アンダーデブリの現実
作業場に帰るとそこには綺麗な金髪の髪に派手なイヤリング、へそを出した短い服に短いパンツと黒いストッキングにブーツといったこんな薄汚い場所には似つかわしくない風貌の女性がいた。その姿を見たときにユイクとブレンは苦い顔をする。
「やぁユイク、たまたま近くに用事があったから寄ったんだけどいないからお姉さん寂しかったよ?」
薄汚れたユイクに構わず肩を組んで密着する女性に完全にユイクは委縮して固まってしまう。
「こ、こんちわセルベリアさん」
セルベリア・キューゼル。
アンダーワールドを仕切るシンジゲート、グエゼンローダーのボスであるグエゼンの一人娘でまだ10代にもかかわらずグエゼンローダーの稼ぎのうち3分の1は彼女が取り仕切っている。このアンダーワールドでアンダーデブリを使って工事を行っているのも彼女の仕事だ。
「悲しいなぁ、もっと嬉しそうにしてよ。お姉さんはユイクのこと大好きなのに」
ウリウリとユイクの頬を指でつつくその姿はまるで姉弟のように接するがユイク本人はまったく気が気ではない。
「ねぇユイク、お姉さんとした約束覚えてる?」
「約束・・・は・・・セルベリアさんが来たら・・・必ず出迎え」
そこまで言った瞬間彼女の膝がユイクに突き刺さる。
突然の衝撃に耐えきれずうずくまる彼にセルベリアは追い打ちをかけるように顎を思いっきり蹴り上げた。
「だったらなんでいねぇんだよ!ああ?犬みたいに一番に駆け寄ってワンワン鳴いて媚び売れって言ってんだろうが!」
倒れたユイクの腹に何度も何度も息をされる暇もなく蹴りを入れ続け罵倒を浴びせる。
「お前のご主人さまは誰なんだよコラァ!言ってみなよ、ねぇ、言えって言ってるだろぉ?」
「ゲホッ、ガフッ、セル、べリア、さんです・・・」
「そうだろうが!全てにおいてお前はあたしを優先してあたしの命令だけ聞けよ!あたしが出迎えろって言ったら出迎えて、犬になれって言ったら犬になって、脱げって言ったら脱いで死ねって言ったら死ねばいいんだよ!」
「すいません!俺のせいです!」
暴行を受け続けるユイクの姿に耐えられなくなったのかブレンは声を上げた。
「ユイクは俺の作業を手伝って、それで姐さんの出迎えに行けなかったんです!だから、殴るなら俺を殴ってください!坊主は悪くないんです!」
頭を下げるブレンを見てセルベリアは蹴るのをやめるがユイクをぐりぐりと踏みつける。
「もうそいつを勘弁してやってください!頼んます」
「・・・ふーん、良いお友達持ったねぇユイク?」
「やめ、そんなこと、しなくていい」
「じゃあぁ~、お友達も一緒に殴られてもらおっか?」
セルベリアが合図すると武装したギャングがブレンを武器で殴りつけそのまま複数人で彼に暴行を始めた。それを止めようと向かおうとしたユイクだがその瞬間セルベリアが顔面に蹴りを入れて制する。
「ああーうざっ!クズ同士仲良くって!?気持ち悪いんだよカスどもが!いい人ぶりやがって、こんなところに落ちてんだからてめぇもクズのくせにさ!」
しばらく蹴り続けた後、あざと傷だらけになったユイクの顔の前に足を出した。
「あんたのせいで靴汚れちゃった。この靴あんた買うより高かったんだよねぇ、どうしてくれる?」
ほらほら、とユイクの目の前に足をプラプラと揺らし始めた。
「早く舐めて綺麗にしてよ、綺麗にした後はちゃんとワンワンって舌出して犬らしくね?」
ニヤニヤと自分のことを見下す女の足が目の前に現れた。
ああまたか、とユイクは痛みで呻きながら起き上がってこの場を支配している女の靴を舐めた。
丁寧に念入りに、セルベリアが満足するまで自分の舌で掃除をした。なんてことはない、こんなことはいつものことだからと自分に言い聞かす。
「いい子だぁ。ほら、ワンワンって鳴きなよ」
ユイクは言われた通り犬のように鳴いた。
周りの人間たちの反応は様々で、憐れみ、嘲笑、軽蔑、無関心、そういった反応ばかりだ。
しかしそんなもの彼にとってはどうでもいいことだ。
言うことを聞いている間は少なくとも殺される心配はない。
たとえそれがどんなに屈辱的だろうと、人間扱いされなかろうとも。
「そうそう、いい子だねユイク。もうあたしの事怒らせちゃだめだよ?」
ユイクの頭をワシワシと乱暴に撫でながら彼女は笑う。
「うっかり殺しちゃったら、また買い足さないといけないじゃん?」
そうしてひとしきり満足したセルベリアは部下を連れて帰っていき、見守っていた人々も仕事を終え帰ってその場にはボロボロになったユイクとブレンだけが残された。
「・・・・・やっぱりデブリは死ぬまでデブリだよ」
親も金もコネも人権もない少年に、現実は冷たく押し寄せる。
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