リメンバーメモリーズ

リメンバーメモリーズ

作者 空一

https://kakuyomu.jp/works/16817330657567308921


 白石雪乃が事故で葵だけを忘れたのをきっかけに距離を取るも、彼女が好きなのは忘れられず一緒にデートした場所をめぐる。ホタルの光とともに思い出した彼女は彼の告白に答え、自分の思いを告げて結ばれる話。


 文章の頭はひとマス下げるは気にしない。

 恋愛もの。

 回想をうまく使った展開は良くできている。

 読後も素敵。


 主人公は、男子高校生の葵。一人称、僕で書かれた文体。途中で白石雪乃の一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に合わせて書かれている。


 女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の葵は、人と上手く話せない社会不適合者で友達も作れず、顔も頭も良くなく、プライドが高くて人を見下し、寂しくて意地っ張りな性格。高校ニ年の春、階段から転げ降ちた白石雪乃の下敷きになる。「ごめん……。痛かったよね。ゆ、許してぴょん! ……なんちって」恥ずかしいカッコで謝る彼女。

「こちらのほうこそ、なんかごめんなさい。僕なんかが、君の下敷きになって。僕なんか、端っこにいるような人間だから、気にしなくていいよ」小説に書かれていた、一度入ってみたかったセリフを言って立ち去る。

 翌日。一喜一憂するクラスの中、白石雪乃が主人公の隣の席になる。一緒にプリクラを撮ったり、ゲームセンターにいったり、海で日暮れまで遊んだり、映画館やショッピングモールにもいっておそろいのキーホルダーを買ったり。図書館では彼女にオススメの本を教えたり。秋頃には星が見える展望台へ行き、北極星を見た。ホタルが見たいと突拍子もなく「小塩地区、小塩川!」に行きたいといって、ほたる祭りを見に行った。女子から難癖をつけられて叩かれた時は、火災報知器のボタンを助けたこともあった。

 彼女といることで、様々な人が関わってくるようになり、友人関係は広くなっていった。

 放課後デートすることになっていた二月十一日、彼女は事故に遭遇。意識を取り戻した彼女は、みんなのことは覚えているのに、主人公のことだけ忘れていた。

 以来、病院へ顔を出さなくなるも、クラスメイトに連れられて病室へ行き、「私、葵くんとの思い出をもっと聞きたいな」といわれ、星やホタルを見に行ったことを話す。退院しても主人公の記憶はもどらなかった。彼女の退院パーティーをクラスのみんなでしたあと、彼女に別れを告げる。

 四月。クラス替えがあり、別々になる。彼女は会おうとするのに、顔を合わさないよう避けてる日々。梅雨になり、主人公から彼女に話があるといってカフェに誘う。自分が書いた日記には、主人公の名前が沢山でてくると話す彼女は、自分のことをどう思っているのか尋ねる。

 主人公は、自分お土俵に入ってきてはやたらと絡んでくるのが嫌だったけど、自分が思っている以上に弱い一面を知り、友だちもでき、学校に行くのが楽しくなったし、彼女がいい人だと思い、自分みたいなのが隣にいるのはもったいないと思い、忘れたことをチャンスと思って離れた。が、日常が寂しいと感じるようになった。卑屈な自分のことを、事故前の彼女は嫌いだったから忘れたのかもしれない。これ以上は迷惑をかけられないから、デートして思い出せなかったらすっぱり忘れてほしいとつげる。

 これまで一緒に行った場所を回り、最後にほたる祭りへ向かうが、大雨の影響で注視になっていた。かこつけてみたけど、一つもいいところがない自分はいない方がいいと言ったとき、彼女に抱きしめられる。

 彼女から日記を見せられ、「葵くんがいないほうが良いことなんて、一つもないよ。実際、私は葵くんがいたから、こんなにも、楽しい高校生活を送れているんだろうと思う」もっと一緒にいたいといわれる。主人公は「君に、迷惑をかけるから。君との関係を壊すくらいなら、このままでいいと思った。でも、だめなんだ。ぼくは、君が好きなんだっ……すきですっ……」と告白する。ホタルの光を前にして、彼女は記憶が蘇り、事故にあったとき主人公の事を考え、助けを求めていたこと、恋していたことを思い出す。

「私は、葵くんのことが大好きだから、忘れてたんだよっ‼」

 二人は優しく唇を通わせる。

 これから記憶を失っても葵のことを思い出せる思い出として、彼女は日記をつけていくのだった。 

 

 白石雪乃が葵だけを忘れた謎と、主人公に起こるさまざまな出来事の謎が、どのように関わっていくのか、付き合っていたときの思い出と今を交互に展開しながら、互いの気持ちが明らかになっていくところが良かった。

 謎と気持ちが明かされて、わからないことがわかったとなるところや、気持ちが離れたら距離を取ってしまう選択をしてしまう主人公の姿を見て、似た選択をしたことがある読み手は自分と関係があると思うだろうし、自分の気持ちを相手に伝えることは自分にもできる。そうしたところが、読み手にある種の感動を与えてくれるだろう。


 具体的な場面を描く際、起承転結の流れで、5W1Hを用いながら、主人公の心の声や感情の言葉、表情や声の大きさなどを入れて書かれてい。読み手に想像しやすいようにしているから、感情移入もできる。

 会話文では、誰が話しているのか一瞬迷うところもある。主人公の台詞が長いので、カギカッコで区切って読みやすくしてのことだと思う。

 

