあミルクを、、、とは問屋が卸さない。なぜなら、人間の乳房は二つあるのだから。。。

 そんな攻防を眺めること数十分。どうやら苦行は終わったようだ。

 そこには疲れた顔の「おかたん」と、泣きじゃくる「史たん」がいた。

『 って、まだ泣いてんのかい!』

 と心の中でつっこみをいれていると、「おかたん」から、

『 ミルクやってみる?』

 と、まさかの一言。

 はぇぇよ、今日はどうしたよ?動きはぽてぽての癖に「おとたん」への要求の上昇っぷりったら、ロケットもびっくりの速度でないか?やっと、自分からだっこもでき、少し慣れてきたかな?と自画自賛をしていたのに、まさかのその上を求められるとは思わなかった。

 とはいえ、年下の「おかたん」(何を隠そう「おかたん」は4歳も年下の平成生まれのガールなのである。)に言われたら、怖いから無理とは言えないのが男の子。

 意を決して左手に「史たん」と、そして右手にミルクを持つ。そして、右手に持った哺乳瓶の飲み口を「史たん」の泣き叫ぶ口に詰め込むと、、、飲んだ!見えているのかいないのか分からない目をこちらに向けて、くぴくぴと飲んでいる!

 なんかあれだね、こういう動物だと思ってみると案外かわいく見えるものだね。しかし、さっきまでの戦いはなんだったのかと思うほど立派な飲みっぷり。見る見るうちに哺乳瓶の残量が減っていく。

『 あれで実はこんなに吸われているんだと思うと「おかたん」も大変だなぁ』

 と、素直に感心する。

 後に、実はそうではないことを教えてもらうのだが。

 そんなこんなでミルクタイムが終わり、件のげっぷタイムに。げっぷを出そうと必死こいているこちらをよそに、先におならが出る。もう、変な子だな!

 しかし、子供はポンプみたいなものだとはよく言ったものだ。上から入れたら、すぐに下から出てくると。まぁ、この子の場合は上からも下からも出て来るから困ったものなんだけどね。

 そして、なんとか寝かしつけ、眠りに・・・


 ・・・と思ったのも束の間、が、その後何度かあって冒頭である。

 「史たん」は本当に規則正しく、ほぼ2時間でぴったり起きる正確な腹時計をお持ちの様で、まぁ、良く起きる(とすると、冒頭はまだ4回目?)。途中まで頑張ってはいたのだけど、「おかたん」の

 『 寝てていいよ』

 を心の支えに、ベッドから二人を見守ることに決めたんだったが・・・うるさい。正直、うまく授乳が出来なくて泣く声も気になって目が覚めてしまう。自分の趣味での徹夜ならば全く苦にはならないが、何故だろう、イライラする!(某お笑い芸人風に)。自分のリズムじゃないからなのだろうか、旦那のいびきで起きて、枕を投げつけるという話を聞いたことがあるが、そんな心境である。

 そんな心境だからか、声にも棘がこもってしまったのだろう、単純に親切心からのアドバイスのつもりだったのに「おかたん」を怒らせてしまう。

 『 なんか、ネットで見たら、授乳のさせ方もいっぱいあるらしいよ。今、横だけでやってるみたいだけど、わきの下に抱え込むようにしたり、ちょっと縦目に抱っこしたりとかいろいろあるみたいだよ?試してみないの?』

 実際、検索してみると、色々な飲ませ方があり、赤ちゃんによって好みがすごくわかれると書いてあったので、それを伝えただけだったのだが・・・

 『 もう、知ってるよ、うち(京都人かと突っ込みたくなる一人称だが、列記とした岩手県民である)だって色々やってみているの!それでも「史たん」飲まないの!』

 「おかたん」のイライラに気圧されながら、

 『 そう?なら、いいんだけどね』

 と、またいらない一言(あとから思い返してみると、いらないな~とは思うんだけど、どうもその時には分からないのよね、いや、分かってやっているからたちが悪いのか(笑))を残し、ゴロリと壁側に体勢を変える。そして、そのまま、微睡の中に意識を手放したのだった。。。


 その後、何回か泣き声を聞いた気もするけど、努めて聞かないふりをしていたら、気が付いたら朝になっていた。久しぶりに、長い夜だったなぁ。

 起きた時には「史たん」と「おかたん」はまだ寝ていた。寝ている「史たん」を見ながら、

 『 うるせーぞ、「おとたん」一人だったら絶対投げ捨てられてるんだから「おかたん」に感謝するんだぞ』

 と、独り言を言ってみたりする。そうしていると、

 『 「おかたん」さ~ん、朝ごはんの準備ができましたよ~』

 不意に、アナウンスが響き渡る。もぞもぞ起きだす「おかたん」を余所に、眠り続ける「史たん」。

 『 おはよう、ご飯だって。』

 寝起きの「おかたん」に声をかけると、ボーっとしながら、

 『 うん』

 と短い返事。

 『 「史たん」はどうするの?』

 『 看護婦さんが取りに来ると思う。ちょっと聞いてみる。』

 そうこう、やりとりをしていると、扉がノックされた。早くも「史たん」を連れて行くらしい。

 『 じゃぁね、史たん。また今度ね。』

 もちろん寝ている「史たん」は微動だにしない。

 『 ばいばい、出来る日はいつになるのかなぁ』

 と考えていたら、あっという間に看護婦さんに連行されていってしまった。

 『 元気でね、「ふみたん」。』

 その見えない後ろ姿にエールを送るのだった。


 そして、この日、「ボク」は「ボク」で横浜へ旅立つのであった。

 だから、家族で一緒に居られる夜も、眠れない夜も当面今日だけなのである。

 今の仕事を辞めるまでの1か月間(実はこの年、我が家は【「おとたん」仕事辞めるってよ」】と【映画「おかえもん」~「史たん」誕生~】のビッグニュース二本立てでお送りしていたのである。まぁ、「おとたん」の場合、ニートなんてそんな暇も、余裕もないので、次は決まっているんだけれども)、まだまだ片付けねばならない仕事があったりなかったりするのだ。その上、お引っ越しも。

 だから、「史たん」「おかたん」とはここで一旦お別れ。

 三か月後、新天地で再会するまでは一人気楽な独身生活が待っているのだった。

 

 わくわく!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る