爆発する感情

その日はいつもは見ない夢を見ていた。

その夢は悪夢と言って差支えがない、街が燃えて自分と同じデブリたちがシンジゲートの奴らに次々と殺されていく。その中にブレンの姿があった。

ブレンは何かを自分に語り掛けてきたがうまく聞き取ることができない。

そして、ブレンはブラスターに撃ち抜かれた。

気が付くと目の前にはいつもの見慣れた薄汚い天井、体は冷や汗でじめっと気持ちの悪い感触がする。


「夢なんて見るもんじゃないな・・・」


ため息をつきながらボロボロの時計を見ると現在の時刻は朝5時。

ちなみにいつも作業が開始されるのは深夜3時、すでに2時間も遅刻していることになる。寝起きではっきりとしなかったユイクの意識は完全に覚醒して弾きだされたように家を飛び出した。

よりによって失敗した翌日に大遅刻をしてしまったと先ほど見た悪夢とはまた違う意味での冷や汗を全身にかきながら全力で走る。

二日連続で失敗してセルベリアの機嫌を損ねたら今度こそ殺されてしまう。


「なんかやけに騒がしいな」


いつもは静かな時間なのに今日はやけに騒がしい。

何か事故でも起きたのだろうかと考えながら走っていると街の天井がやけに明るい、最低限の灯りしかついていないこの階層ではありえない。そのうえ何から煙が立ち上って少し焦げ臭い。

曲がり角を曲がって街の高台に出ると、そこから街が燃えている光景が目に入った。

それだけではない。自分と同じデブリがグエゼンローダー達に撃ち殺されている凄惨な現場がそこには広がっていた。

なぜ?どうして?

状況を飲み込めずにいると数名のグエゼンローダー達がユイクを発見し携行していたブラスターライフルを発射した。

ユイクはとっさに転がって避けてそのまま建物の屋根を伝ってその場を離れる。


「なんだよこれ、何が起きてんだよ!」


 パニックになりながら止まったら死ぬと言い聞かせて走る。行く場所も考えずとにかく走って、道に降りたら囲まれてしまうと必死に屋根を伝う。

しばらく走って上層階へ続くポータルのある中心街へとやってきたがそこでユイクの目に飛び込んできたのはポータルから逃げようとするデブリを容赦なく撃ち殺すローダー達。

いつまでもここに居たら自分も殺されてしまう。

見つからないように身を伏せて必死に考え、昨日のエリア68から上手く行けば上の階層へ逃げられるかもしれないと考えたユイクは昨日の現場へと向かう。


「屋根の上だ!撃ち落とせ!」

「クソっ!」


道中ついに見つかってしまい発射されるレーザーの雨を必死に掻い潜ってひたすら走った。命が掛かっているからか何となくレーザーがどこに撃たれるのかが大体予想できたため避けるのはそれほど苦ではなかった。


「しまっ!」


しかし飛び移る予定の足場に着弾してユイクは床へと叩きつけられてしまう。

蹲っているうちにローダー達はジリジリとブラスターを向けて歩み寄ってきた。

後ろは壁、前には数人の武装したローダー達。


「あっ……」


死を覚悟する暇もなくユイクに向けてブラスターが発射され、思わずギュッと目を閉じて痛みを受け入れようとした。

しかしいつまで経っても痛みが来ない。

恐る恐る目を開けると何故かレーザーはユイクの目の前で時が止まったかのように静止していた。

何が起こっているかローダー達もユイクも誰一人分かるものは居なかったが、もう一度ブラスターが構えられユイクの意識がローダー達に向いた瞬間静止していたレーザーが彼らへ向けて飛んで行った。

レーザーはローダー達の頭や胸に命中して全員絶命していた。何はともあれ助かったのは事実、疑問を全て後回しにしてユイクはとにかく走った。

そしてようやく作業現場へ辿り着くとそこはこの世の地獄と言っても差し支えないおぞましい光景が広がっていた。

デブリとローダー達の死体が積み上がり、ブラスターやトーチで焼けた肉と血の匂いが混ざって腐臭を放っていた。

そしてその中に、ユイクの見知った顔があった。


「ブレン……?ブレン!!!」


 ブレンが種族特有の紫色の血を流しながら血だまりに倒れていた。

 他の種族の血液と混ざり合ってぐずぐずになってどす黒い色に血だまりは変色している。


「ブレン、しっかりしろ!」

「ユイクか...くそっ、全部が終わるまで寝ててもらう予定だったんだけどな。やっぱり安物は信用できないな...ゲホッ」


 ユイクは腕の中で血を吐きながら咳き込む彼を肩に担ぎながら安全な場所へ行こうと歩いていく。


「だめだユイク...俺はもう助からない」

「黙ってろ!いいから歩け!」

「聞いてくれユイク、エリア68に連邦時代にあった古い整備用のエレベーターがあるらしい」

「しゃべるなってば!傷が開く」


 話を聞かずに歩き出そうとするユイクの顔を強引に自分に合わせるブレン。

 傷を負って苦しいにも関わらず血を吐きながら必死に笑顔を作りながらユイクの頬に手を添える。


「きっと頭にエクスブレードが落ちてきたのも運命ってやつなんだろう。お前はこんなところで腐っちゃいけない。ここを出て、いろんなものを見て、おいしいものを食べて、いい嫁さん見つけて、幸せになれ。お前はいい子だユイク...人のためなんかじゃなく自分のために生きろ。いいな?約束してくれ」