 書き出しは、「あなたは、誰ですか?」と読み手にも呼びかけている、どういう状況なのか。興味を持って次を読みたくなる。

 すると、主人公だけが、思い出してくれない状況にあるのがわかる。周りのクラスメイトが驚き嘆き、場所が203号室の病室だと明らかになっている。

 遠景で、あなたは誰ですかと言われ、近景で驚き嘆くクラスメイトの姿を出し、距離感を作ってから主人公の心情、「黙って彼女をみることしかできなかった……」がきて、主人公の深い思いとともに読み手も深く物語に入っていく。そのあとで、彼女との出会いなどの回想をまじえた説明が続く。

 書き出しがうまい。


 全体的に見ても、主人公と彼女との関係を客観的に状況説明をしていく導入部分、病室にいかないことにする主人公からはじまる主観、客観的視点となるまとめの結末。文章のカメラワークは意識して書かれている。

 途中に、何度も回想を挟んでいる。また、視点が主人公の葵だけでなく、白石雪乃視点にも変わる箇所がある。

 どうしてこういうことが起きるかは、恋愛ものとして本作が書かれているからと考える。二人がまず出会い、関係を深め合い、不安やトラブルが起き、ライバル的なイベントが起きたあと、二人には距離ができて会えなくなり、結末を迎える。

 こうした構成を考えたとき、記憶をなくした彼女との恋愛ものには、すでに出会って、一緒に過ごしてきた時間があるから、それを読者に少しずつ見せていく。

 彼女の視点にするのは、記憶を忘れた彼女もまた本作の主人公であり、忘れた自分自身の姿を認め、過去と向き合い、何かへと変わっていかなくてはならない。そのためにはどうしても、彼女の視点が必要なのだ。

 クラス替えをきっかけに距離を取ったあと、主人公視点で書いても物語は進まないので、進めるためにも彼女視点でに切り替える必要がある。

 しかもクライマックスを盛り上げるために、主人公の強い想いが現れるようん、必要な行動、必要な表情や言葉などをより強く描いて見せるから、読み手の胸にも届く。

 読み手を楽しませようとするところは良かった。

 

 主人公は後半で、社会不適合者だと自分をいっているけれども、階段から落ちてきた彼女を助けようとしたり、なんだかんだ思いつつもプリクラ、カラオケ、映画館などなど一緒にいっているので、ちっとも不適合者とは思えない。

 面倒だと思いつつも、良識はあるし、とっさの状況で行動もできる。自分は駄目な子だ、と思い込んでいる子なのだろう。


 ホタル祭りを行った際に、

「わーすごい! ねえねえ、みてみて! いろんな美味しそうなお店が、たくさんあるよ!」

「君はお店を食べるのか。なかなか豪快だな」

 ツッコミが面白い。

 彼としては、彼女をからかっているのではなく、素で言ったのだと思う。北極星を見て「白いな」というくらい、見たもの聞いたもの、そのまま受け取るところがあるのだろう。

 頬を膨らませたとき、「ヨーヨーくらいは入ってしまいそう」と思いつつ、「その頬にヨーヨーが入らないことが分かって、落胆したわけではない」と、頭の中で実際にヨーヨーを入れたけど無理だったと想像しているところなども面白い。

 前半部分は、事故で記憶をなくし、主人公のことは覚えていないというネガティブな状況なので、話が重いと読み手は読み進めていけない。楽しいことや面白いことを入れることを意識しているところはよく考えられている。


 二月十一日に事故に遭い、終業式には参加できなかったとある。高校の終業式がいつあるのか、学校にもよるけれども三月十五日くらいだとすると、一カ月以上は入院していたことになる。

 また、記憶をなくしているので、頭部を強打しているはず。交通事故なので、手や足、骨折したと想像する。症状にもよるので断定はできないけれども、一カ月は入院、その後退院して、定期検査の通院をしていくので、春から学校に通うのは現実的。

 こういうところを、いい加減にせずに描けているので、物語から現実味を感じることができる。

 ほたる祭りが行われる「小塩地区、小塩川!」という地名を出すところも、作り話に終わらせないような工夫の一つだろう。


 日記がよかった。

 忘れた人は、空白をなんとか埋めようとする。自分が忘れていると自覚したとき、昔の自分を探す。病室で見舞いに来てクラスメイトから主人公の葵の話を聞いていただろうし、本人から直接も聞いたのも、同じ理由。

 ただ、他人から聞いた話は、相手の主観なので自分の記憶ではない。そういう事があった、という事実を知る助けになるだけで、その問自分がどう思っていたのか、何を考えていたのかはわからない。

 そんなときに日記があると、考えを知ることができる。

 顔を叩かれたとき、助けてくれたことも日記に書かれてあるのがいい。いいのだけれども、詳しくは書かれていない。嫌なことは書き残さなかったのだろう。

 ちなみに、彼のことを忘れているとはいえ、女子たちに難癖つけられて顔を叩かれたことは覚えているのではと邪推する。そのときの記憶はどうなっているのかしらん。


 日記を読み、主人公と巡った場所をもう一度めぐり、ホタルを見る体験をもう一度したことで、思い出す流れはよかった。

 ホタルの明かりとともに記憶を思い出していく展開がよく、自分の記憶で『君が好きだ』「え、え、ええええええええええええ⁉」と驚くところが面白かった。

 忘れているのだから驚くし、「思わず私は後退りする」体の反応で描いているところもまた良かった。こういう描写があると、読み手も想像できる。


 記憶が戻って、二人の思いも届き、結ばれる展開はよかった。

 読後にタイトルを読んで、白石雪乃が日記を書いているところで終わるところからも、作品全体を現した素敵なタイトルだと思った。

 彼の記憶を忘れて思い出し結ばれたことが書かれた日記、それが本作なのだ。めでたしめでたしで読後が良かった。


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