この日の花火を、君と一緒に

この日の花火を、君と一緒に

作者 もんすたー

https://kakuyomu.jp/works/16817330660357708483


 年に一度、廃校の四階角の教室で二十分だけ出会える彼女と花火を見ながら、互いの気持ちを伝えてキスする話。


 漢数字云々は気にしない。

 ちょっと不思議なひと夏な出来事。

 ホラーのような、ファンタジーのような話。


 主人公は女子学生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 三年前、思いつきで立ち寄った廃校の四階角の教室で彼女と出会い、同棲に興味があったわけでもなく、異性のことも好きになれず、一目惚れした。以来、年に一度、八月十五日午後七時三十分から二十分間だけ訪れては、名も知らぬ彼女と花火を見る。

 もってきたたこ焼きを食べ、互いに近況報告をする。花火がはじまると、悲しい時間への始まりでもあった。

 後半戦の花火を見ながら「私、やっぱ君が好きだよ」と告げる彼女。「毎年聞いてるよ。私も好きだよ」互いに答え、残すところ特大サイズの花火三発となる。

 互いの目が合い、彼女からキスしようと声をかけられ、身を委ねる。軽くキスをして、互いに舌を絡める。「たこ焼きの味、しない?」唇を親指で撫でながら聞く彼女に、大丈夫と答える。

 抱きしめた彼女から甘い香水の香りがし、「甘い味がするけど」と囁やけば「キスが甘いからだよ」彼女はくすりと笑う。

 一年分の思いの詰まった熱いキスを交わす中、最期の花火が打ち上がる。唇を離し目を開けると、そこに彼女はもういない。

 花火が終わり、街の明かりだけに照らされている教室。食べかけのりんご飴とまだ手のつけていないたこ焼きだけが、机の上に置いてあった。


 書き出しが魅力的。

「私には一年で一度、とある花火大会でしか会えない人がいる」

 特別な人物であり、どんなひとなんだろうと読み手に興味を抱かせる。でも続けて書かれるのは、彼女がどこに住み、どの学校に通い。名前はなんというのかすら知らない。なぜこの日にだけ会えるのか、主人公ですら知らないのだ。

 ただ、出会える二十分間だけは、かけがえのない時間だという。

 この書き出しで興味を引くので、その彼女がどんな人なんだろうと、読者は読み続けられる。


 約束の日は、八月十五日の午後七時十五分。

 主人公はその時間に廃校の四階角の教室にやってくる。

 廃校の夜遅くに現れることから、おそらく二十分だけ現れる彼女は幽霊と推測する。

 かつて、廃校に通っていて、ひょっとすると学校で自殺したのかもしれない。でも、彼女が教室に現れたとき、「教室の古びた扉が開くと、彼女はドアの縁に手を置いて私の方を見ていた」とあるので、突然現れたのではなく教室に入ってきている。

 幽霊と断定できかねる。

 ただ容姿が、「絹の様に白く、サラサラとした髪はさっぱりと首元で切られており、前髪を辿っていくと、心を読まれそうなくらいに透き通った青い瞳に外の町景色が反射していた」と、白髪で覇気を感じない。

 それでいて、たこ焼きを食べるので、アヤカシの類かしらん。


 主人公は、廃校に来る前に「屋台で買ったりんご飴やたこ焼き、かき氷などを少し埃の被った机を拭き、その上に置き、彼女が来るのを心待ちにしていた」とあるので、こちらはちゃんと生きている人だろう。

 かき氷を買っているのに、最後、かき氷がなくなっている。

 誰が食べ、どこへいったのかしらん。

 きっと、彼女が教室を立ち去るときに、こっそり持って帰ったに違いない。


 花火が上がるまであと十五分とある。

 つまり、彼女が現れるのは、花火が打ち上がる午後七時三十分から五十分までの間だけなのだ。


 三年前に二人はこの場所で出会ったとある。

「思い付きで立ち寄ったこの教室で」とあるが、思いつきで廃校に来るなんて、何の用事があったのだろう。誰かに誘われたわけでもなく、一人で訪れたみたい。

 一人になりたかったのか、自殺しようと思ったのか。

 決して、楽しい気持ちからきたわけではないはず。


 彼女を好きになったのは、無駄な詮索も話もせず、口数少ないながら一緒に花火を見た経験が、ささくれていた心を癒やしてくれたからなのではと想像する。

「同性に興味があったわけでもなく、でも異性の事も好きにはなれない」とあるように、恋愛の好きではないけど、ただの好きとはちがう特別な感情だったのは確かだろう。



 互いに「私」と表現しているので、どちらがどちらのセリフなのかわかりにくいところがある。

「この時間が一生続けばいいのに……」といったのは、彼女だろう。 二人で過ごせる時間には限りがあることを、彼女自身がよくわかっているのだろう。

「私、やっぱ君が好きだよ」

 それでも告白してきたのは彼女である。

「ねぇ、キスしよっか」

 誘ってきたのも彼女。

「たこ焼きの味、しない?」

 と聞いてきたのも彼女。

 でもそんな彼女の首筋から香水の甘い香りがするから、主人公は「そっちからは甘い味がするけど」と尋ねたのか。

 そうではなくて、尋ねたのは彼女だと思う。

 主人公はりんご飴を食べていたので、甘い味がするはず。

 主人公はごまかすように「それはキスが甘いからだよ」といったから、彼女は「なら、もう一回してみる?」といって、主人公の唇を奪うのだ。


 キスと花火はシンクロしていて、キスの刺激を花火の激しく花開く姿とを重ねていると思われる。だから、最後の花火が上がったとき、「目を閉じていても、ハッキリと花火の形が分かるくらいの閃光」を感じられたのだろう。


 ただ、唇を離し、目を開けると彼女はいない。

 食べかけのりんご飴と手を付けていないたこ焼きが残るだけ。

 かき氷はなくなっている。

 たしかに彼女はいた、決して幽霊のように存在のないものではないことを表している。でも、生身の人間なのかどうかはわからない。


 読み終えて、不思議な夏を過ごしている人がいてもいいじゃないかと思える二十分だった。

 そんな出会いがあっても素敵だな、としみじみ思った。

  


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