「...わかった。わかったから、もうしゃべんなって。なら一緒に行こうぜ?こんなところから二人で抜け出すんだ」

「俺は無理だ...置いて行ってくれ」

「そんなこと言うなよ!ブレンは、ブレンはいつも俺にいろんなこと教えてくれて、飯食えない時も分けてくれて、きっと、きっとっ――――――――――――家族ってこんなんなのかなって」


 階層の鎮火を行うために頭上からまるで雨のように水が降りかかってくる。

 物心つく前から一人だった彼にとってブレンは自分をごみのように扱わらず対等に見てくれたたった一人の家族のような存在だった。


「だから、だからっ!」


 その言葉を遮るように、ブレンは彼の頭を静かに撫でる。


「よかった...俺の人生も...捨てたもんじゃなかった...ありが」

 

 瞬間――――――――――――ブレンの体が上半身から右腕を残してごっそりと吹き飛んだ。

 ユイクを撫でていた腕はべちゃっという不快な音を立てて地面に落ち、動かない。

 目の前で起きた出来事を彼は理解できない。理解が追い付かない。


「おお~綺麗に吹き飛んだねぇ~気持ちぃ~」

 

 ゆっくりと後ろを向くとそこには数人のグエゼンローダーとブラスターを持ったセルベリアがいた。


「よかったねぇユイク。今日の大遅刻は大目に見てやるよ。クズどもがいっちょ前に盾突いてそれどころじゃないからさぁ。あと今日一日休みにしてあげるから感謝しなよ?あたしって優しい~」

 

 不快な笑い声がたくさん聞こえてきた。

 何を笑っているんだろうか?


「おーい?お礼が聞こえてこないなぁ~お姉さん悲しい~」

 

 ああ――――――――――――可哀想に。

 こんなところで死んでいい人間ではなかったのに、こんな惨たらしい死に方をしていい人間ではなかったのに。


「ねぇほんとに聞こえてない?あ、そっかそれと仲良かったんだっけ?前々からあんたにベタベタしててうざかったんだよね~あたしのおもちゃに着やすく触んなっつうの。ぶっ殺せて清々したわ」

 

 うるさい声が聞こえてくる。静かにしてくれ、誰の声も聴きたくない。

 ユイクの頭は何かに支配され始める。どす黒い、いつも感じる怒りとは違うもの。


「おーいいつまでフリーズしてんの~?そのゴミは死んだの動かないの」

「姉さん、そろそろ行かないとお体に」

「はぁ~あたしの言ったこともう忘れてんなぁあいつなぁ?まあいいや、今日は叩き起こされてイライラしてるし、たっぷり教育してやろっと」

 

 セルベリアはローダー達にユイクを連れてくるように指示を出して踵を返す。

 ローダー達がゆっくりと迫ってくる中、走馬灯のようにブレンとの思い出が頭に流れると同時に全身から何かが噴き出すような感覚を覚えた。


「おら大人しくついてこい、負け犬」

 

 目の前が一瞬赤黒く染まった。

 頭はきっときちんと機能していなかっただろう。

 懐から昨日拾った棒を取り出し、全身から噴き出している力をすべて込める。

 棒の先端がまるで鍔のように展開しそこから甲高い音を立て何か巨大なエネルギを纏いながら高熱の紅い刃が出現しローダー二人を切り裂いた。

 そのままお構いなしにブレンを殺した女の元へ弾丸のように跳ぶ。

 踏み込んだ瞬間凄まじい轟音が鳴り床がひしゃげた。

 異変に気付いたセルベリアが振り向いた時には自分のすぐ後ろにいた護衛のローダたち三人は切り裂かれユイクが眼前に迫っていた。

 とっさに後ろに飛びながらブラスターを抜いてユイクに向けるが、ユイクはお構いなくセルベリアの腕を斬り飛ばしそのまま彼女の腹部に強烈な回し蹴りを喰わらせ吹き飛ばした。


「あああああああああああああああああ!!!」

 

 右腕を斬られたセルベリアはあまりの痛みに叫びながらのたうち回る。

 そんなことをお構いなしにユイクはバチバチと稲妻が走る紅い刃を見ながらもう一度無残に殺されたブレンを一瞥する。


「ユイィィィィィィィィィィィィィィィィィク!!!!!」

 

 振り向くとそこには腕を庇いながらフラフラと立ち上がりこちらを凄まじい形相でにらみつけるセルベリアがそこにいた。


「てめぇ!!ぶっ殺してやるっ!絶対ぶっ殺してやるからな!ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!」

 

 痛みとユイクへの恨みで頭がぐちゃぐちゃになっているのかひたすら言葉にならない暴言を喚き散らしているセルベリア。今までは恐怖の対象、機嫌を損ねたら殴られ、罵倒され、屈辱を味合わされ、最悪の場合殺される。

 だが今は、一切の恐怖を感じることはなかった。


「殺してやりたいとこだけど時間がない、一生この掃きだめで恥さらしてろクズ」

「ニゲルナァァ!ユイクゥゥゥゥゥゥゥゥ!!絶対、絶対見つけ出して殺してやるからなクソガキっ!!ここから出られると思うなよ!!」

 

 ユイクが踏み出した瞬間、足元にセルベリアが使っていたブラスターを見つけた。

 ブレンを殺した忌々しいブラスター。

 だが、使えるものはなんだって使わなければきっと外にはたどり着けないだろう。

 そう思いユイクは落ちていたブラスターを拾い走り出す。


――――――――――――元気でな。


そんな言葉が、どこからか聞こえた気がした。

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