アンダーデブリの少年

惑星コルタナ


 惑星の表面をすべて建築物が埋め尽くすエキュノポリスを形成しているこの星は新たに興ったヴァリアント帝国の首都である。

 表層には皇帝が住む宮殿や軍事施設、裕福層の住宅などが立ち並び夜になっても光は消えない。

 空中を走るエアレイダーや別の惑星から来た宇宙船などが絶え間なく走り、街には様々な店や飲食店が立ち並び人々も様々な種族が練り歩いている。

 コルタナはいくつもの断層に分かれ一番上の表層部分はレベル1000と呼ばれており裕福層から中流層の多くの人々はレベル500までの階層で生活をしているが、もちろんこの美しい惑星にも暗い部分はある。

 貧困にあえぐ低所得者層などはレベル500未満で暮らし政府の目の届かないこの星の暗部は治安が悪化し犯罪の温床となっている。もちろんギャングや犯罪者の抗争も頻繁に起きて都市部の惑星にもかかわらず安全とはいいがたい。

 しかしその危険な低層よりももっと下、暗い暗いこの星の最下層にも人は住んでいる。

 レベル100未満のアンダーワールドと言われる空の光も届かない暗黒の階層だ。

 レベル25のアンダーワールドで薄手のロングパーカーを着た一人の少年が階層の壁をトーチで溶接していると、ナマズのような種族の男が肩を叩いた。


「なんか用かブレン」

「ボスが呼んでるぞユイク」

「今度は何だよ・・・」


 ユイクと呼ばれた黒い髪の少年はため息をつきながら立ち上がり男について行く。

 電球の光のみが照らす薄暗い鉄板でできた道をうんざりとしながら歩くとボスと呼ばれたロボットがパネルともってそこにいた。現場監督用に作られた古いロボットのようで所々パーツが錆びている。


「来たか、エリア68で問題が発生したらしい。解決してきてくれ」

「エリア68だって?危なすぎるって、最低でも金額倍にしてくれなきゃ割に合わない」

「だめだ。お前らみたいなクズを使ってやってるだけでもありがたいと思え」


 ロボットのくせに偉そうにしやがってとユイクが掴みかかろうとしたところをブレンが制する。

 そのままロボットは別の現場を見に行き、ユイクはブレンに手を引かれてエリア68へと向かう。

「ユイク、逆らっても自分のためにならないぞ?」

「でもさ、ムカつくんだよ鉄くずのくせに偉そうにしてさ。そんなにロボットが偉いのかよ」

「まぁ壊れたら修理代かかるしな」

「俺たちアンダーデブリはポンコツ以下かよ」


 アンダーデブリとは戦争によって住む場所を失った人々や親を亡くした孤児、ギャングなどのよって売られてきた人身売買の被害者や兵士から逃れてきた犯罪者などが住む場所がなくまともな仕事にもつけずアンダーワールドでその日暮らしをしている人間たちを指す蔑称である。

 彼らはアンダーワールドを取り仕切るギャングのもとで危険な仕事を法外な低賃金で働かされ、食事も満足にとることができない。


「お前今年で何歳だ?」

「知らね、たぶん14か15」


 ユイクのようにアンダーワールドで働く子供は自分の年を正確に把握していないことが多い。把握する必要がないというのが正しい認識かもしれないが。


「足踏み外すなよおっさん」

「わかってるよ」


 アンダーワールドでは人が住んでいるところすら最低限の舗装しかされていないためほとんど人が立ち寄らない場所などは穴が開いていたり上層から落ちてきたごみがヘドロ状に固まっていたりと悲惨なことになっている。

 そんな悪路をもう慣れてしまったのかユイクは難なく歩き、むき出しのパイプや崩れた壁など落ちたら死は免れない高さを難なく上り、足場を飛び越え、縁を掴んで渡ってエリア68へとたどり着いた。


「どうだー?」

「循環パイプに穴空いてるー!塞ぐから鉄板くれー!」


 下にいるブレンから修理用の鉄板を受け取り穴の部分を溶接して塞ぐとすぐに問題は解決したのを確認するとブレンの居るところにパイプや足場などを使って飛び降りて彼と合流する。


「ちょっと休憩してから戻るか」


 ユイクとブレンは並んで底の見えない巨大な空間をぼーっと眺めていた。

 この空間は遥か昔、まだ地表が見えたころの宇宙船やエアレイダーが停泊するための場所だったらしい。

 今では使われなくなって久しいのか表面は錆びついてヘドロ状になったごみが媚びりついていた。


「ブレンは空って見たことあんの?」

「もちろん、むしろ見たことないやつの方が少ないと思うぞ」

「そっか,俺見たことないからさ」


 ユイクは下層の孤児院で育ちその後ギャングに買われてこの地の底で働いており表層に出たことがなく空を見たことがない。それどころか外の新鮮な空気を吸ったことすらなく、彼にとってはここが世界のすべてだった。


「表層に出ようって思わないのか」

「出て何するんだよ。金もないしコネもないし、そもそも上層に続くポータルはギャングが抑えてるから俺みたいなデブリは出られない」

「それでもお前はまだ若いんだから、ここから抜け出して好きなことをするべきだと俺は思うよ」

「もし出られたら考えてみるよ」


 ユイクのように買われたデブリは人権がなく基本的に何をするにも自分を買ったギャングの許可を取らなけらばならず、しかも階層を移動するポータルはギャングによって牛耳られており使うには法外な金を支払う必要がある。

 もちろんユイクのようなデブリが用意できる金額ではないし許可もしないだろう。

 いい加減に帰らないければ面倒なことになるとユイクが言いブレンはそれに続いて作業場へと戻る途中、突然ユイクの頭に激痛が走る。


「いってぇぇぇぇぇ!」

「大丈夫か?なんか落ちてきたみたいだな」


 ブレンが落ちてきた物体を確認すると、それは銀色の筒状の物体だった。

 特にボタン等もついておらず、そこの部分が回るだけどいう何とも奇妙な物体。


「なんだこりゃ?」

「なんでよりによって俺の頭の上に落ちてくんだよぉ・・・」


 涙目になりながらその銀色の物体を恨めしそうに見るユイクもその物体が何かわからなかった。


「これなんだと思う?」

「知らねぇよ、でもアンダーワールドのものにしては綺麗だな」


 ユイクがブレンからその物体を受け取った瞬間、何かが全身を駆け巡るような感覚に襲われた。

 それが何なのかはユイクには分からなかったが不思議と不愉快ではない、まるで元々体の中にあったものが急に目覚めたかのように頭の中で何かがはじけ目の前がチカチカと点滅して、体が宙に浮いたかのような浮遊感に少し心地よさすら感じる。


「ユイク、ユイク!大丈夫か」


 ブレンの声にハッと意識を取り戻すとさっきまであったその感覚はなくなっていた。今のは現実に起こったことなのかとユイクは困惑する。


「何があったんだよ。急に眼を見開いてピクリとも動かなくなったから心配したぞ」

「え、ああ・・・大丈夫、それよりこれ売れるかな?」

「さあなぁ、ジャンク屋に持っていったらある程度の金になるんじゃないか?」


 ブレンはその物体に興味がないらしく筒状の物体はユイクがもらうことになった。

 さっきの不思議な感覚は何だったんだろうかと少し気にはなったが、歩いている間にその疑問はユイクの中から消えてしまった。

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